十一月▼日

文字数 4,741文字

1日1冊、3年で1,000冊の本を読み、月産25万字を執筆し続ける小説家・斜線堂有紀。


謎めいた日常はどのようなものなのか――

その一端が今ここに明かされる。


毎月第一・第三月曜日、夕方17時に更新!

夕暮れどきを彩る漆黒の光・”オールナイト”読書日記が、本日も始まる。

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十一月▼日

 気づけば二〇二一年も最後の月となってしまっていた。今年は本を四冊出すことが出来たし、その合間に雑誌やアンソロジーに寄稿もしたし、朗読劇の脚本や解説も書いたし、何より読書日記もやり始めたし、概ね充実していたような気がする。ここ最近一年の長さが五年くらいに感じられるので、本当は半分以上記憶が無いのだが。こうした時間感覚の中で過ごしている癖に、一ヶ月は三日くらいで終わっているような気がする。無情だ。


 こういう年の瀬になると、今年読んで一番面白かった本は? と尋ねられがちである。「本」の部分はミステリだったりSFだったりに挿げ替えてもいい。


 一番面白かったミステリなどについては色々なところで触れたり、あるいは実際に投票をしてみたりしているので置いておくとして、特に公的に答えたりしていない「斜線堂有紀が今年一番面白かったSF」について触れておきたい。今年はアマル・エル=モフタール&マックス・グラッドストーン『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』が斜線堂ベストSFだ


 この物語はとという敵対する組織にそれぞれ所属しているレッドとブルーという工作員同士の書簡を追っていく物語だ。二人は歴史の様々な分岐点に現れては、自分達の所属している組織に有利なよう分岐した平行世界を変えていくことで時間戦争の覇者になろうとしている。敵対しているはずの二人は、同じような役回りを与えられ、世界を渡っていく相手へと徐々に惹かれるようになっていき、育ちゆく二人の愛はやがて時間戦争そのものに大きな影響を及ぼすようになっていく。


 こういう物語を書簡体小説でやる、という時点でやられた……と思った。手紙なんて、人間の想いの塊のようなものだ。幾度となく交わされゆく手紙を通して、二人の関係性を描くのは、あまりにもお上手過ぎる。それでいて、この手紙の内容がまたいいのである。最初はただのレッドとブルーでしかなかったというのは、段々とお互いを表す言葉が夕焼けだったり宝石だったりに変わっていくのも、愛ってこういうことだよな、と思わせてくれる


 対立する二つの組織自体も面白い。特に自然文明であるの住人は、個々の人格を持つ人間というよりは大きな生態系の一部といった感じで、この社会はどうやって産まれてきたのだろうという想像が止まらない。成り立ちに思いを馳せさせてくれる世界は良質である


 言ってしまえばベタなラブストーリーでエモーショナルな百合なんだけれど、その王道でベタなものを鮮烈に描けるのがSFというジャンルなんじゃないかと思うので、やはり今年のベストはこの一冊だ。アイデアも詩的な文章も、彼女達の結論も全て良い。ちなみに次点は、前回紹介した『ダリア・ミッチェル博士の発見と異変 世界から数十億人が消えた日』で、ちょっと変わった形式で王道をやるSFに惹かれる一年だったのだろうか。



十一月/日

 亀の歩みで進めていた転居作業がようやく終わり、とうとう引っ越すことが出来た。家の中が段ボールだらけで、新たに買わなければならない家具が全然揃っていなくても、引っ越せたは引っ越せた。新居は前より広く住みやすいのだが、何故か異様に寒い上に、落下したら即死亡の部分が沢山あり、おまけにガラス張りなので朝は強制的に日光を浴びることにある謎の家である。知り合いの編集者さんがダークソウルのセンの古城みたいだと言っていたが、確かにそんな感じだ。灰色だし。


 引っ越し作業中はずっとAudibleで伊坂幸太郎『ペッパーズ・ゴースト』を聴いていたので、当初の予定より早く一冊を聴き終えてしまった。以前も紹介した、人の体液から飛沫感染をすることによって、その人の未来を見ることが出来る能力を持った壇先生が、その力で以てテロ事件に立ち向かっていくというSFサスペンスだ。聴き終えてから、これはかなりAudible向きの物語だったのだな、と思う。伊坂作品の軽妙なやり取りを音で聴くと、それだけでわくわくするのだ。猫の虐待に加担したものに、同じ分だけの拷問を返すことを生業にしたネコジゴハンター・ロシアンブルとアメショーの掛け合いなんかは、絶対に音声で聴いた方が楽しいのである。


 最後まで聴き終えると、これは人間賛歌で物語賛歌だったのだな、と思った。人生を少しだけいい方向に、自分の人生に何か一つ「やってやった」が見つかるように、という祈りを込めた物語なのだ。クライマックスに向かって行くにつれ前向きになっていくので、引っ越し作業にとても向いている一冊だった。


 なんか変なところに引っ越してしまった気がするな、と思いながらも、これで本を収めるスペースは増えた。本さえ並べてしまえば、寒さも何もかもきっと吸い取ってもらえることだろう



十一月◎日

 『異形コレクション 狩りの季節』が刊行された。私は今回『ドッペルイェーガー』という短篇を掲載して頂いている。これは嗜虐癖のあるピアノ教師が、自分の脳から創り上げた架空の少女を日々狩り、拷問し続ける──という物語である。一行に纏めてしまえば結構おどろおどろしい話なのだが、個人的にはストレートに救いの物語を書こうとした自覚があった。井上雅彦先生にも、問題作であるという言葉と共に、この物語に救われる人間はいると思う、と言って頂いて、なんだかすごく安心したような気持ちになった。


