メフィスト賞座談会2017VOL.3【前編】

メフィスト賞 座談会 2017VOL.3 【前編】

※メフィスト賞座談会……メフィスト賞を決める、編集者による座談会

【座談会メンバー紹介】

 本格ミステリマニア。古今東西ミステリの知識量が凄すぎる。
 警察ミステリ、時代小説など単行本作品の担当が多い。サザンとホークスのファン。
水 講談社文庫編集部で数々のミステリを担当、世に送り出す。歴史好き。
巳 理系作品の関わりが多くリサーチ力も高い。第59回『線は、僕を描く』 担当。
 乗り鉄で鉄道ミステリ好き。第61回『#柚莉愛とかくれんぼ』担当。  
Y 理論と情熱とアイデアの講談社タイガ編集長。第58回『異セカイ系』担当。
U 投稿作を優しい言葉で鋭く批評する達人。第62回『法廷遊戯』担当。
火 マンガ編集者歴12年。お菓子とゲームをこよなく愛する。
N 涙を誘う作品が特に好物。第57回『人間に向いてない』担当。
 エンタメなら何でも来いのオールラウンダー。座談会でのガヤは天下一品。
 ミス研出身。ミステリに強く、青春モノに甘い。第60回『絞首商會』担当。
 元マンガ編集の目線でメフィスト賞投稿作をメッタ斬り。

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寅 毎年思うけど、一年が経つのは早いよね。ついこの間、年が明けたばかりのような気がするんだけど。これも齢のせいなのかしら。来年は明治維新から百五十年。座談会のメンバーも替わったりしたので、新たな気持ちで頑張ろうかな。

亥 座談会と明治維新は、あまり関係ないのでは……。無理して、冒頭のツカミを入れようとしなくていいんですよ。

寅 いや、もし明治維新がなくて幕藩体制が続いていたら、文明開化もなく「メフィスト」が刊行されていたかどうかわからないと思うんだよね。そう考えると、関係ないとも言えない。

 あれから百五十年も江戸時代が続くわけないでしょう。

寅 それでも近代化が遅れて、出版事情も変わっていたかもしれないし……。

 あの、明治維新の話は、そろそろ終わりにして座談会を始めませんか?

寅 そうだ、今回はいろいろと発表もあるし、早速始めよう。まったく亥が余計なことを言うから。

亥 え、余計なことを言い出したのは寅さんでは……。


可能性を感じる粗削りなブロマンス


 最初は『背中の星に』、金君お願いします。

 キャッチコピーが「喪失は、もっとも美しい世界の営みである。」というアクションファンタジーです。謎の怪物が人間を脅かしている社会の、自警団のような組織で、戦い成長する人々を描いたお話です。主人公は、セインという元最強の戦士と、超新星ルーキーのヒオという後輩の二人。……ブロマンスにすごくキュンキュンしたい人は読んでください!

 まずはP君、お願いします。

 キャラや人間ドラマで読者の興味を引かせる物語ではあるのですが、人物の魅力が引き出せていません。もっと踏み込んでキャラを楽しみたいと思い始める頃合いになると、なぜか視点が替わってしまうことがしばしば。メインに据えようとするキャラも多いし、悪い意味で翻弄されました。そんなわけでブロマンスキュンキュンはしなかったです。視点を絞って〜って言いたい。

巳 書きたいシーンをつなげて一作にまとめた印象です。そのため主人公が誰なのか、筋立てはどうなっているのか、よくわかりませんでした。全体に散漫な印象で、キャラクターの書きこみも浅いため、読み手の想像力に頼っている感じがあります。しかし、嫌な人や悪い人など負の要素を感じさせる登場人物がいないので、不快になることがない。そこは現代的だなと感じました。

U 内面、外面ともに魅力のあるキャラクターを描こうという心意気、サービス精神を感じました! でもキャラクターと世界観の設定を理解する前に、恋だ、愛だ、ライバルだと感情面が語られて、人物同士の関係がこじれていくのが気になりました。読んでいて、おいてきぼりになった気がしました。主人公が誰なのかがわかりづらいのも惜しいです。おそらくヒオなのでしょうが、視点が替わりすぎていて、だからと言って群像劇にもなっていない。もったいないです!

金 おそらく「この世界観を描きたい!」という想いが強すぎるんだろうと思います。それでなお、ブロマンス的関係性だけはなぜか浮き立って見えてくるのは間違いなく強みです。あとは読者にわかりやすくする工夫――書きたい部分を強調するためには他を省く等――をするだけで、おそらくキャラクター像が一気に伝わるのではないのかなと。かなり萌えポイントをくすぐられたので! ぜひ今後も書いていただきたいです!


