人生の解決編

文字数 1,414文字

 お世話になった人と言われて、思い出すのは家族と数人の友人の顔です。自分というものを作ってくれたり、嬉しさを倍にしてくれたり、悲しい時に寄り添ってくれたり、あとは、忘れていた大事なことを思い出させてくれたり……そんなことをしてくれた人です。同じような存在として、私にはお世話になった本というものがあり、本棚の上から三段目、子どもには届かず、自分には探しやすい特等席に、大事に並べています。そしてその、本って心を支えてくれるよね、というところから、この『しあわせ、探して』の主人公ができました。
 この物語の執筆中、お世話になった人の筆頭である実父が、俗にいう難病の膠芽腫(こうがしゅ)という病で他界しました。物語が好きな人でした。私が小説を大好きになったのも、父の影響が大きいです。
 父の死後、落ちるだけ落ちていた私は、先日、ある本にお世話になり、浮上することができました。恥ずかしながら、自分で書いたこの本です。父が病気になる少し前に書き終えていて、執筆後は担当様にお任せしていたのですが、改稿の際、読み直した時に、忘れていた大事なことを思い出させてくれたのです。テーマでもある「幸せって自分で決めるものだよね」という当たり前のことなのですが、不幸に酔っていた私はその当たり前すら忘れていました。
 父が亡くなったのは悲しいことですが、生きている時にくれた温かな思い出を今も大事にできるのは、幸せ以外の何ものでもありません。ということを思い出させてくれたので、見事、『しあわせ、探して』はお世話になった本コーナーに加えることにしました。名作の中に並んで、場違い感甚だしいのですが。
 話は逸れますが、父の死後、思ったことがあります。人生を一編の物語にたとえるのなら、解決編は、死後にあるのだなということです。
 私は推理小説が大好きなのですが、その魅力はやはり解決編で伏線が回収される爽快感、あれは堪りません。父の死後、父の知人から私の知らない父のエピソードを聞いて、私が知る父に当てはめていくのは、伏線回収の時の爽快感とそっくりでした。大事な人の物語の、一番の読みどころを読めるのは、やはり幸せなことだなと思います。
 この本の主人公も大事な人を失くしていますが、彼女も物語大好き人間なので、解決編を読めるのを、幸せなことだと思うでしょう。いただいた見本を読んで、良かったね、と改めて思いました。
 ちなみに見本、私は毎回どうしたらいいかわからず、専用の箱に全部詰め込んでいました。ですが今回、少なくとも二冊は行き先が決まり、ほっとしています。一冊は本棚の、お世話になった本コーナー、そしてもう一冊は、実家に帰った時、仏壇に供えようと思います。あなたのお陰で書けた小説が、あなたがいない喪失感を癒してくれています、と父に伝えたいです。小説を書いていることは話していなかったので、「何ねそれは」と言われると思います。九州人なので、こてこての九州弁で。



三田千恵(さんだ・ちえ)
6月9日生れのA型。九州出身。『リンドウにさよならを』でエンターブレインえんため大賞優秀賞を受賞し、デビュー。著書に『あの日、恋に落ちなかった君と結婚を』(メゾン文庫)、『太陽のシズク~大好きな君との最低で最高の12ヶ月』(新潮文庫nex)などがある。

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