一月/日

文字数 5,546文字

1日1冊、3年で1,000冊の本を読み、月産25万字を執筆し続ける小説家・斜線堂有紀。


謎めいた日常はどのようなものなのか――

その一端が今ここに明かされる。


毎月第一・第三月曜日、夕方17時に更新!

夕暮れどきを彩る漆黒の光・”オールナイト”読書日記が、本日も始まる。

前回の日記はこちら

一月/日

 お正月である。一月/日とかいうぼかし方が何の意味も無いほどに元旦の話である。あけましておめでとうございます。本年もオールナイト読書日記をよろしくお願いします。


 さて年末年始だが、特に平常とは変わりがなかった。引っ越してからテレビが家に無いので、更に年末感に欠けていた。ご時世もあって友人達と大晦日のどんちゃん騒ぎをすることもなく、仕事をしていたら年が明けていた。2022年になってやったことといえば、蕎麦を食べソシャゲの福袋を引き、友人と結果を送り合ってワイワイしたくらいである。普段とあまり変わらない。(ところで、年越し蕎麦をいつ食べるかという話になったのだが、皆さんはいつ食べる派だろうか? 私は二十三時くらいに食べる派である)


 2022年初読書にと『円 劉慈欣短篇集』を読んだ。作者の劉慈欣は全世界を熱狂の渦に叩き込んだ『三体』を書いた人物である。あまりに発売時の三体フィーバーが凄まじかった為、一歩引いた姿勢で楽しもうとしていたのだが、実際に読んだ後は話題になるだけの面白さがある……と平伏した。ちなみに『三体』は三部作構成の全五冊で構成されたSF小説で、掻い摘まんで説明すると宇宙の彼方から地球よりも遙かに文明の進んだ異星人である三体人が人類を滅ぼしにくるよ。人類は三体人に常時監視されていて全てが筒抜けな状態で三体人の侵略に立ち向かわなければいけないよ、という結構絶望的なところから始まるファーストコンタクトものである。長くて入りづらそうと言う人にこのあらすじを説明して1を読ませると、あれよあれよという間に読むのが面白い。


 さて、そんな超弩級エンターテインメントを著した劉慈欣の短篇集だが、これがまた面白いこと面白いこと……。人や貨物を鯨に吞ませて行う密漁、漢詩の魅力にハマった異星人が作り出したこの世に存在する全ての漢詩を網羅する〝詩雲〟など、面白いアイデアが惜しげもなく放出されて、上質な短篇に仕立てられている。


 特に好きなのは鉱山の労働環境を改善すべく、石炭を地下ガス化するという一大事業を成し遂げようとした男とその顛末を描いた『地火』。この短篇を読んだ時に、久しぶりにこんなに恐ろしいものを読んだな、という気分になり、何ならこれに関連する悪夢まで見てしまった。読者に骨の髄まで恐怖を抱かせる短篇の力は凄まじいと思う。そして、今生では決して償うことの出来ないほどの罪を背負ってしまった人間が抱く、身体から魂が剥がされるような痛み……。この恐ろしさをしばらく忘れることはないだろう。


 この『地火』の次に収録されている『郷村教師』も大好きな一篇だ。こちらは教育の価値すら分からないほど困窮している村で、子供達に必死に物理を教えている教師の話だ。病によって死に瀕する彼は、苦しみに耐えながら教育を続ける。村の人々は彼のやっていることを理解せず白い目を向け、素地の無い子供達は先生の言うことをただただ暗記するだけだ。学びの花の咲かない不毛の地において、彼のやっていることは無意味かと思われた。だが、この片田舎の教師の教えが、全人類を救うことに繋がるのである。これはとても明るい短篇で、教師という素晴らしくて不思議な職業の良さを感じられる。


 今年の一冊目がこれなのは贅沢だし、幸先がいいなあとも思う。今年も沢山いい本が読めたら嬉しい、と思いながら眠りに着いた。あとは、今年も小説家でいられますように。



一月★日

 正月だ! と思ったものの、小説家はそんなに休みというものが関係無い。むしろ、一月五日の休み明けに〆切が五つ重なっているので、集中原稿期間と言っても差し支えがないほどの有様である。この、自分は休みでは無いのだが周りが休んで祝ってをしているので、結果的に小休止を出来る感じが何かに似ているな……と思っていたのだが、『ダレン・シャン』に出てくるバンパイア祝祭だった。(※主人公のダレンが力量を試す厳しい四つの試練をこなす際、二つ目の試練が終わった直後にバンパイア祝祭が始まったことを指す。バンパイア祝祭では全ての物事がストップする為、運良くダレンは休むことが出来た)