発想を活かすには技術が不可欠


寅 次は『死者は噓を吐かない』、Nさん、どうぞ。

N 祈禱師の一家に生まれた美琴という人物と、霊能者である高遠という二人のバディもののミステリです。自分に呪いをかけた霊能者を捜す旅を続けている高遠が、イブキ様という霊能者が崇められている村を訪れたことから殺人事件に巻き込まれて……という物語です。この著者の長所は、二人の掛け合いのセンスのよさ、台詞のセンスのよさでした。視点の揺れが多く、技術的に気になるところもありましたが、トリックの部分や動機の部分はちゃんとできていたように思いました。キャラクターのライトさとトリックの骨太さのバランスがよくて座談会にあげたのですが、皆さんどうでしたか!? あれ、皆さんどうしました? 眉間に皺が……!?

 最初に読んだ印象が「シリーズ三作目っぽい」という感じ。掛け合いのよさ、軽さ、ある種の珍道中的な面白さはあるんですけど、読者に伝わる前に事件が始まってしまって、主人公たちの物語と事件のどちらに興味を持ったらいいのかわかりませんでした。で、最後に大オチがあって試みとしては好きだったんですが……これ、伏線一切張られてないですよね。

 最後のオチはちゃんと考えてつくられたのか、思いついて最後に書き込まれたのか……。

金 キャラクター設定としてはあったけれども、この事件とかと直接関係していないものを、最後にパンと付けたという印象です。

Y 物語の内容に関係ないけど、男だと思ったら実は女だったんだよ、みたいなタイプなのかな?

 語り口っていうべきかな、そこにはかなり優れたものとか魅力を感じたんですけど、その他の部分では読まされてる感が結構強くて、結局この話は何だったんだろうという読後感が残ってしまいましたね。ストーリーがあまり練られてない気がするので、この手のミステリではなく別の雰囲気の話だったらもうちょっとこの人は輝くのでは? と思ったんですけど。

 あまりに自然に視点がブレるので何か意図があるのではと気になりましたが、特にない……。事件、人物、舞台など、絞るべきところが絞れているので一気読みさせられるようなまとまりがよいです。主人公たちの背景に彼らの魅力が出るようなエピソードをもっと書かないと。シリーズとして読ませるにはキャラの魅力不足が気になりました。

P この二人のキャラの印象や動かし方がどことなく、薬屋探偵シリーズの秋とリベザルの関係性に似てませんか? 年齢も性別も違うし、妖怪と霊能力者って違いはあるんですが、一度意識しちゃうと、どんどん薬屋探偵がちらついてきてしまって。高里椎奈さんの作品を超える新たな魅力がこの作品にあればよかったのですが。で、さっき金君が言ったようにラストの衝撃部分に関しても、僕は伏線がどこだったかなってもう一回読んだんですわ。

金 頑張って、どこなんだって探して……。

P そう、頑張って読んだんですけど、いやいや、そんなのどこにもない! モーーッって。

 矛盾する部分ばっかり出てきて。

 伏線というかそのオチを聞いたほうがいいかな。

 ワトソン役が実は二重人格……的なやつですが、全体的に揺れ揺れの神の視点で書いてあるので……。

Y それは小説の技術的な部分がまだ足りてないね。

金 トリックとしてこれを入れたら面白いかなという発想自体はいいと思います。ただ、ミステリとして落とし込むことへの意識がそんなになかったのかな。

 この方は初めて応募してくれたようですね。視点のブレについては座談会でもよく指摘されるけど、いろんな本を読んで学んでほしいと思います。


『昔話』シリーズ、開幕!?
賛否両論の海底密室


寅 次は『浦島太郎殺人事件』。前回『桃太郎殺人事件』を送ってきてくれた方の作品です。

火 「どうせ密室が解きたいんでしょ?」というキャッチコピーが付いています。浦島太郎の娘が主人公で、かつて父をたぶらかした乙姫のいる、一日の滞在が陸上の二年に相当するいわく付きの竜宮城に行くことになり、そこで密室殺人が起きると。前作と同様、ある種のパロディものなんですが、かなり読ませる作品で導入から最後のオチまで計算されていて、すごくいいんじゃないかという印象です。

