『medium 霊媒探偵 城塚翡翠』相沢沙呼×担当編集者対談【前編】

文字数 3,309文字

絶妙なバランスで描かれる繊細な筆致と、先が気になるストーリー、そして驚愕の展開──。『medium 霊媒探偵城塚翡翠』は本格ミステリー好きからライトな層まで幅広い読者を魅了している。昨年9月に刊行したこの作品は「このミステリーがすごい!」で国内編第1位に輝き、「本格ミステリ・ベスト10」で国内ランキング1位、Apple Books「2019年ベストブック」のベストミステリーにも選出された。著者の相沢沙呼さんと、約10年間タッグを組む担当編集が、これまでの軌跡を語り合った。


読者が「叫んだ!」

注目の新作ミステリー

担当編集者 沙呼さんとの出会いは、もう10年近く前ですね。デビュー作『午前零時のサンドリヨン』(東京創元社刊)を読んで、「『日常の謎』をこんなに素敵に描く作家さんがいるんだ」と、最初から気になっていて。実際にお会いして、ゆっくりお話ができたのはそれからしばらくして、花見の席でした。


相沢 そう。某漫画家さん主催のなぜか花見だった(笑)。新宿御苑だったかな。


担当編集者 その席で「ぜひ講談社でも書きましょう!」とお願いしたんですよね。


相沢 僕は、「そのうちな」って(笑)。結局、2011年の「メフィスト」に載せた短編が最初でしたね。


担当編集者 原稿依頼してから2年くらいかかりました。


相沢 ありがたいことに、いろいろな出版社さんにお声がけいただいて、その順に書いてはいるんですけど……。担当編集君は優しいから強気に原稿の催促をしてこなかった。友人の作家仲間からは、あまりガツガツと要求してこない編集者として知られています(笑)。


担当編集者 そうかもしれません (苦笑)。でも、沙呼さんとはいずれ一緒に仕事をすると信じていたんです。毎回渾身の一作を書かれているけど、講談社で代表作となる作品を書いてもらうだろうと。実際にそれから5年を経ましたが、2016年に講談社タイガから『小説の神様』を刊行することができました。あの作品は読者の反応がすごくビビッドで、「泣いた!」「この小説に出会えてよかった!」と大絶賛の嵐だったんです。おかげさまで、先日佐藤大樹さんと橋本環奈さんのW主演で、映画化(5月22日公開)も発表できました。一方で他の作家さんたちからは、「読んでいて、自分のことのように辛い」「涙で溺れ殺す気か!」みたいなこともずいぶん言われましたけど。


相沢 小説家にとっては、辛すぎる話だからね……。

『小説の神様』講談社タイガ

担当編集者 そして今回の『medium
霊媒探偵城塚翡翠』
もまた、刊行当初から読者の「ええっ?」という大絶叫が止まりませんでした。最初に沙呼さんが原稿の一部を書き上げたのは、2018年の12月。


相沢 第1話とその種明かしのところを1週間ほどで書いたんです。手応えはあったんだけど、「ちょっと読んでみて」という感じでサラッと担当編集君にメールしたよね。


担当編集者 読んだ僕は、「なんだ……、これは傑作の気配!」となりました。実は、沙呼さんに最初に書いてもらった「メフィスト」掲載の短編「愛をささやくもの」も、『medium』と同じく“霊媒”を扱った作品だったんですよね。もしかすると、あの作品が下敷きになったのではないかと思っているのですが。


相沢 確かにあの短編は、まったく毛色の違う作品だけど、アイディアの一つとしてはつながる部分があったかもしれません。物語の舞台は僕が好きなヴィクトリア朝で、そこそこ知識はあったんだけど、やっぱり作品として書くとなると資料を読み込むことも多くて、それだけでもかなりの時間をかけた短編でした。

2ヵ月で書き上げたあとの苦悩

担当編集者 あの作品が下敷きだとすると、『medium』は構想約10年ということに。すごい傑作感がありますね!(笑) でも実際は、最初のメールをいただいてから、たった2ヵ月ほどで一気に書き上げられました。沙呼さん史上最速の執筆速度ですよね?


