大坂夏の陣完全ガイド② アルパカブックレビュー

文字数 2,516文字

日本の歴史に残る有名な合戦を活写&深堀りして大好評の矢野隆さんの「戦百景」シリーズ

第8弾は、戦国時代の終焉を飾る大合戦を描いた『戦百景 大坂夏の陣です!

アルパカさんこと、ブックジャーナリストの内田剛さんが熱いレビューをよせてくださいました!

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「戦百景」シリーズ好評既刊

第1弾『戦百景 長篠の戦い』は「細谷正充賞」を受賞!

第2弾『戦百景 桶狭間の戦い』

第3弾『関ヶ原の戦い』

第4弾『川中島の戦い』

第5弾『本能寺の変』

第6弾『山崎の戦い』

第7弾『大坂冬の陣』

『戦百景 大坂夏の陣』アルパカブックレビュー/内田 剛

 誰もが知る「大坂夏の陣」。その舞台裏にはこんなにもドラマティックな人間ドラマがあったとは驚きだ。燃えさかる大坂城天守閣の障壁画とともに戦国最後の戦いとして教科書にも登場。豊臣家の滅亡と徳川将軍家の権威を決定づけた歴史的な戦いであることは広く人口に膾炙している。悲劇の結末が分かっているのだが、ラストの一瞬に至るまでまったく目が離せない。命を懸けた武将たちの息づかいが間近に伝わってきて、身震いが止まらなくなるのだ。


 人気を誇る「戦百景」シリーズの肝は構成の妙だ。敵と味方、交互に語り手が変わり、それぞれの視点で戦の真実が語られる。読んでいくうちに現場のリアルが徐々に立体的になっていくのだ。本書も家康から始まり秀頼で終わる。強烈な主役の働きはもちろんだが、脇役たちの章がまた魅力的だ。武将というよりは人間的な側面が存分に伝わってくるのがいい。戦国の世の最後の戦いに挑む男たちは、さまざまな想いを抱えて戦場に集った。いったい誰のために、そして何のために戦うのか。戦に対する意義を見出せたかどうかによって、その人物の明暗が分かれたように感じられる。


 第三章に登場する浅野長晟は、兄の病死というお家の都合で当主を継いだ武将だ。なぜこの戦地にいるのか。亡き兄を恨むようにつぶやく。殺し合うことに疑問をいだき、戦の虚しさだけを心に秘めていた。戦うか、逃げるか。死にたくない。常に命を永らえることを第一に考える。これこそが人間の偽らざる本能であるし、戦国大名として生き延びるために最も必要なことなのだろう。よき運命の流れを得て戦果を得るも、人々の記憶には残りにくい。華々しい戦場では陰にならざるを得ないのだ。


 一方で第四章の語り手である後藤又兵衛は対照的だ。黒田家を出奔して浪人となった又兵衛。一匹狼である彼はもとより死に場所を求めて大坂城に入ったのであろう。「立ち止まるなよっ!止まれば死ぬと心得、槍を振るうのじゃっ!」と、寡兵ながらも孤軍奮闘して大軍に立ち向かう場面は臨場感にあふれて、鳥肌の連続。「目は爛々と冴え、肌は恐ろしいくらいに研ぎ澄まされていた。」という描写もまた凄まじい。敵味方に褒めたたえられた死に際は、伝説の豪傑として後世にも語り継がれる。これぞ武士の鑑。又兵衛は滅びの道を突き進みながらも、鮮やかに一閃の光を遺したといえよう。


 大坂の陣は単なる籠城戦ではない。徳川家と豊臣家のプライドを賭けた争いであって、その影響力は日本全国に及んでいた。権謀術数を極めた心理戦もさることながら、大坂城の周辺でもそれぞれの陣地をめぐる壮絶な闘いも繰り広げられていた。さまざまな局面で名勝負があったのだ。その中でも最も世に知られているのは家康にとって最大の宿敵・真田信繁とのせめぎ合いであろう。冒頭には印象的なシーンがある。時は遡って朝鮮の役の際に、肥前名護屋城で対面した家康と信繁。家康を崖から突き落とすことも可能だった信繁がとった行動が実にスリリングだ。それから20数年が経ち、大坂の陣で相まみえた両者。あの家康がこれほどまでに追いつめられていたのかと、衝撃の展開に驚かされるだろう。


 大坂冬の陣での講和から半年後の夏の陣。つかの間の安堵から一気に攻め入る決断を下した家康にとって、己の「老い」と「死」も大きな敵であった。人間50年の時代に70歳を超えた我が身を眺めれば溜息しか漏れない。秀頼しかり信繁しかり見渡せば自分よりもひとつもふたつも世代が違うのだ。目の黒いうちに、この命と引き換えにしてでも豊臣家を潰さなければの想いが強まっていったのだろう。本書でいちばん象徴的な場面は、燃え上がる大坂城を眺める家康の姿である。宿願を果たした彼の胸に去来したものは何だったのか。ぜひ想像を膨らませながら楽しんでもらいたい。


慶長20年(1615年)3月、戦乱の気配が再び漂い始める。前年の暮に成った、いわゆる「大坂冬の陣」の和議が早くも崩れようとしていた。和議の条件で棄却された二の丸、三の丸の堀や柵が再建され始めていたのだ。それに対し徳川方は、牢人の解雇か豊臣家の移封を求めるが、豊臣家はそれを拒否。徳川と豊臣はついに手切れとなった。総勢15万を下らない徳川方に対し、豊臣方はその約半分。しかも「冬の陣」のときと違って、堀のない城では豊臣方は打って出るしかないのだ。──緒戦で命を懸けて戦う後藤又兵衛や藤堂高虎、浅野長晟。豊臣を滅亡させることを躊躇う徳川家康。牢人衆を制御できない大野治長。乾坤一擲を狙う真田信繁。呪縛を乗り越えようとする豊臣秀頼。諸将の思惑が入り乱れるなかで、いよいよ戦乱の世に終止符が打たれる!

矢野隆(やの・たかし)

1976年福岡県生まれ。2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞。その後、『無頼無頼!』『兇』『勝負!』など、ニューウェーブ時代小説と呼ばれる作品を手がける。また、『戦国BASARA3 伊達政宗の章』『NARUTO-ナルト‐シカマル新伝』といった、ゲームやコミックのノベライズ作品も執筆して注目される。また2021年から始まった「戦百景」シリーズ(本書を含む)は、第4回細谷正充賞を受賞するなど高い評価を得ている。他の著書に『清正を破った男』『生きる故』『我が名は秀秋』『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』『大ぼら吹きの城』『朝嵐』『至誠の残滓』『源匣記 獲生伝』『とんちき 耕書堂青春譜』『さみだれ』『戦神の裔』『琉球建国記』などがある。

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