八月★日

文字数 4,919文字

1日1冊、3年で1,000冊の本を読み、月産25万字を執筆し続ける小説家・斜線堂有紀。


謎めいた日常はどのようなものなのか――

その一端が今ここに明かされる。


毎月第一・第三月曜日、夕方17時に更新!

夕暮れどきを彩る漆黒の光・”オールナイト”読書日記が、本日も始まる。

前回の日記はこちら

八月★日

 八月になった実感もまるで無いまま、いつも通り日々を過ごしている。一日一冊のペースで献本が届き、不自然なくらい同じ日に〆切が重なっているのを見て、なんとなーくお盆休みを実感しているくらいだ。この時期は二日放っておくだけでポストがパンパンになってしまうのである。


 芦沢央先生の新作『夜の道標』をプルーフで読む


 実の親に当たり屋をやらされている少年の日々、誰からも人格者と慕われていた先生の殺人事件、地下室に男を匿う女──三様の物語が錯綜し、痛みのある結末へと導かれていく。


 他人を指標にすること、自分の人生を誰かに託すこと。ある意味で、そういった事柄は物語において肯定されやすい結論だと思う。誰かに頼り、関わりましょう。繋がりを大切にしましょう。それは確かにとても重要で大切なことなのだけれど、同時に深い落とし穴の入口にもなりうるのだ。そういう選択の両面性をきっちり描いているところが素晴らしかった


 あとは、お世話になっている編集さんに尾北圭人『マイ・ファースト・レディを頂いたのでそれを読む。こちらはオマージュ元の「マイ・フェア・レディ」を思わせるような軽やかなラブコメだった。女性恐怖症を患う総理と、結婚詐欺師の女の子の偽装結婚物語なのだが、久々にこんなに明るい恋愛ものを読んだので、明るい気持ちになれた。(途中に出てくる大統領夫人が色々な意味で「お前……本当に……?」と思いもしたのだが)


 こういう、読んでいる時に頭の中で映像が再生されるような華やかな物語を書きたいな、と思う。それは多分文体と展開に拠るのだろう。


 この日に注文していたベイビーわるきゅーれ』のDVDが届いたので、『最強殺し屋伝説国岡』と合わせて見返した。阪元裕吾監督は毎年面白い映画を撮っていて凄いなあ、と思う。



八月☆日

 詐欺師は天使の顔をして』がナツヨム2022に選ばれたということで、対象書店でナツヨム特製帯を巻いてもらえることになった。今回のナツヨムのテーマは「偏愛」だそうで、なるほどさぎてんが選ばれるのもさもありなん……という感じである。要が見たらしみじみと考え込みそうだ


 さぎてんの続きを書きたいな……という話を、読書日記の別の日にもしたような気がして、少し焦る次第である。ともあれ、さぎてんはとても大好きな小説なので、これをきっかけに新たに手に取ってくれる人が増えたら嬉しい。


 このナツヨム2022にノミネートされている作品の中に興味を惹かれるものがあったので、自らフェアきっかけに手に取ってみる。村瀬秀信『気がづけばチェーン店ばかりでメシを食べているである。


 これはタイトル通り、チェーン店をテーマにしたグルメエッセイである。取り上げられている店は山田うどんやサイゼリヤなど、馴染み深い店ばかり。チェーン店の意外な歴史や成り立ちを追いながら「うんうん、美味しいよねえ……」と頷けるようなものになっている。


 特に好きな章はロイヤルホストの章だ。ロイヤルホストの何とも言えないお高めのお味とわくわく感を思いだしつつ、自分とロイヤルホストの思い出も追想出来るのがとてもいい。チェーン店にはみんなそれぞれの思い出があって、読んでいると重ね合わせることが出来るから面白い。


 私はロイヤルホストのパンケーキが一枚一枚手焼きであると信じているのだが、友人が「いや、冷凍では?」と言ってきたことで喧嘩になったことがある


 あんなにパンケーキにこだわっているロイホのパンケーキが冷凍なわけないよ! こんなに美味しいんだぞ! と私はうやんうやんと喚き散らした。如何せん、厨房の様子は見えない。というか、そこそこ大人になったくせにパンケーキで喧嘩をすること自体が……なのだが……。ロイホに詳しい人、パンケーキは手焼きなのかどうか教えてくれませんか?



