あの人の”正体”

文字数 1,119文字

 私は初めましての方とゴルフをする機会がよくある(見知らぬ四人が集まってラウンドするシステム)のだが、ラウンド中ずっとこの人たちはどんな性格で、ふだんはどんな生活を送っているのだろうなどと要らぬ想像を巡らせている。さすがに一ホール目ではわからずとも、十八ホールを終えた頃にはそれらの輪郭が浮き彫りになっているのだからおもしろい。
 そして私は勝手に決めつける。この人はきっとこういう人間であると。
 ちなみに私はこのようなゴルフの最中に職業を訊かれた際、フリーのエンジニアなどと身分を偽り、さらには妻子持ちだとも嘘をついている。理由は、小説家だということで好奇の目で見られたくないし、要らぬ気も遣われたくないからだ。「え、小説家? それはすごい。今度買いますからペンネームを教えてください」こんな具合になるケースがままあるからで、これを避けたいのである。妻子持ち設定にしているのは、大半の参加者がそうで相手に話を合わせるためだ。「妻や娘からは『またゴルフ?』なんて嫌味たらしく言われててね、肩身が狭くてかないませんよ」ここで「あはは。わかりますわかります」と相槌を打つとグッと距離が縮まって楽しくゴルフができるのである。
 さて、話を戻すと、相手もきっと私に対してコイツはきっとこういう奴だと決めつけていることだろう。でも、それはおおよそ間違っている。なぜなら私は大嘘をついているし、都度、相手に合わせたキャラクターを演じているからだ。
 それと同時に相手も私と同様、嘘をついている可能性があることにも触れておかねばならない。
 酒屋を自営していて妻にバレないよう売上からこっそりお金を抜いてゴルフに来ている、バレたら離婚問題、とみんなを笑わせていた気さくな男性が、本当はお堅い企業の重役かもしれないし、自由気ままに暮らしている単身者かもしれない。もしくはとある一家を殺害した罪でついこの間まで拘置所に収監されていた極悪非道の死刑囚かもしれない。
 『正体』はそんな物語である。
 平成最後の未成年死刑囚であり、脱獄犯である主人公・鏑木慶一。
 あなたは彼の"正体"を見極められるだろうか。



染井為人(そめい・ためひと)
1983年千葉県生まれ。芸能プロダクションにて、マネージャーや舞台などのプロデューサーを務める。2017年『悪い夏』で横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞しデビュー。今作は単行本刊行時に読書メーター注目本ランキング1位を獲得し、映像化も決まっている。他の著書に『正義の申し子』『震える天秤』『海神』がある。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み