 私、前回の座談会でも盛り上がったこの前作の『桃太郎〜』を読んでなくて、今回かなり期待して読んだんですけど、思ってた話とちょっと違ったなと。地上と竜宮城では時間の経過が違うというのが大きなポイントだと思うんですけど、それを使うんだったらもっと最後で腑に落としてほしかった。ただ、この方のいいところって、前半で関係ない話がすごい長いんですけど、笑いが上滑らないんです。この人の絶妙なセンスですよね。

P 前半は事件も起きず、設定説明のためにあるので冗長。特殊設定だから仕方ない部分はありますが、前作はそれでも事件も早く起きてドライブ感もあったので楽しく読み進めた印象でした。今作は読むのにやや一苦労したなと。それに真犯人にとっても驚きの場所のはずなのに、こんなにすんなりと犯罪を起こせるのだろうか。海中なのに、陸上の印象と変わらない部分もあり、この特殊設定を書き手自身がうまく描き切れていない感じがして、私自身も乗り切れないままでした。個人的には前作『桃太郎〜』が好き。でもこの方の作品をいくつも読んでいて感じるのは、本格スピリッツとレベルの高いエンタメ力。これからもぜひ期待したいです。童話ミステリシリーズがうまく行ったら、某携帯会社とコラボだな! かぐや姫にぜひ会いたい!! ガンバレ、僕のために!!

寅 メフィスト賞に私情は禁物だぞ。はい、次!!

 文句のつけどころ、たくさんすぎ! と思ったんですけど、なぜか最後まで面白く読めたんですよね。また別の作品も読みたいなと僕は思いました。『桃太郎〜』も読んでるんですけど、比べると次の作品を読みたくなる感じは今回のほうがありました。読者が少しだけどふえたかなと思いました。今はまだ僕たちだけなんですが。

金 私は『桃太郎〜』よりは数段落ちるかなという印象です。あまり本気で竜宮城を書く気がないところが最後までずっと気になって(笑)、浮力のあるところで腰が痛いって歩いてるおばあさん、おかしくないですか(笑)。肝心なところで「いやあ、ちょっと水の抵抗あるから」って言うんですけど、明らかに他の場面では無いんですよ!

Y 僕も『桃太郎〜』のほうが好みです。皆さんと意見は一緒で、そこに付け加えるとしたら特殊設定ミステリだからこそ、その設定にリアリティを持たせて書かなきゃいけないということ。よく理科の問題とかであったじゃないですか、「ただし摩擦力は考えないものとする」ってやつ。特殊設定ミステリなのに、それをやっちゃあおしめぇよ。トリックも、短編でも書けるような話なので、だったら浦島太郎の時代で浦島太郎が本当に出てくるミステリにしたほうがまだよかったんじゃないかな。ただ厳しいことを言ってしまいましたが、この方は書ける方だと思うし、期待したいなと、作品としても才能としても受け止めています。

 いや、みんなけっこう厳しいなというのが正直な意見で、僕は『桃太郎〜』より面白かったです。『浦島太郎〜』のほうがサービス精神がすごくあります。キャラクター同士のやり取りで何とか面白く見せようとか、あと探偵役が謎を解く手順といいますか、そこもちょっとミステリとしての面白さを出そうとしてるところとか。まあ、トリックなどいろいろ無理はたくさんあるんですけれども、あと最後、恋愛話がからんでくるとかですね(笑)、ああ、サービスしてるなという意味では感心して読みました。ただ、Y君も言ってましたけれども、やっぱりリアリティレベルがはっきりしないのが『桃太郎〜』と『浦島太郎〜』に共通の問題かなと思っています。竜宮城があってそこに行き来する人たちがいて、竜宮城に一日いたら地上では二年経つ設定があるとして、竜宮城の存在がなんで世間にバレないのかとか、いろいろ気になりはしました。だから、この人はそういう特殊設定を考えるのが好きかもしれないんですけれども、それをちゃんと作品の中で説得力を持って描きだすことがまだできていないですね。

 僕も前作より、こちらのほうがよかったかな。設定はつくり込んでいるし、前作のような、飛び道具がない分、すんなり読めました。この方は本格をちゃんとやろうとしている意識が強い人で、そこはすごくいいなと思っています。でもディテールがまだまだという感じかな。犯人を特定するときに消去法で特定するんだけど、けっこうラフかなと。もっと論理的である必要があると思うけど。

