〈8月17日〉 山内マリコ

文字数 2,342文字

(うつく)しい(しゅん)(かん)


 うちのマンションのベランダからアキちゃんちの(おく)(じょう)(まる)()え。(なつ)になるとあそこにビニールプールを()して、あたしたちはいっしょに(みず)(あそ)びした。(おさな)なじみってやつだ。
 アキちゃんは(しょう)学校(がっこう)()(ちゅう)から学校(がっこう)()なくなった。(そつ)(ぎょう)(しき)欠席(けっせき)した。けど、(ちゅう)(がく)(にゅう)(がく)(しき)にはちゃんと制服(せいふく)()て、(たい)(いく)(かん)(れつ)(なら)んでた。だけどまたすぐ()なくなって、(ちゅう)一の一(がっ)()()ぎ、二(がっ)()()わり、三(がっ)()になった。
 そして()(かい)(じゅう)にコロナが蔓延(まんえん)した。

 あたし、()たんだ。
 (まる)(つき)がぽっかり()かんだ(よる)(おく)(じょう)でアキちゃんが、くるくる(おど)ってるとこ。
 そっか、アキちゃん、ずっと(くる)しかったんだ。学校(がっこう)()ってないこと、毎日(まいにち)(なや)んでたんだ。
 アキちゃんはそれからしょっちゅう(おく)(じょう)()てくるようになった。そして解放(かいほう)(かん)いっぱいに、(おも)(おも)いに()ごす。ほどなく(おく)(じょう)にテントが(しゅつ)(げん)した。(なか)()(ころ)んでいるのか、テントからアキちゃんの(あし)だけがのぞく。ときどきギターの(おと)がする。あいみょんの「マリーゴールド」が()こえてきて、へぇ~アキちゃん、あいみょん()くんだ~とか(おも)う。
 アキちゃんちの(おく)(じょう)に、どんどん(もの)()えていく。パラソルとデッキチェア。(ゆう)()任天堂(にんてんどう)Switch(スイッチ)をプレイするアキちゃん。あつ(もり)やってんのかな。(あつ)()には、あのビニールプールも()された。プールでアキちゃんちの(いぬ)(みず)()びするのを、あたしは(かく)れてずっと()てた。
 ある()、アキちゃんがギターで()く「マリーゴールド」にあわせて、サビを(うた)って、ベランダ()しにジョイントした。
 アキちゃんはギターを()()()め、
(だれ)だ!?」
 (おく)(じょう)一人(ひとり)(あた)りをきょろきょろ。
「あたしだ!」
 ベランダから(さけ)んで、さっと()(かく)す。
 アキちゃんと(こと)()()わすのは(なん)(ねん)ぶりだろう。だけどノリは(むかし)(おな)じ。あたしたち、ふざけるのが(だい)()き。そして二人(ふたり)ともシャイだ。

 マスクをつけて、あっけなく(にち)(じょう)(もど)る。アキちゃん()るかな~と(おも)ったけど、学校(がっこう)再開(さいかい)してもアキちゃんは登校(とうこう)しなかった。
 (きゅう)(こう)(ちゅう)あんなにしょっちゅう()されていたテントもデッキチェアもビニールプールも、あれっきり()かけない。もしかして〝()(しゅく)〟してるのかもしれない。そうだとしたら、なんかちょっと()(どく)

 あたしは(おも)う。またアキちゃんが(おど)ってるとこ()たいなぁ。
 ネイビーブルーの(そら)(まる)(つき)()かんだ三(がつ)(よる)、アキちゃんが全身(ぜんしん)全霊(ぜんれい)(かん)()する姿(すがた)は、(たい)()人々(ひとびと)()(しき)みたいに(しん)()(てき)で、とても(うつく)しかった。


山内マリコ(やまうち・まりこ)
1980(ねん)()まれ。2012(ねん)『ここは退屈(たいくつ)(むか)えに()て』((げん)(とう)(しゃ)、のち(げん)冬舎(とうしゃ)(ぶん)())でデビュー。(おも)著作(ちょさく)に『(えら)んだ()(どく)はよい()(どく)』((かわ)()書房(しょぼう)(しん)(しゃ))、『あたしたちよくやってる』((げん)(とう)(しゃ))など。
『あのこは()(ぞく)』((しゅう)(えい)(しゃ)(ぶん)())の(えい)()()と、(ざっ)()CLASSY.(クラッシィ)」の連載(れんさい)(しょう)(せつ)をまとめた『一心(いっしん)同体(どうたい)だった』の刊行(かんこう)(ひか)えている。

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