「物語の魔法」福田和代

文字数 926文字

(*小説宝石2022年3月号掲載)
2022/02/25 13:40

葉と物語は、ときに「状況」に魔法をかける。


 最初の緊急事態宣言を目前にした二〇二〇年四月のある日、ふと心に浮かんだ物語をネットに書きとめた。


 AIやロボットが普及して、ビスケット工場で働く主人公のおもな仕事は、ビスケットの味見だ。そこにウイルス禍が始まり、人類はあらかじめ用意された「繭」に引きこもる。


「繭の季節が始まる」というそのショートストーリーは、書いた本人が意外に感じたほど多くの読者をえて、おなじ緊急事態の真っ最中なのになんだかやさしく、ほんのり幸福感に包まれた「繭」のありかたに賛同する声もいただいた。


 ウイルスとの戦いがいつかは必ず終わることを、私たちは歴史に学んで知っている。それでも渦中にあれば、見通しのきかない未来はやっぱり不安だ。


 キンキュウジタイセンゲンという言葉の、堅苦しくて窮屈で、人を脅すようなまがまがしい響きもあって、なるべくなら避けて通りたい気持ちになる。


 でも、「繭」なら―。


 ちょっと、入ってみたいかも?


 ウイルス禍の恐怖、先行きへの不安、経済的な心細さ、社会のとげとげしい雰囲気、そんな深刻なものごとをすべて遮断し、ふわふわと温かい「繭」に包まれて、危難が去るのをじっと待つ。できれば、「繭」を出るときには、ひとまわり成長した自分になっている。


 短編連作に改変するにあたり、主人公は「繭」に入れない警察官にした。「繭」の季節でも事件は起きる。ぬくぬくとした「繭」を守る、警察官とロボット猫一匹。彼らの目を通した世界を、楽しみながら書いた。


 文章を書くことで救われたことは数知れない。


 今回も、この物語を書いて救われたのは、わたし自身だったかもしれない。


2022/02/25 13:42
2022/02/25 13:43

【あらすじ】

ウイルスに対抗するため、この国では強制的な巣ごもり=繭が日常となった。しかし、外出禁止令下の街で、なぜか死体が見つかったり、ビスケット工場が動いていたり……。非接触の世界で起こる事件に、警察官と猫型ロボが迫るミステリー!


【PROFILE】

ふくだ・かずよ

1967年、兵庫県生まれ。システムエンジニアを経て、2007年、航空謀略サスペンス『ヴィズ・ゼロ』でデビュー。クライシス・ノベルの名手として知られる。著書多数。

2022/02/25 13:45

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