相沢 出版されているものでは最速です。本当は、「執筆に悩み時間がかかりました」とか言いたいんですけどね(笑)。これまでは、わりと頭から終わりまできっちりプロットをつくり込んでから書き始めるタイプで、書くこと自体もそんなに速いほうじゃなかった。でも、なぜかこの作品はプロットを用意せずに書き進めながら展開を考えていましたね。「日常の謎」ではなく、初めて殺人事件を扱ったから、今までと違う脳が刺激されたのかもしれない。


担当編集者 本当にこれまでにない速さで、編集者なら誰しもしびれる原稿を書き上げてくれました。……が、脱稿したあとのほうが悩みましたよね。


相沢 脱稿した後に、刊行まで半年もかかりましたからね。修正の依頼に応えて原稿も30ページほど削りました。


担当編集者 そうして完成した原稿は、「いける!」と確信がありました。ただ、タイトル、定価、判型、宣伝展開などを決めるところで、「相談事」と書いて「ケンカ」と読むようなやり取りをたくさんしました……。


相沢 どう売り出すかは、関わる方が多いのでなかなか意見が一致しませんでした。みなさん気に入ってくださっている分、いろいろな考えがあるのは当然です。僕としては、できれば「まっさらな状態で何も情報を与えずに読んでもらいたい」と思っていました。でも、これまでの作風と違って「本格」にかなり偏った作品なので、宣伝や帯のあおりなしにはまず読んでくれないだろうというのもあって……。あおらないといけないんだけど、ミステリー読みはあおりが嫌いだという、このジレンマにも悩んだ(笑)。


担当編集者 「本当にすごいから何も聞かずに読んで」と言いたいけれど、「本当にすごい」とすら言いたくない。最終的にたくさんの候補から「すべてが、伏線。」という帯コピーを選びました。「この本が評価されなかったら担当編集者をクビになってもいい!」とまで言ったんですよね。そしたら沙呼さんが、「別にお前のクビなんかいらないんだよ!」って(笑)。


相沢 自分のことを応援してくれる編集者がいなくなるだけで、むしろ僕にとってはマイナスだから。


担当編集者 とにかくこの作品は絶対に読まれなければならぬ、と思っていたので、書店員さんにも「今年一番のミステリーです!」と全力でプッシュしましたよ。


相沢 たしかに強気だったね。


担当編集者 結果、ミステリーランキングを代表する「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」「2019年ベストブック」の3冠を達成。本当に快挙です!


相沢 これまでは日常の謎にこだわって書いてきました。書いていて窮屈だなと思ったりしていたものが、『medium』ではなかったように感じています。それだけ自由度が高く書けたところもありました。


担当編集者 結果、発売後すぐに重版が決まり、3冠獲得もあって現在6刷10万部近くまで伸びています。ヒロインの翡翠ちゃんも読者にすごく気に入ってもらえたし、これはぜひ続編を書いてもらいたいですね。

※2019年12月当時

                                 


相沢 そうですね。書かないとね……。


担当編集者 遠い目になってますよ(笑)。次は厳しく催促しますからね!


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相沢沙呼(あいざわ・さこ)



1983年、埼玉県生まれ。2009年『午前零時のサンドリヨン』で第19回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。2011年「原始人ランナウェイ」が第64回日本推理作家協会賞(短編部門)候補、2018年『マツリカ・マトリョシカ』が第18回本格ミステリ大賞の候補となる。今年度は『medium 霊媒探偵城塚翡翠』が、「このミステリーがすごい!」(宝島社)、「本格ミステリ・ベスト10」(原書房)、「2019年ベストブック」(Apple Books)で3冠を獲得。2016年に発表された『小説の神様』(講談社タイガ)は、2020年の実写映画化が決定している。

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