魔女が教えてくれたこと

文字数 1,345文字

 ご近所さんや知り合いの方に、少し不思議で、どこか魅力的な人はいないだろうか?
 私は人生の時々で、そういう人たちに出会ってきた。

 中でも、特に印象が強いのは、敬意を込めて『魔女』と呼んでいる知人女性だ。

 私の母より年上の方だが、フットワークは春風のように軽く、以前はふらりと北欧などに出かけていた。そして、そこで触れてきた素敵な物事を私に教えてくれた。

 彼女は、山奥の森の中で、美しい庭のあるレストランをひらいている。
 そして、作る料理は何でもおいしい。

 遊びに行くと、いつも搾りたての牛乳や摘みたてのブルーベリーなどで出迎えてくれる。それから、ふわふわのポテトグラタン。リコッタチーズとクスクスを載せたおしゃれな根菜サラダ。醬油を一切使わず、煮詰めた桃だけで照り焼きにしたチキン。甘く煮たリンゴに山胡桃、またはレモン、あるいはズッキーニをたっぷり使って、しっとりと焼き上げたパウンドケーキ……思い出すだけで、今すぐ食べに行きたくなる。
 パスタを茹でる際に「お湯に入れるお塩は遠慮してはダメよ」と教えてくれたのは彼女だった。身体の芯まで届く暖炉の暖かさや、焙煎したてのコーヒーの香ばしさ、森の大木の枝に吊るされたブランコに乗る気持ちよさや遊び心も教わった。

 彼女に会って話す時、彼女の庭や森を歩く時、彼女が作った料理を食べる時、私はいつも穏やかで満ち足りた気持ちになる。
 ゆったりとした、不思議で優しい時間が流れるからだ。

 さて。『食いしんぼう魔女の優しい時間』は、本物の魔女が主人公の物語だ。

 都会の街で人々に紛れながら、使い魔の黒猫と一緒にひっそりと……しかし、おいしい料理を日々の楽しみにしながら悠々自適に暮らす、魔女の理沙。
 見た目は20代・実年齢は300歳を超える彼女は、ファンタジックな存在だ。
 しかし同時に、私が現実で出会ってきた、魅力的な人々との思い出が生み出した存在でもある。

 私が教えてもらった、穏やかで満ち足りた気持ち。不思議で優しい時間。
 本作を通して、それが魔法のように、読んでくださった方に伝わればいいなと願っています。



三萩せんや(みはぎ・せんや)
宮城県生まれ、埼玉県在住。第7回GA文庫大賞〈奨励賞〉、第20回スニーカー大賞〈特別賞〉、第2回ダ・ヴィンチ「本の物語大賞」〈大賞〉を受賞し、『神さまのいる書店 まほろばの夏』(KADOKAWA)でデビュー。主な著作に「豆しばジャックは名探偵」シリーズ(光文社キャラクター文庫)、「後宮妖幻想奇譚」シリーズ、「魔法使いと契約結婚」シリーズ『鎌倉やおよろず骨董堂 つくも神探偵はじめました』(双葉文庫)、「陰陽師学園」シリーズ(マイナビ出版ファン文庫)などがある。映画ノベライズ『夜明け告げるルーのうた』(KADOKAWA)や『弱虫ペダル』(角川文庫)、東映アニメーションとのコラボ小説『時守たちのラストダンス』『七夕の夜におかえり』(河出書房新社)なども手掛ける。

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