注目!! これがZ世代が描く令和の青春小説だ!

文字数 4,060文字

群像新人文学賞を受賞した島口大樹さんの『鳥がぼくらは祈り、』。小説現代長編新人賞を最年少受賞した珠川こおりさんの『檸檬先生』。同じく小説現代長編新人賞デビューの鯨井あめさんによる第二作『アイアムマイヒーロー!』。三作に共通するのは、著者が全員Z世代であるということ――。Z世代の彼らが描く令和の青春小説には、どのような特徴があるのか。本読み現役大学院生のあわいゆきさんが鋭く分析! その魅力をお伝えいたします!
「青春」の被害者にならないために

自他の違いを自覚することで見えてくる、個々の「青春」の在り方

若者が若者らしく生きているすがたをみるとき、私たちはそれを「青春」と呼びます。

「青春」とはいわば、若々しさの象徴です。自意識に悩み友情を育み、ときとして社会にぶつかっていく……そんなすがたに若いころを思い出したり元気をもらったり、あるいは共感するひとも多いのではないでしょうか。

しかし、「青春」という言葉にはいささか暴力的な側面もあり、その言葉を使うことによって見えなくなってしまうものがあります。必死にもがきながら現実を生きているはずの彼ら/彼女らの体験や感情は十人十色なはずで、本来それらを「青春」という言葉で一括りにはできないはずなのです。

だからこそ私たちは、懸命に生きている彼ら彼女らが「青春」という言葉の被害者となってしまわないよう、ひとりひとり異なっている青春のすがたにも目を向けていく必要があるはずです。


だとすれば、同じでありながらも確実に異なっている「青春」をどう捉えていけばよいのか――?

今回は「青春小説」とされる三作を取り上げることで、ひとりひとりの生きざまに迫りながら、「青春」の在り方を見つめていこうと思います。

まず一作目、島口大樹さんの『鳥がぼくらは祈り、』には、ぼく、山吉、高島、池井、孤独を抱えた高校生男子が四人登場します。中学時代に出会った彼ら四人は自らが抱える孤独を打ち明け、似た境遇の人間たちが身を寄せ合うことによって現実を乗り越えようとしていました。

この作品が特徴的なのは、「ぼく」の一人称視点を一貫させながら、ときに過去の自分や友人たちの視点に乗り移ったように記述がなされていくところです。たとえば「山吉が振り向いて遣った視線の先にいたのはぼくだった」のように、他人の視点を「ぼく」が語っていると思しき描写がこの作品にはいくつもあります。当時撮影していたぼくらの日々を見返して語り直している構図も示唆されているため、読んでいる最中、まるで映像に登場する人物を俯瞰しているような感覚に陥ります。

そして俯瞰することによって、「ぼく」は他人を冷静に見つめて共感していくのです。「ぼくの中にも高島と池井と山吉の反応をする回路があって、」とぼく自身が語るように、異なる人間のなかに共通点を見出して共感を重ねていく姿勢は、最終的には「ぼくら」というひとつの大きな生き物として、物事を壮大に語ることすら可能としています。


ですが、四人はあくまでも似た境遇を抱えているだけで、決して同じ境遇ではありません。だからこそ四人は小さな差異によって衝突し、それぞれが抱えている別個の「孤独」とも向き合っていきます。

その際、山吉が父親に向けて送る手紙は本作の山場のひとつでしょう。母親と離婚し、いまでは現金を同封した手紙ばかりを一方的に送ってくる父親に対し、山吉は「あなたから手紙が届くたびに、私は自分が可哀想な人間だと確認させられる」という旨を突きつけます。彼は孤独を抱えて真っ当な青春を送れなかったことへの被害者意識を断ち切ることで、未来を向こうとするのです。

そしてこの行動は、抱えているものを自らの力で解決していく、馴れ合わない自立も意味します。「同じものを抱えて同じ景色を見ている」のではなく、「別のものを抱えて同じ景色を見ている」ことを自覚しないと、過剰な共感による傷の舐め合いに陥って、被害者意識の沼からは抜け出せません。


同じ景色を見ている「ぼくら」が、その受け取り方の違いを認識してなお共に過ごそうとする姿は、「同じだけど異なる」青春の在り方そのものでしょう。

次に紹介するのは鯨井あめさんの『アイアムマイヒーロー!』。主人公である和也は、きらきらした「青春」を送れなかったと思っている人間です。浪人して進学した大学に惰性で通いつつ、人生のピークは小学生時代だったと回顧する日々。過去に対する後悔に苛まれながら、小学校の同窓会ではかつての友人に苛立って、途中で会を抜け出してしまいます。


しかしその直後、駅のホームから線路に倒れてしまった女性を助けようとして立ちすくんでしまった瞬間、小学生時代にタイムリープするのです。


青春を送れなかった人間が過去に戻って「やり直そうとする」物語。こうまとめるとタイムリープして青春を追体験することになる――ように思ってしまいそうですが、そうは問屋が卸さないのがこの小説の一筋縄ではいかないところ。

