〈8月12日〉 澤田瞳子

文字数 2,273文字

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 ああ、やっぱり、やらなけりゃならないことが(おお)すぎる。
 あたしはバッタリとベッドに(たお)()んだ。
 学校(がっこう)宿(しゅく)(だい)()(かつ)(いえ)()(つだ)い、(いもうと)(あい)()
 十(だい)ほど人生(じんせい)(たの)しい時期(じき)はないと大人(おとな)()うけど、それは(うそ)だ。だって、あたしはこんな最中(さなか)でも、宿(しゅく)(だい)について(かんが)えている。
「ねえ、(かえ)ってるなら、コロッケ()げるの()(つだ)って!」
 (だい)(どころ)からの(さけ)(ごえ)()きながら、あたしはベッドから()()がった。
 コロッケなんてめんどくさいもの、スーパーで()えばと(おも)っていたけど、(じつ)はおばあちゃんも()たようにコロッケを()げていたらしい。つまりこれは、()()(くせ)。ふむ、一つ(かしこ)くなったぞ。
「ちょっと! (はや)くコロッケにパン()つけてってば!」
 ずっと(てい)(しゅつ)(そこ)ねている学校(がっこう)宿題(しゅくだい)が、(あたま)()かんでくる。
 ――お(とう)さん、お(かあ)さんの十(だい)(ころ)について調(しら)べましょう。
 (かべ)にかけられた(かがみ)(のぞ)()めば、そこに(うつ)(かお)は、びっくりするほどママに()ている。当然(とうぜん)か。
 あたしは(おお)きく(あたま)()り――(まわ)りを()(まわ)して、(おも)わずのけぞった。ここ、さっきまでの部屋(へや)じゃない。
 ()(もと)()いてあった(あお)いペットボトルの(なか)()をまじまじと()つめ、そして一気(いっき)()()した。
 窓辺(まどべ)のカーテンは(はん)透明(とうめい)で、ピカピカ七(いろ)(ひか)っている。
 (つくえ)(うえ)(ちい)さな端末(たんまつ)は、(あざ)やかなピンク(いろ)(ふく)()(おど)(ひと)たちを3D(スリーディー)(ちゅう)投影(とうえい)している。
 ざわざわしていた(こころ)が、次第(しだい)()()く。あたしはベッドから、よしっと()()がった。
 あたしは(みょう)(うん)があるらしい。(いま)は、この(じょう)(きょう)(たの)しもう。そして体験(たいけん)とは、(すこ)しでも現実的(げんじつてき)使(つか)(かた)をするべきだ。
 ()(ぶん)()()かせはしたものの、でもどうしてこんなことになったのか不思議(ふしぎ)だ。そう、()らなかったけど、(じつ)は。
 とある会社(かいしゃ)のモニターで、過去(かこ)()(らい)の三十(ねん)(さき)()べる(けん)()()たっていた、とか。
 ちょっと無理(むり)のある(はなし)かな。あたしはううむと(うで)()みをして、(あお)いペットボトルを()つめた。
 こんなへんてこな体験(たいけん)のレポートが、あの面倒(めんどう)宿(しゅく)(だい)()わりになるだろうか。


澤田瞳子(さわだ・とうこ)
1977(ねん)(きょう)()()()まれ。(どう)()(しゃ)大学(だいがく)文学(ぶんがく)()(そつ)(ぎょう)(どう)大学院(だいがくいん)(はく)()(ぜん)()()(てい)修了(しゅうりょう)。2010(ねん)に『()(よう)(てん)』でデビューし、同作(どうさく)中山(なかやま)義秀(ぎしゅう)文学(ぶんがく)(しょう)(さい)(ねん)(しょう)(じゅ)(しょう)。’12(ねん)()つる(つき)(ごと)仏師(ぶっし)定朝(じょうちょう)』で(ほん)()(えら)()’16(だい)(しょう)(せつ)(たい)(しょう)、’13(ねん)新田(にった)次郎(じろう)文学(ぶんがく)(しょう)(じゅ)(しょう)。’16(ねん)には『若冲(じゃくちゅう)』で(れき)()()(だい)作家(さっか)クラブ(しょう)作品(さくひん)(しょう)親鸞(しんらん)(しょう)(じゅ)(しょう)近著(きんちょ)に『()()りの(てら)』がある。

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