第19回

文字数 2,685文字

東京を中心に、コロナ感染者が再び激増し、政府肝いりの”Go Toキャンペーン”も迷走している。

隙あらば、BBQやシャンパンタワーに興じたいという向きには、まだまだ厳しい時代が続きそうだ。


「ひきこもりこそ世界を救う」という千年に一度のパラダイムシフトが起きつつある今、どうすれば人類が生き抜けるのか、意外とためになるヒントが、そのライフスタイルからは見えてくる。


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、困難な時代のサバイブ術!

「もう一ヵ月無職がやれるドン!」


これは10万の定額給付金が支給された時、無職メイトが発した言葉である。


定額給付金の意義とか使い道に関して論じると、空気がピリついてくるのでそれは置いておくが、この一見どうしようもない言葉の中に、ひきこもりとして生きるヒントが隠されているような気のせいがする。


社会問題になっている方の「ひきこもり」とライフスタイルとしての「ひきこもり」の最大の違いは、自活できているか否かであると思う。

つまり会社勤めなどで外に出ずとも自分で生活費が賄えているのなら、ひきこもりでも特に問題はないのではないか、ということだ。


しかし何度も言っているが、そこが一番難しところであり、多くの人が考える過程で「外で働いた方が早い」という結論に達してしまうだろう。

これは「つまらない現実に直面した」というわけではない。「坊主!良いことに気付いたな!」と背中を豪快に平手打ちして麦酒を振る舞い、一人娘を「抱いていい!」と差し出していいレベルの良い発見である。



さらに「ひきこもって暮らすより外で働いた方がよほど楽」という結論に達したとしたら、それはもはや「コングラッチュレーション」であり、エヴァ最終回級に祝福していい。


会社勤めのデメリットは「会社に行かなければいけない」を筆頭に5億個ほどあるが、そうするための方法は「求人に応募する」と至ってシンプルであり、採用されればそれなりに安定するというメリットがある。

その点フリーランスというのは、まずなり方が「ゴールデン街で漫画雑誌編集者の隣に座ったことによりデザイナーなった」など、定型がなさすぎるのだ。

ちなみにこれは、私の本のデザインをしてくれている人の実話である。


さらに運良くフリーの職を得たとしても、連載を切られたことにより昨日の漫画家が今日の無職という、俺とお前と大五郎ムーブが年に何回も起こったりするため、経済的に不安定なことはもちろん、精神的にも安定しているとは言い難い。


また今回のコロナ禍では会社員も影響を受けていたが、やはりフリーランスの方が大きく影響を受けており、支援を受けようにもまず役所の方に、フリーランスとフリーターの違いを説明しなければならないという精神的苦痛を受けている人もいた。


このように社会変動に弱いため、やはり外に出て働くより、ひきこもって生きる方が難易度が高い感は否めない。


だがその難易度を下げるヒントが冒頭のクソ台詞にある。


この言葉は、無職をひきこもりに変えても成立する。つまり10万円あれば一ヵ月ひきこもれる、ということは生活費を5万に落とせれば、二か月ひきこもれるドンということである。


逆に言えば、生活費が10万円かかっている人間は、会社勤めをせずに10万円稼ぐ術がないとひきこもりにはなれないが、5万円の人間は5万円収入が確保できればひきこもりになれるということになる。


このように生活費を下げれば下げるほど、ひきこもりになるための難易度は下がり、ひきこもり継続期間も伸ばすことが出来るのだ。


生活レベルを下げたり節約なんかするぐらいなら、ひきこもりになんかならず外でバリバリ働いた方が良いと思えるなら、もちろんそれは「コングラッチュレーション」であり、村の長老を抱いていい。


もちろん過度な節約は体と心にも悪いので、ギリギリまで切り詰めてひきこもりになるというのは、外に出るぐらいなら、霧や霞、サッシの埃でも食った方がマシという人にしかおススメできない。もう少し楽に会社勤めせずに生きていきたいと考えている人は、生活費の確保の方法を考えるのも大事だが、まず支出の方を押さえることを考えた方が良い。その方がひきこもりになる難易度も下がる。


また、ひきこもりになるつもりもなく、節約などしたくないという人でも「自分の生活費」を把握することで気持ちが楽になることもある。


おそらく労働している人のほとんどが、金のため、つまり生活のために働いており「会社なんか行きたくないが、生活のためには仕方がない」と妥協しながら働いていると思う。

しかし生活のために働いている割に、己が生活するのにいくらかかっているか把握していないという人も結構いるのだ。


どう見てもブラック企業だが、生活のためにはこの月給手取り15万の会社を辞めるワケにはいかんと思っている人でも、自分が月10万でも生きていけているということがわかれば、

仮に手取り13万に下がったとしても、もっと楽な会社への転職を考えても良いのではないかと思え、キツイ会社に無理にしがみつくことを防げるかもしれないのだ。


そして、生活費が下がれば下がるほど、外で働くにしても働き方の選択肢は増えていく。


転職する気がなくても、「いざとなったらこれだけあれば生きれる」ということがわかっているだけで大分楽になるものだ。


それがわかっていないと、一生漠然とした「食っていけなくなる不安」を抱えてしまい、フットワークが余計重くなってしまうのである。


特にひきこもりを目指す人は、生活費のコストを把握し、それを下げるようにした方が良いと思う。

節約というと、しみったれたイメージがあるかもしれないが、節約すればするほど「もう○カ月ひきこもりができるドン!」というボーナス回数が増える、景気の良い話だと思って欲しい。

★次回は9月11日(金)更新です。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中。

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