四月/日

文字数 4,134文字

1日1冊、3年で1,000冊の本を読み、月産25万字を執筆し続ける小説家・斜線堂有紀。


謎めいた日常はどのようなものなのか――

その一端が今ここに明かされる。


毎月第一・第三月曜日、お昼12時に更新!

真っ昼間に送る”オールナイト”読書日記

四月/日

 死ぬならエイプリルフールがいいと思っていて、理由は友人たちに「今日、友人の命日なんだ」と言わせたいからである。ずっとみんなが疑われ続けてくれたらいいと思う。

 『宇宙飛行士選抜試験』(内山崇)を読みながら、そんなことを考えた。たった一夜の観測で大きく運命が変わる天文学者の日々を描いた『天体観測に魅せられた人たち』(エミリー・レヴェック)がとてもよかったので、空繋がりである。 

 腕につけた機械で常時身体情報を把握されながら、閉鎖空間で過ごす試験……その中でまるで就活のようなグループワークをやらされたと思えば、千羽鶴を折らされたりもする。ここまでのことをしなければ宇宙飛行士にはなれないのか、と思った。私の頭に浮かんだのは『六人の嘘つきな大学生』(浅倉秋成)だった。閉鎖空間での選抜試験というのは、ミステリを感じる。犯人の目的がわからないところと人事の目的がわからないところが似ている。

 このまま『宇宙に命はあるのか 人類が旅した一千億分の八』(小野雅裕)も読もうかな、と思ったところでキングの『アウトサイダー』を思い出す。丁度上巻を読み終えて、一番楽しいところだ。前情報無しで読んだので、あまりの驚きにひっくり返った。なるほど、そういう……。キングは元々冤罪を書く時にやけに筆が乗る作家なのだが(『刑務所のリタ・ヘイワース』『グリーン・マイル』など)今回の冤罪も丹念に書き込んであって素晴らしかった。キングの冤罪は年々嫌さが増していく。色々な恐怖を探っていった末に「やっぱり冤罪が一番怖いな」になったのかもしれない。

 今のところ私の一番の恐怖は地獄堕ちなので、やはり恐怖の根源は作品に出る。(それを思うとキングの『心霊電流』は本当に怖い)



四月◯日

 取材で遠出することになり、久しぶりに新幹線に乗る。新幹線に乗ったからにはもう読むしかあるまい、ということでキングの『アウトサイダー』の下に入った。 実は『アウトサイダー』は紙の本で買った上で、電子書籍でも購入してしまった。紙の本で集めたいが、外出する時にあの分厚さの本を持ち歩くのは厳しい、でも空いた時間に読み進めたい、そういう時に禁断の両面買いを行うのだ。でもまあ、出版社に利益があるからいい読者だと思う。

 そこから先は一気読みだった。本当は多少原稿を書こうと思っていたのに、読み切らないと他のことが出来ないと思った。

 ノンシリーズだと思っていたのに『アウトサイダー』にはミスター・メルセデスシリーズでお馴染みのファインダーズ・キーパーズが活躍する。実質メルセデスシリーズ四作目じゃん! と下巻になって気づく仕組みになっているのだ。

 ここから読む人はどう思うのだろうか……と思いつつ、シリーズファンである自分は興奮のままに読了した。やっぱりシリーズ縦断ほどテンションの上がるものはない。要所要所で挟まれる回想にはその都度涙ぐんでしまった。そんなわけで、最近のキングの中で一番好きでした、『アウトサイダー』。

 この日記では、ラストを自分のことで締めるという日記らしい誓約がついているので、何かを書かなければならない。とりあえず、私も今まで産みだしてきたキャラクターを大切に、人生に責任を持っていこうと思いました。



四月□日

 このご時世なので、感染対策に気をつけながら取材をする。真面目に仕事をしていたので、あまり書くことがない。でも、こんな機会はそうそうないだろうし、旅にぴったりなものが読みたい! と思って『ブルックリン・フォリーズ』(ポール・オースター)を読む。決め手は一文目だった。


 私は静かに死ねる場所を探していた。誰かにブルックリンがいいと言われて、翌朝ウェストチェスターから偵察に出かけていった。


 これを読んだら、自分もまるで静かに死ねる場所を探しに来たような気分になった。死を前にして、人間の愚かさを記録することを思い立つネイサン。斜に構えていた彼がブルックリンで色々な人と出会い、段々と変わっていく様はストレートに心に響く。というより、オースターの文体が好きなので、読んでいるだけで嬉しい。

 クライマックスを新幹線の中で読んで、しみじみいい本だったなと思う。本の力をあなどってはならない。とネイサンは言う。

 ふと思ったのだが、新幹線で本を読むプランとかがあれば流行るんじゃないだろうか。最近の新幹線は充電も出来るし、シートもふかふかしているし。でも、正直シートは怖くて倒せない。新幹線のシートは見ず知らずの人間と共犯関係を結ばされる悪魔の装置だと思う。倒していいですか、その一言が言えない……。



四月☆日

 旅の間中コートのポケットに直でウルトラライトフレームの眼鏡を入れていたら、当然のことのようにレンズが取れた。家に帰ったら東京創元社さんから『超動く家にて』(宮内悠介)の文庫版が届いていた。超動く眼鏡。超動く家。