 そんなわけであまり休めないはずだったのだが、年末の忙しさが祟って体調を崩してしまった。耳鳴りが酷くて何も聞こえず、持病の貧血もあって起き上がれなくなったのだ。だから、ここぞとばかりに本を読んだ。以下はこの乱読日に読んで印象に残ったものである。


 山田詠美の『ファーストクラッシュ』は裕福な家に生まれた三姉妹が、家にやってきた一人の居候に初めての恋を捧げる物語。同じ相手に恋をしながらも、それぞれの恋の仕方も彼への向き合い方も三様なのが面白い。力という名の居候の彼に何故そこまで惹かれるのかも丹念に描いてあって、たまらないのだ。ラスト、力ととある人物の間にあった確かな繋がりが明かされた時に、思わず息を吞んでしまった。なるほど、そこにもまたファーストクラッシュがあったのだ。


 島本理生の『あなたの愛人の名前は』は緩やかに繋がる恋愛短篇集。島本作品に描かれる愛は刺さることが多いのだが、特に「あなたは知らない」が秀逸である。結婚を間近に控えながらも、浮気相手である浅野に惹かれていく瞳。瞳が結婚する予定の相手は、決して悪い人間ではない。だが、瞳のことを様々な場面で軽んじて、少しずつ彼女のことを削り取っていくような、そんな相手だ。


 人生を共に歩むにはどうしても、な相手と、愛の募る浮気相手。一つ後に収録された「俺だけが知らない」では、浮気相手の浅野視点でこの恋の行く末が語られる。それを読むと、自分と相手の思いが釣り合っていないことについて深く考えさせられる。恋というより、この世に普遍的に存在する搾取の話なのだ、多分。


 石井光太『43回の殺意―川崎中1男子生徒殺害事件の深層―』は、二〇一五年に起きた事件を追ったノンフィクションだ。被害者・上村遼太はカッターで全身を43カ所も刺された上に、真冬の多摩川を泳がされて死亡した。犯人は彼と交流を持っていた三人の未成年者だった。だが、事件を調べていくにつれ、反省の色の無い彼らの異様な動機が──あるいは動機とすら呼べないようなものが明かされていく。この事件のことは報道で知っていたが、詳しい動機や裁判の行方などは知らなかったので改めて読んでみた。


 そして、彼らの間にあった〝トラブル〟があまりにも異様なものであったことを知った。強い殺意と憎しみが無ければ43回も人間を刺さない、と思っていたのだが、むしろ逆だ。強い殺意も憎しみも無く、止める理由を探し続けたからこそ、43回も刺してしまったのだ。一見理解出来なかったものが徐々に自分の想像出来る範疇まで手繰り寄せられてしまうこの感じ。


 都筑道夫の『やぶにらみの時計』を復刊に際して読む。主人公・浜崎誠治が朝目覚めると、周りの人間が自分を雨宮毅なる人物と扱ってくる世界になっていた。浜崎は東京を駆けずり回り、元の自分を知る人間を探し、浜崎誠治に戻る術を探す……というトリッキーサスペンス。周りが自分を別人と扱うという悪夢めいたシチュエーションもさることながら、中盤に仕掛けられたトリックに膝を打ってしまった。なるほど、浜崎がこの行動をしなかったのはそういう理由だったのか、考えてみればその通り、と頻りに感心してしまった。これが成立したのも、この小説が二人称であるからだろう。デビュー作から二人称小説という都筑道夫恐るべし。(他に二人称小説でパッと浮かぶものが舞城王太郎『淵の王』くらいしかない)二人称は独特の味があっていいものだ。


 あとは何故かこのタイミングで思い出し、内田春菊『南くんの恋人』を読み返す。これは私が自分の中のベスト10に入れるほど好きな漫画だ。昔、ドラマ化したのでそちらで知っている人も多いかもしれない。だが、原作漫画はドラマ版とはまるで違う話だ。


 理由も無く手のひら大のサイズになってしまったちよみは、恋人の南くんの元で暮らすようになる。だが、二人の生活にドタバタコメディの雰囲気は無く、色濃い死の匂いが付き纏っている。小さなちよみの生殺与奪を握っているのは南くんであり、誰にも言えず一人でちよみの世話をしている彼は、小さなちよみのことを千切り殺す夢を見る。ちよみは小さくなってもなお生理が続き、胸が張ることを気にする。二人の愛は変わらないはずなのに、もうセックスすることもキスをすることも出来なくて、どこにも行けない閉塞感が作中世界を取り囲んでいる。ちよみと共に修学旅行に行くべくプラスチックの箱に彼女を入れて持ち運んでも、暗く狭い場所で揺られた彼女は嘔吐し、自分の吐瀉物に塗れてしまう。二人は本当にどこにも行けない。


