東大生本読みのオススメ「非英語圏海外小説」10選

文字数 3,235文字

今、どんな作品を読んだらいいの?

そんな疑問にお答えするべく、大学生本読みたちが立ち上がった!

京都大学、慶應義塾大学、東京大学、早稲田大学の名門文芸サークルが、週替りで「今読むべき小説10選」を厳選してオススメします。

古今東西の定番から知られざる名作まで、きっと今読みたい本に出会えます。

世界情勢がどうなろうが書物の中には異国がある。気が向いたときにページをめくれば東西南北どこへだって行ける。とはいえ「海外小説」と「英語圏小説」がイコールとは言わないまでも大きく重なるのが現状。その他の地域は文化的にも地理的にも遠く離れた異国なれば、日常の中で接点を持つ機会というのは少ないもの。それゆえ今回は「非英語圏海外小説」を集めてみた。縁なき地域に縁を作る最初の一歩になれば重畳。

(執筆:新月お茶の会

①『13・67陳浩基

二〇一三年から一九六七年までの香港の激動の歴史を、香港警察の一人の捜査官の人生を通じて浮かび上がらせる連作短編集。逆年代記と呼ばれる手法が用いられており、二〇一三年から一九六七年まで遡っていく構成となっている。各話の様々な箇所で登場人物や出来事が思わぬ繋がりを見せることで、作品空間に奥行きが出ている。各短編は本格ミステリとしても質が高く、どんでん返しが濃密な『黒と白の間の真実』や、緊迫感のあるアクションの裏側で進行している策謀に驚かされる『テミスの天秤』が特に印象的。本格ミステリと小説が見事に噛み合わさった傑作。

②『複眼人呉明益

舞台となるのは至近未来の台湾だが、前半では太平洋に浮かぶ架空の島「ワヨワヨ島」と交互に描かれる。自殺を考える台湾の女性文学者アリスと島の風習で永遠の「航海」に出たワヨワヨの少年アトレ。全く異なる二人の世界はやがて太平に浮かぶ「ゴミの島」を結節点に合流し、台湾の先住諸民族やヨーロッパ出身の地質学者、海洋生態学者の世界観と共に「複眼」的な世界を描く。学問と人生と神話の交差点に、環境破壊や地域格差といった優れて現代的な問題が浮かび上がる良作だ。

③『バグダードのフランケンシュタインアフマド・サアダーウィー

爆破テロでバラバラになった犠牲者を寄せ集めてできた一人分の遺体に、殺された人間の魂が宿り誕生した「名無しさん」。犠牲者の無念を背負った彼は、二〇〇五年のイラクで復讐のための殺戮を繰り返す。本書でのイラクは、死体が珍しくない荒廃した場所として描かれる。もはや死は日常であり、ゆえに恐怖の対象である「名無しさん」に対しても、人々は私利私欲のままに動いている。混沌とした社会とその中で生き抜く人々の描写が、強く印象に残る一冊。

④『シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選

旧約聖書という世界で最も有名なフィクションに来歴を持つ唯一の国家イスラエル。この国とユダヤ民族の辿った数奇な歴史は汲めども尽きぬインスピレーションの源泉であり、それが結晶化したのが本作だ。旧約聖書と共に生きる人々、耳慣れないヘブライ語の地名、中東の乾いた熱気……イスラエルという異世界の風景は我々日本人にとってはそれだけで十二分に刺激的な読書体験だ。その上、収録作の数々は思弁小説としても超一流である。読めばきっと他に類を見ない旅になる。

⑤『マイ・シスター、シリアルキラーオインカン・ブレイスウェイト

真面目な看護師の姉コレデと、美貌を持つ奔放な妹アヨオラ。妹は付き合っている彼氏を殺しがちで、姉は毎回助けを求められ犯行を隠蔽するという、奇妙な関係を持った姉妹のサスペンスだ。自分には無い美しさを持ち身勝手に振る舞う妹への負の感情と、いつも守ってきた妹という存在への正の感情が入り交じった姉の葛藤は、果たしてどこに向かうのか。ナイジェリアの女性作家のデビュー作。

⑥『方形の円: 偽説・都市生成論ギョルゲ・ササルマン

異国文化に触れるとは、その国の都市空間を味わうことでもある。「都市」の想像力をテーマにした作品を紹介しよう。『方形の円 偽説都市生成論』はルーマニアの老作家の古典SF。架空の都市の歴史に関する三十六篇の断章だ。歴史改変や神話改変、果ては宇宙SFを題材に、ボルヘスや星新一にも引けを取らないユーモラスで斬新な思考実験が繰り広げられる。三十六篇のどれを読んでも、作者の豊かな知識と旺盛な想像力とに圧倒されるに違いない。

⑦『シブヤで目覚めてアンナ・ツィマ

『シブヤで目覚めて』はチェコの若手作家・日本文学研究者、アンナ・ティマの作品。チェコ文学といえば高尚で難解なイメージがあるが、今作はむしろ文学になじみのない人にこそ読んでほしい。プラハとチェコ、ふたつの都市文化を女子大生の視点から描く筆致はとてもユーモラスで味わい深い。本に包まれたプラハの日常を追体験しながら、渋谷のサイバーパンクぷりを異国人の眼から眺め、さらに謎の作家の生涯を追いかけるミステリ風味もあり、と盛りだくさんな力作だ。

⑧『死者の子供たちエルフリーデ・イェリネク

観光地で起きたバスの事故の描写から始まる。どうやら三人の死者——あるいはアンデッド——がこの小説の主人公らしいが、はたして彼らの「日常生活」が記述されているのかすらわからない。スポーツ、観光、性、そして政治など、人間の文明に対する呪詛を「私たち」は撒き散らしてゆく。その語り口は不穏で猥雑、しかしどこかユーモラスだ。世界そのものを飲み込んでしまうような言葉の濁流は、無二の体験を与えてくれるだろう。

⑨『時計仕掛けの歪んだ罠アルネ・ダール

最近北欧が日本ミステリ界を賑わしている。『ミレニアム』シリーズやヴァランダーシリーズを皮切りに、ペーションやネッセルなど多数の注目作が輩出した。そしてそんな中でも昨年特に話題に上ったのがアルネ・ダールの『時計仕掛けの歪んだ罠』だ。典型的な警察小説の幕開けから、迫真の取り調べ、そして予想を裏切り続ける展開と、とにかく読者を飽きさせない。ぜひ著者渾身の力技に酔いしれて欲しい。

⑩『モレルの発明アドルフォ・ビオイ=カサーレス

何者かに追われている「私」は孤島に逃げ込む。その島で出会った女性に恋い焦がれるようになるが、やがて不審な挙動を示すその女性の秘密に気づいた「私」はある行動に出ることになる。「ネタバレ」によって著しく味わいが損なわれてしまう作品である。が、これを読んだ者は、昨今の名作アニメ・漫画・ゲームの先駆者が半世紀前の南米に存在していたことを知るだろう。SF・ミステリどちらの読者に強く勧めたい。

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