 やっぱりヴァン・ダインの二十則で遊び倒した『法則』が好きである。使用人の主人公は殺人を犯そうとするが、ヴァン・ダインの二十則に「使用人が犯人ではならない」とある為に殺せないというところから始まるコメディだ。あまりにも発想の勝利で悔しかった。これがやりたい、と思った時が一番悔しい。



四月△日

 S社のUさんと打ち合わせをする。最近は週一回で定期的に打ち合わせをしているのだが、 Uさんはいつも面白い本を教えてくれるので、打ち合わせの時の心の痛みが多少やわらぐ。注射を受ける前にお医者さんが雑談をしてくれるのと同じだ。処刑人が天国の話をしてくれるのとも同じかもしれない。

 というわけで、十市杜先生の『亜シンメトリー』を薦められる。曰く「物凄いことが起こっているのに、何が起こっているかわからない」という超絶技巧の短篇らしい。そんな異次元の小説があるのか。


 (数時間後)読んだ。これは凄い……! まさか本を読む時にアイテムを使うことになるとは。早速UさんにLINEをしつつ、作中に出てくるとあるゲームってもしかしてこうなんじゃないか? と仮説を投げておく。これを検証するのって多分物凄く大変な上に見落としがあると詰むのだが、誰かが同じ仮説の下で検証してくれないだろうか……?



四月×日

 外でお仕事があったので、移動中に『NOVA2021年春号』を読む。話題になっていた『無脊椎動物の想像力と創造性について』(坂永雄一)が面白かった。京都が蜘蛛に支配され、焼却が決まるというSFである。群体がトップスピードで共進化していく様を描いたSFが好きだ。それに、蜘蛛が大きな役割を持つSFも好きだ。『最後にして最初のアイドル』(草野原々)とか、あとは『南極点のピアピア動画』(野尻抱介)とか。今回のNOVAでは射幸心に取り憑かれた世界を描いた『欺瞞』(野崎まど)のスケールの大きな馬鹿馬鹿しさに痺れた。これは……三店方式SF?

 エナドリに詳しい方に美味しいエナドリを教えてもらってから、何となくエナドリ日記を付けている。マツキヨのオレンジがいいらしいと聞いて飲んだら、確かに美味しかった。エナドリマイスターなのかもしれない。味も美味しかったけど、何より派手な蛍光色が好きだ。これ飲んでいいのか? って思わせてほしい。

 あんまりSFを感じない未来だな、なんて思ってたけど、この色の飲み物があるというのがSFだと思う。



四月◇日

 昨日に引き続き電車に乗り、いそいそと『第八の探偵』(アレックス・パヴェージ)を読み始めた。隠匿した作家・グランスター。編集者のジュリアは、彼がたった一冊だけ出した「ホワイトの殺人事件集」の復刊を打診しに、彼の元を訪れる……というあらすじ。この「ホワイトの殺人事件集」に収録されている短篇小説が作中作として載っているのだが、贅沢な作りにショックを受けた。これなら、パッと出たアイデアを全部詰め込めるじゃないか! あんまり面白い仕組みを考えつかないでくれ! と思った。いいなあ。

 しかも、この『第八の探偵』は、かつて起きた事件に何やら関係があるらしい……という縦軸まで展開される。目の前の作家は殺人犯なのか? という疑念を作中作の内容から検討していくというアイデアで、連作短篇に仕立て上げてるのも上手い。本当に悔しい。ラストも素直に驚いてしまったし。しかも、全編に渡って新本格感が強い。あの頃のミステリが好きな人間が書いている!

 この本を携えてお蕎麦屋さんに行ったら、ざる蕎麦を頼んだのに温かいのが出てきた。こういうささやかな間違いは乱数だと思っている。注文したものが必ず来るとは限らないのだ。なので、ガチャのようなものだと思って頂く。おいしかった。

 と、思ったら半分くらい食べたところで店員さんに気づかれてしまった。謝らせるのも悪いと思って「温かいおそばは冷えたら実質ざる蕎麦ですからね~!」と言ってみた。「は?」と言われた。全然通じなかった。

 というか、蕎麦にこだわりがあるお店なのに「冷えたら実質ざる蕎麦」というのは、侮辱に取られたかもしれない。申し訳無さ過ぎて店内の音が聞こえなくなった。

 でも、お詫びにアイスをサービスでもらった。よかった。「身体が冷えていたのでむしろ温かい蕎麦で助かりました~!」とか言わなくてよかった。

冷えたら実質ざる蕎麦……


次回の日記は5月3日(月)12時です

Written by 斜線堂有紀 

小説家。2016年、第23回電撃小説大賞にて“メディアワークス文庫賞”を受賞。受賞作『キネマ探偵カレイドミステリー』でデビュー。著作に『詐欺師は天使の顔をして』(講談社)、『恋に至る病』(メディアワークス文庫)、『ゴールデンタイムの消費期限』(祥伝社)などがある。2021年、『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)が本格ミステリ大賞にノミネートされ、注目を集める気鋭の書き手。

斜線堂有紀氏のTwiterアカウントはこちら

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色