八月◎日

 芥川賞が欲しいなと思っている。最近の芥川賞受賞作が面白いからである。これだけ面白い小説が選ばれる賞なのだから、獲らずに死にたくないなと思った次第である。でも、芥川賞と直木賞は同時に獲れないらしい。えっ、どちらにも当てはまる面白い小説が出てきたらどうなるんだろう?


 さておき今回の芥川賞候補作で一番好きだったのは、山下紘加『あくてえ』だ。一言で言ってしまえば、トラブルを起こしまくり憎まれ口しか叩かず、されどこちらには愛情を向けてくれない祖母と、祖母の介護に疲弊する母、どこまでもクズな父の間で怒りを煮詰め、悪態(あくてえ)をマシンガンのように放つ「あたし」の物語である


 文藝の怒り特集に寄せられたこの小説は、鮮烈で息苦しく、どうにもならなさが心に強い印象を残すものだった。紙面を埋める怒りは激しいのに、そんなもので世界は驚くほど変わらない。これは多分、小説だからこそより刺さる物語になっているんだと思う


 芥川賞。かつては太宰治が佐藤春夫に手紙を書いたり、川端康成を刺す!! と言ってどうにか目指した芥川賞。私はどこに手紙を書けばいいのか分からないので、小説を書くのである。



八月Δ日

 よく眠れない時に決まって見る夢がある。死後の世界の夢だ


 私の夢調べに拠ると、死後の世界は遊園地になっていて、乗ったら死ぬようなアトラクションなどが溢れている。乗ったら死ぬようなアトラクションに乗っても大丈夫なのだ。死んでいるからね。どんな人間も死んだらこの遊園地に行く。


 基本的に夜しか開いていないその遊園地の全容はこの十数年変わっていないのだが、ここ最近ちょっと改装されている。「マンネリはダメだと思うんだよ」という係員に勧められて改装されたジェットコースターに乗った。途中で海に突っ込んだので、マンネリを打破しようとクソ改装をするタイプだったか……と舌打ちをした。ここからどんどん改悪されていったらどうしよう。


 それはそれとしてホリー・ジャクソン『優等生は探偵に向かない』を読む。これは去年ミステリー界で話題になった『自由研究には向かない殺人』の続編で、SNSやデバイスを使った地道な調査によって真相を解明するグッドガール・ピップの探偵物語である。前回は苦みもありつつも泥臭く真相に近づいていくピップの青春ミステリ感が強かったのだが……。今回のピップは大いに挫折を味わっている


 前回の事件を解決したピップは、お手柄グッドガールとして町で評判になる。彼女の犯罪実録ポッドキャストも大賑わいだ。だが、ピップの探偵活動がそれでとんとん拍子に上手くいく……というわけではない。ピップは根拠の無い誹謗中傷や、理不尽な現実に叩きのめされることになる。それはもう、完膚無きまでにだ。読者はピップは失踪してしまった青年を必死で探そうとしているだけなのに、卑劣な強姦魔を告発したいだけなのに、と歯噛みする。探偵の役割は事件を解決しただけでは終わらない、そもそも解明と解決はまるで違う、というシビアな現実を突きつけられることとなる


 だが、今回のピップが一味違うのは、そういった理不尽や悪意に対し、真っ向から戦う意思を見せるところだ。ピップは怒りに震えながら反撃し、報いを受けさせようとする。


 正直そこまでは辛い展開が続くので、読み手からすればこの反撃にスカッとしたものを覚えるはずだったのだが……。そうは思えなかった。ピップの怒りがあまりに重く深く、攻撃性のあるものだからだ。タイトルや文中で何度もリフレインされる「優等生」(グッドガール)の単語は、このピップを描くための布石だったのだな、としみじみ思ってしまった。


