古井由吉ロングインタビュー 生と死の境、「この道」を歩く④

古井由吉ロングインタビュー 

生と死の境、「この道」を歩く④

聞き手:蜂飼 耳

撮影:水野昭子

※本インタビューは2019年4月刊「群像」に掲載されたものを再録したものです。

■散文を追い詰める

蜂飼 古井さんの小説を読んでいると、文章の音、響きのよさが感じられます。ご自分の中で音を響かせて、それを書き取るように進められていると想像していたのですが、じっさいにはどのように書かれているのですか。

古井 僕は小説を書くとき、直に原稿用紙に書きつけることはめったにないんです。まず、その辺の紙に書いて、それから原稿用紙に清書していくんですよ。今ではさらにもう一段階、行程を踏む。最初にあり合わせの紙に書きつけ、それを原稿用紙に清書する。だけど読み返すとどうも文章として流れていない。そこでもう一度清書するんです。しかも、ゲラが出ると手を入れ、雑誌に掲載されたものを本にするときにはまた手を入れる。自分の文章にもかかわらず、だんだん自分から離れていくのを感じるのね。読者側に近づいていく。書き直すほどに、手を入れるほどに、大げさに言えば、社会化されていくというのかな。

蜂飼 では最初の段階は、もっと生な声というか、詩に近いものなんでしょうか。

古井 初めのものは屈曲し過ぎているんですよ。それから、同じことを繰り返し書いている。

蜂飼 そううかがうと、最初の原稿を拝見してみたいです。

古井 読むに堪えないですよ。

蜂飼 同じフレーズが繰り返されるということは、平たく言えばご自分の中にある根源的な言葉の連なりでもあるのでしょうね。

古井 文章は意味や構成も大事だけど、音律も大事でしょう。

蜂飼 はい、そう思います。

古井 でも音律は、必ずしも自分ひとりのものではない。

蜂飼 長年かけて積み上げられてきたものですからね。

古井 だから音律にも耳をやって、少しでも自分離れするために書き直しているようなところがあるんです。ものごとをそのまま直に、ディレクトに表現するとなると、これは大変なことでね。これができるかどうかは、散文が節々で詩になることができるかどうかにかかっているんじゃないかな。

蜂飼 それはほとんど古井さんのお仕事全体をあらわされている一言かなと、うかがっていて思いました。

古井 僕の場合、もしそうだとしても、それはほんのわずか、端々でですよ。古いものを読んでいると、すぐれているものは散文でもところどころで詩になっている。僕は(夏目)漱石とか(徳田)秋聲を高く買うんですが、やはり節々で詩になっているんです。秋聲みたいに根っからの散文家でも、それこそ具体を書きまくって、その節々に詩が現れる。散文と具体との関係には、そういうところがあるんですよ。

蜂飼 それは具体を書いていて、その先に詩が生じる瞬間があるということですか。

古井 そうです。ただ、散文がみずからを追い詰めるところまでいかないと、わずかな詩も出てこないんじゃないですか。僕も散文を散文としてもっと追い詰めて、その破綻の末に出てくるものを頼みとするのがいいと頭では思うけれども、それができるだけの体力、気力が残っているかどうか。

蜂飼 「野の末」に、「日が低く沈みかかり、黒い影となって浮き立った西の家並みに赤い日輪の下端が触れるまでが、長い時間に感じられる。日輪の上端だけがわずかに残ってからが、またじりじりと長い。生涯のように長い」という一節がありますが、私はとても美しい描写だなと感じたんです。「生涯のように長い」には、ハッと心を動かされました。

 それから「この道」には、「雪空と積雪の間には、それでも上から降りる光と下から返す光とがひとつになり、ひとしく白く漂って、人から影をなくす。顔も陰影をぬぐわれて個有の面相がなくなるように感じられる」という印象深い文章があります。その直後には、「雷が鳴れば、雪がひときわ繁くなる。雪を呼ぶこの雷のことを、当地では鰤起こしとも、蟹起こしとも呼ぶ。この大雪では海が荒れて舟も出せないが、いまごろは荒い波の底で蟹が大きく、病いのように、育っていることだろう」とあります。こういう一節を読みますと、私は詩に打たれる瞬間と同じような衝撃を受けます。

古井 書いていることは全部、極めて散文的な、僕の実際の体験なんですよ。しかし、ああいう豪雪は大災害のひとつですから、単なる描写を超えざるを得ない事柄になるんでしょう。圧倒的な天の力ですね。

蜂飼 雪に閉じ込められたり、日常が不如意になる。その中で初めて見えてくるものがあるということですか。

古井 あるんですよ。屋根の上で2週間近く毎日毎日、朝から夕暮れまで雪おろしをやったわけだから、ちょっとした異常心理だったと思う。

蜂飼 先ほどの文章のあとにはこんな一行があります。「こうして雪おろしにはげむ身体の底にも何かが兆して、育ちつつあるか、知れたものでない」。ここまで読んできて、読者はこの場面があらわしているものを感じ取ると思うんです。まさに個を超えた、人間を超えた自然の力が圧倒してくる瞬間が、言葉でとらえられていると感じます。

古井 冬場に北陸の海が荒れると、蟹が育つんですよ。そういうときは船を出せないので、蟹が揚がらない。でも、たまたま揚がったりすると、その身の豊かさがね、ほんとに病いのように肥大している。

蜂飼 「蟹がどんどん大きく育っているだろう」ではなく、「病いのように、育っていることだろう」という表現になる。これはほかにはかえられない言葉ですね。

古井 内臓の厚さがね、育った上に、もう一つよけいに育つんです。

蜂飼 どういうことですか?

