「群像」2020年12月号

文字数 1,496文字

編集後記は、文芸誌の裏方である編集者の顔が見えるページ。

このコーナーでは、そんな編集後記を選り抜きでお届けします。

「群像」2020年12月号より

日曜の夜、NHKBSで放映された「ただ自由がほしい~香港デモ・若者たちの500日~」を見た。テレビの前から離れられない、しびれるドキュメンタリーだった。コロナ禍で取材が制限されるなか、香港の「現実」(本当に悪夢のような現実が映され続けた)をなんとか伝えようとする作り手の緊張感と矜持がそこにはあり、香港の人たちとつながりたい、とこちらに思わせるきっかけにあふれていた。


その感覚と、今月の巻頭創作、乗代雄介さん「旅する練習」を読んで得た感覚とが、不思議とつながった。「私の心を動かした」「なんだかじっと聞いていなければいけないと思わせる」「私しか見なかったことを先々へ残す」といった直接関係のない作品内の言葉が、なぜか共鳴する。それはたぶん、登場人物の亜美がみどりさんに問う、私にとっての「不思議になるもの」がそこにあるからじゃないかーーすべてがつながっていく感覚。ぜひ読んでいただき、自分の「不思議になるもの」を見つけたり、確認したりしてみてください。


新連載小説「戒厳」は、当時行くことすら稀だった韓国に赴任した四方田犬彦さんの実体験が基になっています。「隣人」たちの「少し前」を知ると同時に、私たちの少し前を知る/思い出すことが、「いま」を複眼で見る契機にもなるはず。三島由紀夫の自裁から五十年。古川日出男さんによる『金閣寺』再解釈。小川公代さんの短期集中連作がスタート。8月号掲載批評で大きな話題となった「ケアの倫理」を中心に、あらかじめ特権を奪われた「弱者」の物語を探していきます。佐々木敦さん(黒沢清論)と松尾匡さん(ブレイディみかこ論)にそれぞれ読み切り批評を、辛島デイヴィッドさんの不定期連作「文芸ピープル」では、現代日本文学を送り出す英語圏の編集者の現状を書いていただきました。工藤庸子さん連作は大作『水死』に相応しい165枚、大澤信亮さん「非人間」は佳境に。第64回群像新人評論賞は、内山葉杜さん「事後と渦中」が優秀作。即戦力と評された受賞作とともに次作にもご期待ください。重田園江さん(フーコー)、鴻巣友季子さん(アトウッド)、中井亜佐子さん(ウルフ)、疋田万理さん(メディア)にそれぞれ「論点」を。小川さん批評、イザベラ・ディオニシオさんのエッセイとともに、ウルフがここにも。「article」は「現代ビジネス」編集者の丸尾宗一郎さんによる、「エトセトラブックス」松尾亜紀子さんへの取材。富岡幸一郎さんと佐藤優さんの連続対談「近代日本150年を読み解く」もいよいよ最終回、「現代篇」です。川名潤さん「デザイン考」は、「Number」ADの中川真吾さんを迎えた6P特別版。


強力連載陣に加えてエッセイも書評も充実、今号はリニューアル以降「最厚」となりました。ひと月では読み切れないというお声をいただきます。出たときに、という気持ちももちろんありますが、「立ち止まって考える」タイミングは人それぞれ。どうぞ手元においていただいて、時間をかけてお読みいただければその時々で読み味も変わるはず。次号はリニューアル1周年の新年号、今号に負けず劣らず「分厚く」お届けいたします。まずは今月もよろしくお願いします。


(「群像」編集長・戸井武史)

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