 今回のピップはとある人物のお陰で踏み止まることが出来たのだが……ピップの心の奥底には今だ銃があり、犯人はピップと自分が似ていると言い放つ。切なさがありつつもピップのひたむきさが物語を引っ張っていった前作と比べて、今回は胸がざわついた。三部作の最後が出版されるのが待たれる。



八月◇日

 引っ越しに際して止めていた文芸誌の定期購読手続きを一通りこなし、無事に新居に雑誌が届くようになった。買い忘れが無くなったのはありがたい。嬉しいので、雑誌掲載短篇の中で面白かったものを紹介したい


『君のクイズ』(小説TRIPPER 2022年夏号)/小川哲

 これほど魅力的な謎が作れるのか! というクイズミステリ小説。賞金1000万の掛かったクイズトーナメントでの決勝戦。天才クイズプレイヤーの本庄絆は前代未聞の0秒解答、なんと問題が読まれる前に答えを言い、優勝した。あり得ない速さに誰もが不正を疑ったが、果たして彼はどのようにして0秒解答を成し遂げたのか? という謎の物語。


 クイズに関する物語は熱い。映画『スラムドッグ$ミリオネア』(および原作小説『ぼくと1ルピーの神様』)が大好きなので、その点も面白かった。クイズとは人生なのだ


 この不可解な謎に、この物語は極めて納得のいく解答を用意してくれている。その点で、これは優れた本格ミステリなのだと思う。この謎が解決されてからの展開も、個人的に手に汗握るものだった。


 そして何より、0秒解答を成し遂げた天才・本庄絆のキャラクターが素晴らしかった。彼は人の心を掌握する術に長けており、クイズ番組で受けるキャラクターを作りながら勝負に臨むことが出来るという設定なのだが、テレビにおいて魅力的なキャラクターというのは、小説の中でも魅力的なキャラクターなのだ。



そうだ、デスゲームを作ろう』(ジャーロNO.83)/浅倉秋成

 ほのぼのキャッチーなタイトルに反して、ブラックユーモアの利いた作品。取引先に虐げられる主人公・花籠が、相手を最大限に苦しめて殺す為にデスゲームをDIYするという物語。このDIYの過程にとてもリアリティがあり、一つ一つデスゲームを作っていくことの悲喜こもごもが詳細に綴られているのが面白かった。デスゲームに出てくる謎のトラップ装置を作るのは結構大変で、花籠は手持ちの資金と相談しつつ、650万という予算内で作れるかつ、相手に自覚と反省を促す為の装置を作り上げていく。これを読んでいると、自分ならどうやってデスゲームを作っていくだろう……と想像してしまう。というか、この題材自体が面白過ぎるのだ


 このブラックなユーモアの傍らで、花籠という男の人生の空虚さも共に描かれていくのが、ひやりとさせられるところだ。デスゲームというのは基本的に周到な準備を必要とするものである。そして、花籠の人生とはずっと表舞台を待つ長い長い準備の日々だったのだ。長い辛抱が憎しみと攻撃性に昇華されていく様とデスゲームというテーマが面白いくらい噛み合っていて味がある。



 予約すると買い忘れが少なくて済むのが嬉しいなと思いつつ、最近は活用しすぎて同じ本を何冊も買ってしまっている。書店で「おっ」と思い買って帰った家に、既に『キツネ潰し 誰も覚えていない、奇妙で残酷で間抜けなスポーツ』があった時の気持ちよ……


「あなたへの挑戦状」(阿津川辰海・斜線堂有紀)が、会員限定小説誌「メフィスト」初の単独特別号として発行! 発売カウントダウン企画として、8月20日(土)に配信イベントも開催いたします!


次回の更新は、9月5日(月)17時を予定しています。

Written by 斜線堂有紀 

小説家。2016年、第23回電撃小説大賞にて“メディアワークス文庫賞”を受賞。受賞作『キネマ探偵カレイドミステリー』でデビュー。著作に『詐欺師は天使の顔をして』(講談社)、『恋に至る病』(メディアワークス文庫)、『ゴールデンタイムの消費期限』(祥伝社)などがある。2021年、『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)が本格ミステリ大賞にノミネートされ、注目を集める気鋭の書き手。

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