古井 見ないとわからないでしょうね。蟹の一番うまいところなんだけど。

蜂飼 食べたらおいしいかもしれませんが(笑)、おいしいとか、大きく育ってよいという幸いな方向ではなく、「病い」という言葉でとらえられているからとても残るんです。

古井 野生の動物はたいてい瘦せている。蟹でも鰤でも、冬場の荒波にもまれると、身が締まっていておいしいんだけど、さらに荒れるともっと濃厚になるんですよ。

蜂飼 今おっしゃったようなところに古井さんの感覚の、とてもこまやかで鋭いところがあると思います。

 また、「花の咲く頃には」の終わりのほうには、桜の老木が盛大に花を咲かせる場面があります。ソメイヨシノは平均寿命が60年と言われていて、人にすれば80にかかる老年と呼ばれる木があって、そういう老樹であればこそ、過剰なまでに花を咲かせるのではないか、それは「末期にかかる老樹として、真剣な行為なのかもしれない」という一行があります。咲かせたいから咲かせる。咲かせるということに追い詰められて咲かせているんでしょうか。

古井 最後に生命力が膨らむんじゃないかしら。いたずらに生存を長らえようとする生命力ではない。むしろ短くするような生命力でしょう。

蜂飼 この桜の場面で、紀友則の歌に触れています。「静心なく花の散るらむ」について書かれたところですが、私、ここもとても驚きました。「花の散るにも間欠はあるようで、同じように風が吹いて枝も揺れているのに、落花のひとひらも見えぬ間がはさまる。眺める者はその静まりに苦しんで、風を待つ心になる」。花は落ちていたのに、はたとその落花がとまる瞬間があって、「眺める者はその静まりに苦しんで」と、さきほどの、蟹が「病いのように」育っている、と同様、「その静まりに苦しんで」という負のイメージを持つ言葉の選択に打たれました。沈黙や静まりの時間、空間の濃さの、圧みたいなものを受けている、それを「苦しんで」という言葉で表現されています。

古井 友則の「静心なく花の散るらむ」って、読む人によってとりようがさまざまなんですね。風一つ吹かないのに、花が一斉に散ることがあるでしょう。それが嵐のように感じられる。また、風がとまった瞬間に花びらが落ち始める、そういうふしぎさ、すごさを見ることもある。だからこれは、必ずしも心静かな歌ではない。

蜂飼 こうも書かれています。花が落ちなくなった瞬間の、「停まったような時間の、やりどころもない心を詠んだものなのかもしれないと思った」。

古井 ときにはそうも見えます。

蜂飼 落ちていてもおかしくないのに、落花が停まっている、あれっと思っている瞬間の、ある種の息苦しさのような、そういう沈黙の時間ですね。

古井 人は時間の流れとともに生きている。だからこそ呼吸もできる。だけど、時間が停まったように感じられる瞬間がある。それは苦しいし、恐ろしい。

蜂飼 それ、小説にとってはどういう時間でしょう。詩はそういう瞬間と絡み合うものだと思うんですが。

古井 そうね、散文の場合だと、表現がそれなりに満ちて、自足したときじゃないかな。自足して、なおかつ、もどかしいものが残る。それが「静心なく」ということなのかもしれない。それぞれの書き手により、心境により、年により、体力により、ある飽和点に達することがあるんですよ。

蜂飼 「その日のうちに」の終わりのほうに、雨の日に傘を差していて出会った老人が、「これだけ降れば、明日は天気ですよ」と言った主人公に対して、「済んだものは、済んだのだ」と言い放つ場面があります。飽和点と聞いて、ここを思い浮かべたんですけれども。

古井 「済んだものは、済んだのだ」というのは、済んでないということだな。

蜂飼 なるほど。完全に済んだものならば、わざわざ言葉にしないですね。「済んだのだ」と口にするということは、むしろ済んでいない。そこに発したいら立ちも含んでいます。

古井 老人にとっては、まだ「現在」なんですよ。どうしても過ぎ去らない現在、それは記憶の現在かもしれない。記憶が過去ではなく現在になってしまったわけです。

 

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古井由吉(ふるい・よしきち

小説家。1937年東京生まれ。東京大学大学院修士課程修了。大学教員となりブロッホ、ムージル等を翻訳。文学同人誌「白描」に小説を発表。1970年、大学を退職。71年、「杳子」で芥川賞受賞。黒井千次、高井有一、坂上弘らと〈内向の世代〉と称される。77年、高井らと同人誌「文体」を創刊(80年、12号で終刊)。83年、『槿』で谷崎潤一郎賞、87年、「中山坂」で川端康成文学賞、90年、『仮往生伝試文』で読売文学賞、97年、『白髪の唄』で毎日芸術賞を受賞。その他の作品に『山躁賦』『詩への小路』『野川』『辻』『白暗淵』『蜩の声』『雨の裾』『この道』等がある。

『この道』講談社刊

聞き手:蜂飼耳(はちかい・みみ)

詩人、作家。74年生。『いまにもうるおっていく陣地』『紅水晶』『空席日誌』『顔をあらう水』

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