和也がタイムリープした先の肉体は、小学生時代の和也(以下タカナリ)ではありませんでした。元の世界にはいなかった、タカナリの友人ポジションにいる謎の男の子だったのです。


厳密に言えばタイムリープでもタイムスリップでもないこの時間遡行によって、和也は青春を追体験するのではなく、「なりたい自分になれなかった自分」を散々目の当たりにする羽目になりました。俺はヒーローだと事あるごとに主張するタカナリに対し、最も傲慢さを抱いて軽蔑するのは、ヒーローになれなかった和也自身に違いありません。

タカナリの言動が見るに堪えないレベルだから「なりたい自分」になれなかったのだと、次第に和也は苛立ちを募らせていきます。タカナリのせいで青春を送れなかった被害者なのだと、和也は自らを定義してしまうのです。


ただ、どれだけ傲慢で醜く見えるとしても、和也が否定したタカナリは「過去の自分」であるのも事実。だから過去の自分の在り方を否定するのは、過去の経験と地続きになっているいまの自分を否定してしまうのと同じです。和也はタイムリープの秘密を追っていきながら、過去から目を背けてきた自分自身に気づいていきます。


「なりたい自分」を追い求めるあまり「なれなかった自分」を否定するのではなく、「なれなかった自分」を受け入れて過去の「なりたかった自分」を肯定する。

それは青春の呪縛を解き放って、誰にでもあったはずの青春を取り戻す営みでもあるのです。

最後に紹介するのは珠川こおりさんの『檸檬先生』です。本作に登場する〈私〉と檸檬先生が見ている世界は、多くの人々が認識している世界とは異なるものでした。音から色を読み取り、色から音を読み取る共感覚を持ち合わせているのです。そんな二人にとって、目の前の世界は名前も知らない色にあふれています。


しかし、それゆえに学校生活には馴染めず、二人はクラスメイトからも「おかしなやつ」と認定されていじめを受けていました。複雑な色の数々が二人の見えている世界を彩っているにもかかわらず、二人自身は周囲から認められずに透明なまま、青春の「青」も喪われてしまっているのです。

だから二人は共感覚者が見えている音楽を創作によって表現して、現実世界に「色」を残そうとします。またそれによって、孤独だった自分自身にも「色」を与えようとしました。

小学三年生の〈私〉と中学二年生の檸檬先生、齢が離れていながらも同じ苦しみを抱えた二人が協力し、「普通じゃない」と認定されてしまう壁を越えていく過程は、まさに鮮やかな「青」を獲得していく青春そのもの――のはずでした。


共感覚を抱えた二人が困難を乗り越える物語、で終わらないのが本作の魅力です。


檸檬先生の声から「檸檬色」を感じとる〈私〉に檸檬先生はいいます。「全部が共感覚で片付くと思うな」と。それは共感覚に生きづらさの責任を求めてしまう危うさを主張するのと同時に、共感覚を通して物事を捉えようとばかりする〈私〉への警告でもあるのです。なぜなら、現実のすべてが「共感覚」によって構成されているわけではないから。それと同様、二人は同じ「共感覚」によって心を通わせているだけで、実際のところ同一人物ではありません。同じものを見て心を通わせてばかりいると、わずかにでも混ざっているはずの「違う色」を見落としてしまいます。

少しずつ周囲から受け入れられて青春に染まっていく〈私〉は、檸檬先生と「同じだけど違う」事実に気づけないまま、ゆるやかに季節を巡らせていきました。その過程で檸檬先生とも疎遠になってしまいます。そして甘酸っぱい青春を漂わせながら醸し出していた不穏な爆弾は、最終的に爆発の瞬間を迎えてしまうのです。染まり切った青春の「青」と対に置かれるその色は、無色透明でも檸檬色でもありません。


檸檬先生が作品として残した「色」を目の当たりにした〈私〉は、それを塗りつぶすように〈私〉自身が好きになった一個人としての檸檬先生を、複雑な「色」で表現しようと試みます。

決して「青」にとどまろうとしないその生きざまは、青春を手に入れながら、定型的な青春の一色に染まらないでいようとする物語、ともいえるでしょう。



ここまで紹介してきた三作品にはとある共通点があります。それは似通った立場にいる人物との交流を経て、その内側にある違いを知っていくところ。つまり彼ら彼女らは一見して同じように見える青春を通じて、個々にだけあるオリジナルの青春を自覚していくのです。

それぞれの青春は、「青春」という一言だけで括れるものでは決してありません。


異なる青春を生きている三つの小説を、ぜひ読んでみてください。

あわいゆき

都内在住の大学生。普段は幅広く小説を読みながらネットで書評やレビューを手掛ける。趣味は文学賞を追うこと。なんでも読んでなんでも書くがモットー。

Twitter : @snow_now_s

note : https://note.com/snow_and_millet/

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