 異形コレクションに短篇を載せて頂くのはこれで三度目で、このまま順調にいけば、異形コレクションに載せた短篇を集めて一冊にしてもらえるらしい。担当さんだけではなく、光文社文庫の公式Twitterさんが太鼓判を押してくれたので、気合いを入れつつ期待している。


 さて、アンソロジーは戦いである。異形コレクションはどれを読んでも面白いというとんでもない戦場なので、今回も恐る恐る読み通した。お気に入りは、人間に祝福を与える天使が実際に存在する世界での天使狩りを描いた柴田勝家『天使を撃つのは』と、夜を狩り取ることの出来る画家と、彼女にインタビューをする女の一夜の物語『夜の、光の、その目見の、』スケバン同士の異能力バトルを描いた伴名練『インヴェイジョン・ゲーム1978』。どれも発想力が凄まじく、バラエテイーに富んでいるのに、テーマを問われれば狩りであるとしか答えようのないところがすごい。毎月異形コレクションが出るような世界になったら、小説界はかなりの熱気と勢いを手に入れるのではないかと思う。これは小説版陰陽トーナメントなのだ。


 この勢いでダークなものを摂ろう、同じタイミングで大島清昭『影踏亭の怪談』も読んで、ああ……好みのホラーミステリだ……と噛みしめた。こちらも異形が匂い立っている。密室の中で両瞼を自分の髪で縫い合わされていた女、というシチュエーションだけで垂涎ものだ。この小説の魅力は、本格ミステリの部分は本格ミステリの部分でロジカルに解決されるというのに、不条理な恐怖は不条理な恐怖のままに置かれ続けることだ。


 密室やトンネルで人の消える謎は論理的に解決されるけれど、それと同じくらい強固に「人間ではどうにもならない世界」が残されるのがたまらない。それはそれ、これはこれ、なのだ。四つの事件を追って行くにつれ明らかになる真相と結末も、期待を裏切らないダークさでたまらない。この小説、好きだな……としみじみと思ってしまった。大島先生はこれからもこの路線を貫き通すのだろうか。困った、大ファンになってしまう。


 ダークな物語からしか得られない栄養素があるので、こういう一日があると心が潤う。それはそれとして、引っ越したばかりなのに電球が切れまくっており、とても昏いこの部屋で、闇を求めなくてもよかったのかもしれない、とは少し思った



十一月★日

 十二月三日発売の新刊『愛じゃないならこれは何』のサイン本を作るため、集英社に行く。最近何かと集英社に行く用事が多く、集英社で出てくる飲み物に少しだけ詳しくなる。これは豆知識なのだが、集英社で出てくるジンジャーエールは美味しい。物凄く生姜が利いていて、辛いのに甘い。炭酸も強い。なんであんなに美味しいのだろうか。


 行きの電車から恋愛小説のモードに入る為、山本文緒『恋愛中毒』を読む。この物語は恋愛小説であり、ミステリでもあり、サスペンスでもある。


 アマチュア翻訳家の水無月は、人気小説家である創路と出会い、彼の愛人兼運転手として過ごすようになる。創路の傍には他にも個性豊かな愛人と、色々な意味で完璧な本妻がいた。のめり込んではいけない相手だと分かっているのに、水無月は創路へと深く溺れていってしまう。


 最初から最後まで息が詰まりそうなくらい緊張感のある小説だった。正直なところ、小説家の創路はそこまでいい人間として描写されているわけでもない。傍から見れば見るほど、「こんな男に嵌まってはいけない、絶対に地獄を見る」というような男なのだ。それなのに、水無月の視点から物語が綴られているお陰で、こちらも理解する。理解させられてしまう。創路のどこが魅力的で、どうして離れがたいのかを分からされてしまう。そうして、水無月の心の箍が外れ、破滅へと向かって行く彼女に感情移入させられるのだ。


 恋愛というものは一度手を出せば最後、人を終わらせてしまう劇物だと、そういう風に描いてくれる物語が好きだ。自分としてもその認識だし、そうであってくれるからこそ救われる人間も多いのではないだろうか。そう思うと、この世に遍く恋愛小説は全てホラーだ。人生を懸けさせられるサスペンスだ。


 分かってはいるのに創路から離れられず執着を深めていく水無月に寄り添っていたので、クライマックスでぽんと放り投げられるような気分になった。ああ、そうか。水無月にとって恋愛とはそういうものだったのか、ということが伏線回収のカタルシスと共に突きつけられる。(これは本当に、鮮やかなミステリだったのだと思う)そして、改めてタイトルの重さがのしかかった。恋さえなければ水無月は、違った人生を生きられた。けれど、愛がなければ、水無月の人生はただ凪いで終わっていただろう


 集英社に辿り着く頃には、すっかり恋愛というものの恐ろしさに身を竦ませていたのだが、サイン自体はスムーズに終わった。自分が丹精込めて書き上げた、恐ろしくも離れがたい恋愛の物語がどう読まれるのか、どう共感してもらえるのかが楽しみでならない。私は、あんまり恋愛というものが好きではないし、焼けた鉄板と同じくらい恐ろしく思っているのに、何故か初の恋愛小説短編集が出る


 願わくば、この愛が沢山の人に刺さりますように。


『愛じゃないならこれは何』、そして「愛 編む ラブコブラ」です。


次回の更新は12月20日(月)17時です。

Written by 斜線堂有紀 

小説家。2016年、第23回電撃小説大賞にて“メディアワークス文庫賞”を受賞。受賞作『キネマ探偵カレイドミステリー』でデビュー。著作に『詐欺師は天使の顔をして』(講談社)、『恋に至る病』(メディアワークス文庫)、『ゴールデンタイムの消費期限』(祥伝社)などがある。2021年、『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)が本格ミステリ大賞にノミネートされ、注目を集める気鋭の書き手。

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