現役大学生が読んだ!『旅する練習』/乗代雄介・著

文字数 1,497文字

現役の大学生が本を読んで、率直な感想を語ります!

今回は、乗代雄介さん『旅する練習』す。

就活を控えた大学生が感じたのは──。

『旅する練習』は、こんなお話!


中学入学控えたサッカー少女の亜美と、小説家の叔父が、ひょんなことから徒歩で鹿島アントラーズの本拠地を目指す旅に出ます。

その1週間の道中、就職を前にした大学4年生のみどりと出会い、一緒に旅をすることに。

亜美がドリブルの練習をする間、叔父は風景を文章で綴ります。

歩く、書く、蹴る──。

コロナ禍で学校が、図書館が、公共施設が休みになった中、旅は続きます。

そして──。

三島由紀夫賞、坪田譲治文学賞をダブル受賞の心に響く傑作ロード・ノベル!

『旅する練習』感想 / A.U



中学入学前のサッカー少女・亜美と小説家の叔父が、歩いて鹿島アントラーズの本拠地を目指すロードノベル。


まず、「歩く」というのがいい。電車や車だと一瞬で過ぎる景色を、歩きだとじっくり見られる。その時々の会話や出来事が、風景と結びついてより濃い思い出になる気がする。


本書は、詳細な風景描写とテンポのいい会話が特徴だ。そのおかげで、私も実際に2人と一緒に歩いているような気分になる。読み進めると、亜美のからっとした無邪気さやいたずらっぽさが愛おしく、どんどん好きになっていった。


それは叔父も同じようで、亜美の軽口をあしらいつつも、彼女に向ける眼差しは温かだ。彼らのやりとりからは、お互いに信頼していることがよくわかる。


叔父は旅路で亜美にたくさんの知識を教えるが、叔父もまた亜美の生き方から学びを得ているのだ。


中でも亜美の魅力が現れているのは、亜美がアニメ「おジャ魔女どれみ」の主題歌について語るシーンだ。「もしかしてほんとうにできちゃうかもしれないよ」という歌詞を「魔法が使えるようになる」ことではなく「サッカーが上手くなる」ことに置き換えて解釈する亜美は、「できちゃうかもしれないよ」を「真に受ける」素直さと希望を持ち、自身の夢に向かって前向きに生きている。


それだけでなく、ストイックにボールと向き合いシューズを磨き、夢の実現に向けた努力を惜しまない。サッカーが好きで好きでたまらないのだ。


大好きなものがある人は、強い。眩しいくらいに輝いて見える。


一方そんな亜美を見て、道中で出会った大学4年生のみどりさんは「私はあんなふうに、自分が何かする歌だなんて考えたことなかった。」と言う。


この2人の対比は面白い。好きなことややりたいことではなく、敷かれたレールに従って生きてきたみどりさんは、主体的な亜美のまっすぐさに劣等感すら感じてしまう。


輝いている人の隣に並んだ瞬間、自分が何も持たないことに気づいてしまうのだ。


けれど私は、みどりさんのこれまでの生き方も肯定したい。親の期待に応えるために、自分のやりたくないことまで全部を頑張り続けるのも難しいことだ。


そして、これほど正反対で年齢も離れた2人が出会えたこの旅の存在の大きさが身に染みる。


この旅で派手な事件やイベントは起こらない。しかし、この旅を通して、ゆっくりだけど確実に亜美もみどりさんも叔父も成長している。


亜美のように大好きなものに一直線な人も、みどりさんのように自分の人生に悩む人も、ぜひ読んでみてほしい。


きっと、忘れられない旅になる。





第34回三島由紀夫賞、第37回坪田譲治文学賞、ダブル受賞!

第164回芥川賞候補作

中学入学を前にしたサッカー少女と、小説家の叔父。
コロナ禍で予定がなくなった春休み、ふたりは利根川沿いに、徒歩で千葉の我孫子から鹿島アントラーズの本拠地を目指す旅に出る。
歩く、書く、蹴る――ロード・ノベルの傑作!

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