 それでも南くんはちよみの世話を続け、ちよみは彼に「南くん あいしてるようん」と無邪気に言ってみせるのだ。


 何とも言えない唯一無二の読み味を時折思い出しては、この小さな愛の地獄のいっぱいの寂しさに浸る。一月の空気にこれが合う。


 本を読みながら少し横になっていると体調が良くなったので、縦になっていられる間に仕事をした。デスクに積み重なった本が、自分の気持ちを高揚させた。私はこれをいくらでも読んでいいのだ、と思うと元気が出る。こうして本ばかり読む休暇を、週に一日は取った方がいいのかもしれない。



一月◎日

 徳間書店から復刊される山田正紀の囮捜査官北見志穂シリーズの三巻目の解説を任されることとなった。北見志穂シリーズは既刊四巻の復刊と新作書き下ろし一冊の刊行が予定されており、トクマの特選のやる気が窺い知れる。


 山田正紀作品といえばSFの傑作である『神狩り』や、昨年私を唸らせた『開城賭博』(奇想史劇作品集。歴史の裏にあったかもしれない江戸城開城に伴う賭博やら幕府海軍で最も有名な咸臨丸で起きた事件などが描かれている。その中でも「恋と、うどんの、本能寺」が面白い。明智光秀が信長への謀叛を起こす直前に讃岐うどんを食したのか、三河うどんを食したのかという論争を扱っているのだが、顛末も良ければ発想も素晴らしい)がパッと思い浮かぶが、今回の北見志穂シリーズはガチガチのミステリ・サスペンスだ。山田正紀先生の作風の幅に改めて感服しきりである。私がなりたい小説家像とはこれだ、と思う


 しかも、北見志穂シリーズは……それはもう面白いのだ。元は1996年に第一巻が刊行されたシリーズなのだが、痴漢やフェミサイドなど女を執拗に狙う犯人を捕まえるべく、男に狙われやすい女である志穂が囮となって捕まえる──という筋立ては、今でも、いや令和の今だからこそ読まれるべき傑作だ。


 第一巻である『囮捜査官 北見志穂1山手線連続通り魔』では、品川駅の女子トイレで起きた通り魔事件を扱っている。被害者達は履いていたスカートを奪われ、カッターで髪を切られた。関係の無い彼女達を繋いでいる一本の線は、満員電車での車内痴漢だ。志穂は犯人の好みそうな格好をしながら、電車内の悪意に立ち向かう。この小説の中に出てくる〝女が挑発的な格好をしているから悪い〟が二十年以上経っても全く色褪せない現役の言説であることに悲しみを覚えつつ、だからこそ志穂がこうして立ち向かってくれたことを嬉しいとも思う。女へ向けられる理不尽な憎悪が引き起こした事件の真相は、今の時代だからこそなお重く心に響く。ちなみに、解説は青崎有吾先生が担当している。


 私が解説を担当した『囮捜査官 北見志穂 3荒川嬰児誘拐』では、1と2とはまた違った趣の心理サスペンスが繰り広げられる中で、現代の女性もしばしば標的となる〝魔女狩り〟が描かれる。これはまた、発売日が近くなったら改めて紹介したい。


 北見志穂シリーズが現代に復刊される意味についてばかり語ってしまったが、北見志穂シリーズは単純にエンターテインメントとしても、とても面白い。この作品が多くの人の目に触れればいいな、と思う。


 そんなわけで、こうして解説の仕事を頂くことも増えた。最初はその作品がどんなものかをしっかりと語らなければと悩んでいたのだが、最近になって「書評家じゃなく小説家の斜線堂有紀に依頼した理由を考えた方がいい」とアドバイスを貰って、更に悩むようになった。解説とは何だろう。私が解説を読む時に注目しているのは、その人が作品を読んで何を感じたかなので、それを書けばいいのだろうか。まだまだ色々悩みつつ「この作品について書いて欲しい」と思って頂けたことに感謝する次第である。


「斜線堂有紀のオールナイト読書日記」を本年もよろしくお願いいたします。

担当者の新年初読書は若竹七海さんの『不穏な眠り』(文春文庫)でした。


次回の更新は2月7日(月)17時です。

Written by 斜線堂有紀 

小説家。2016年、第23回電撃小説大賞にて“メディアワークス文庫賞”を受賞。受賞作『キネマ探偵カレイドミステリー』でデビュー。著作に『詐欺師は天使の顔をして』(講談社)、『恋に至る病』(メディアワークス文庫)、『ゴールデンタイムの消費期限』(祥伝社)などがある。2021年、『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)が本格ミステリ大賞にノミネートされ、注目を集める気鋭の書き手。

斜線堂有紀氏のTwiterアカウントはこちら

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色