清水門 ~鬼平の役宅(仮想by池波氏)で、邪推作家が鬼になる⁉~

文字数 3,039文字

こだわらないスタイルには、こだわってるみたい。

今回の連載では鬼平の家を巡ります。


まずは、役宅。部下の佐嶋忠介(筆頭与力)や酒井祐助(筆頭同心)らが詰めて捜査方針を打ち合わせたり、密偵のおまさや相模の彦十らが庭先に現われて街の情報を平蔵に告げたりする、あの屋敷ですね。ある意味、鬼平のドラマで最も出て来る家、と言って過言ではない。


手元にある『江戸古地図散歩』(池波正太郎/平凡社)の中で、池波センセはこうつづられている。


「鬼の平蔵が盗賊改方に就任した当時の屋敷を、[武艦]によって調べて見ると、むかしは江戸の郊外といってもよかった目白台になっている。これでは、江戸の特別警察ともいうべき役目をつとめる上に、小説の上で、いろいろと面倒なことが多い。盗賊改方の長官になると、私邸をそのまま[役宅]にするのが通例であったが、そうしたわけで、私は彼の役宅を清水門外に移したのである。」


この、「私邸は目白台」というのは次の回で詳しく述べるが、結果から先に言うとセンセの大いなる勘違い。ただまぁここでは、その話はいい。


肝心な箇所は、「そうしたわけで、私は彼の役宅を清水門外に移したのである」。つまりは実際には清水門外に役宅などなかった。あくまで小説上の設定に過ぎない、ということである。


でもまぁ、これもいいじゃぁないですか。実際がどうだったかに関係なく、小説上はあくまで、鬼平は清水門外の役宅で活躍していたことになってるんだから。佐嶋だって彦十だって架空の人物なんだし、そんなことにあんまりこだわってたって仕方がない。

好きなラーメン食べて好きなバス乗って好きな鬼平の聖地めぐり。幸せ過ぎる午後。

江戸の切絵図を見てみると江戸城、清水御門(図の左上の辺り)を出たところに確かに、「御用屋敷」の表示がある。ここだここだ。ここに鬼平の役宅があったんですよ。


そうと決まったら行かない、という選択肢はあり得ない。いつもの「幡ヶ谷駅前」バス停から都バス「渋66」系統に乗っていざ、出発! 渋谷からは「池86」系統に乗り換えて、「東新宿駅前」で降りました(実はいったん高田馬場二丁目まで行ってラーメン食べたんだけど、その話題はここではいいよ、ね)。


ここで「高71」系統に乗り換え。これで、目的地まで行くことができます。

この系統、JR高田馬場駅と地下鉄、九段下駅とをつないてるんだけど、なかなか面白いルートを採る。高田馬場駅前を出発し明治通りに出ると、右折。新宿方向に向かって、東新宿の交差点で左折します。ここのバス停で、私は乗り換えたわけですね。


その後、抜弁天前の坂を駆け上がって大久保通りの方へ向かうんだけど、合流する前に若松河田駅の交差点で右折。東京女子医大病院前を通り抜けます。外苑東通りに出ると右折。曙橋の立体交差を降りて靖国通りに合流し、後はずっとこの通り沿いに走ります。


地図を見て「え、市ヶ谷のところでクランク状に曲がってるじゃん!?」と思う人もいるかも知れないけど、靖国通りはまさにこっち、なんですね。事実その先、靖国神社の横を通り抜けるでしょ。乗客も神社最寄りの「九段上」バス停で降りる人が多かったように感じた。その後は、九段坂を駆け下りて、ゴールです。 

東京に住んでる人も、意外に行ったことがない場所だと思います。

九段下から清水門は、もう本当に、歩いてすぐ。「昭和館」や「九段会館」の建物を右手に見るようにして、「内堀通り」を進む。通りの右側を歩いてると、「千代田会館」の大きな建物があるので見え辛いんだけど、その建物を越えたところで右手を見れば、お濠を渡った先に「清水門」があります。


清水門は江戸城北の丸の北東部に位置していて、実は2つの門から構成されている。最初に見えるのが「高麗門」。潜ると右手、直角方向にも門があってこちらは「櫓門」といいます。


↑高麗門
↑櫓門

こんな風に真っ直ぐ進むのではなく、来た者をグニャグニャ曲がらせる造りになっているのは敵が攻めて来た時、その勢いを殺ぐため。門には番をする者が詰めていて、怪しい奴が入って来たらこの構造で戸惑わせ、上から矢を掛けたり石を落としたりするわけですね。お城の守りを固める策の一つで、清水門の構造は「桝形門」というんですって。


さて楼門を潜ってもまだ一筋縄ではいかず、更にそこで回れ右、しなければならない。180度、方向を変えて石段が伸びていて、これを上ると北の丸の方へ行けるわけです。とにかく人を真っ直ぐ進ませない。お城の守りは、万全ですな。


横に広い石段はところどころ草に覆われ、緩やかに上って行く。鬼平もお役目で登城の時は、この石段を上がってたんだろうなぁ、なんて想像を膨らませるのも、楽しい。……いえ、実際には清水門外に役宅はなかったので、あくまで小説上の話ですよ。

邪推作家が全力邪推で、突然の義憤。鬼平が乗り移った⁉

さてさて自分もせっかくなので、上がってみます。高台に出ると、お濠を見下ろせて眺めがいい。さっき、潜ったばかりの清水門も眼下に見える。


そこからお濠を渡った先、正面には今は大きなビルが立っている。千代田区役所も入る、九段第3合同庁舎です。お隣の第2庁舎には国土地理院が入ってるので、古い地図を探しに行った覚えがある。


それにしても、ですよ。しつこいようだけど小説上の話に過ぎないけど、鬼平の役宅跡に今は千代田区役所があるなんて。何だか、暗示的だとは思いません? 切絵図にあるようにここに幕府の御用屋敷があったことは確かなんだから、何かと行政に縁の深い土地柄であることは間違いない。


千代田区役所と言えばかつて「都議会のドン」と呼ばれた男が暗躍したり、前の区長が超高級マンションを不正入手した疑惑がささやかれたり、とキナ臭い話がまとわりついてたのを思い出す。


あのねぇ、あんたら。ここは鬼平ファンにとって神聖なる場所なんですよ。繰り返すが佐嶋与力や相模の彦十が出入りしていたことになってるんですよ。是非、肝に据えて善政に努めてもらいたいと切に願います。


悪どいことなんかやってたらそれこそ、鬼平の霊に成敗されますぞよ!?


現地に立って様々な思いに捉われたところで、次へ移動しましょう。

次回は私邸があったことになっている、目白台を目指します

『新版 江戸古地図散歩』池波正太郎/著(平凡社)

※上のカバー写真は邪推作家が愛読する「旧版」のものです

書き手:西村健

1965年福岡県生まれ。東京大学工学部卒業。労働省(現・厚生労働省)に入省後、フリーライターになる。1996年に『ビンゴ』で作家デビュー。その後、ノンフィクションやエンタテインメント小説を次々と発表し、2021年で作家生活25周年を迎える。2005年『劫火』、2010年『残火』で日本冒険小説協会大賞を受賞。2011年、地元の炭鉱の町大牟田を舞台にした『地の底のヤマ』で(第30回)日本冒険小説協会大賞、(翌年、同作で第33回)吉川英治文学新人賞、(2014年)『ヤマの疾風』で(第16回)大藪春彦賞を受賞する。著書に『光陰の刃』、『バスを待つ男』、『目撃』、「博多探偵ゆげ福」シリーズなど。

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