 『桃太郎殺人事件』の次に『浦島太郎殺人事件』を投稿してくるという、なんとかして印象に残すぞ、という書き手としての意気込みがすごく感じられて、それがいいなと。

 我々編集者が読者として見られている的な……。

 だからこの人に直す気概があれば、皆さんがおっしゃったリアリティレベルの調整などはやれるんじゃないのかなという期待感があるので、次も応募してもらいたいなと思っています。

 期待の声も多いですし、次作を楽しみにということで。


大爆笑のワンアイデア(以上)


 次は『致死量の野菜』です。

P キャッチコピーが「特殊設定本格ミステリ 世界はオチのためだけにある」。巨大な野菜に侵蝕されたという日本が舞台となります。肌が全て緑色になる緑人症というものが蔓延、その病気が治った人ばかり不審死を遂げ、その事件を刑事が追うというお話です。ストーリー全体は欠点も多すぎるのですが、あっ、読んでもらった子さんが私を睨んでる……。え、え、えーっと魅力はですね、超高層ホテルからの転落殺人事件のトリック。思わず噴き出しました。こりゃ面白い、みんなに読んでほしいと。さあ、張り切ってコメントをどうぞ!

 ほんとにオチだけ(笑)。でも超高層ホテルからの転落殺人のところはちゃんとミステリをやろうとしている。ただ、病気とミステリ部分の食い合わせがよくなく、読みづらかったです。私の怒りの付箋がいくつも付いているんですが、実在する病気への無知さ加減など、ちょっと倫理観に欠ける部分が散見されたのも残念ですね。

 付箋は優しい色合いですけど(焦)。

 爆笑しました。おなか痛いです。「以上」と言ってもいいぐらいなんですけど、これは基本短編ネタなんですよ。長編をもたせられないです。ただ、これを圧縮したのが星新一のショート・ショート集に載ってたら、その一冊のベストになってもおかしくないです。ただ、ほんとにそこ以外の要素が、トリックのためにつくった世界の中でちょっと遊んでみましたぐらいのものでしかないのは、さすがに長編として評価できないです。

 私は主人公と彼女の関係性が中途半端に感じられました。でもトリックメインの話だったらこれでいいのかな、とも思いながら読みました。最後までグイグイ読ませるんですけれども、緑人症の設定が少しわかりにくくて。治らない人も植物なんだとしたら治らない人も殺されるべきなのかしらとか、気になってしまって……。

 皆さんがおっしゃったのはほぼそのとおりなんですけれども、メインの馬鹿馬鹿しいトリックがものすごい笑える。あそこだけでも世に出せないものか、というぐらい僕は笑ったんで(笑)。そういう意味では『致死量の野菜』ってそのまんまのタイトルなんですね。

 タイトル、事件、全体のテーマ、トリックが全て植物で貫かれているのがいいですよね!  シンプルですが難しいことだと思います。特に謎解きパートは驚きもあって面白かった!  一方で登場人物の魅力が出せていないことが残念でした。台詞やちょっとした動作にも人物の格が上がるような工夫が欲しいです。ギャグとシリアス、どちらもハマっていない気がしたのですが、好みの問題でしょうか……。

寅 インパクトはかなりありそう。次は長編ネタでお待ちしています。


優しい雰囲気はよいが既存作を使うのは――


 『キマイラとマンドラゴラ』をあげたのもPですね、お願いします。

 アルカンタラという王国で仕事をしてる二人がバーで一杯やってると、絶世の美女が現れて、彼女が出題する四つの推理問題の真相を当てることになります。それらを解いていくうちに大きな事実がわかるという構成です。謎解きの部分に関しては正直易しい問題ではあるものの、謎解きをする楽しさっていうのを改めて感じさせてもらえたなと。ただ日本文学をそのまま下敷きにしているんです。設定に他のものを持ってきてしまうというのが、取り組み方としてはやや問題かなとは思います。

 いちばん最初に読んだときの印象が、テーブルトークRPGのリプレイ集みたいだなと。とても読みやすい。ただ日本文学を下敷きにするならもっと徹底的に作りこんだほうがいいし、全体的に小粒で、物足りないなというのが正直な感想です。

N 構成もキャラクターも面白いなって思って読んだんですけど、一編一編の謎のマッチポンプ感と、その世界の常識は知らなかったよ……、というようなアンフェア感が気になりました。最後の締め括り方なんかは好みでしたけど。

 キャラクターとか座組みとかいう部分では、まだまだかなと思いました。ただ、全体的に優しい雰囲気なのは好きで、彼らが一生懸命生きてるんだよっていう前向きなメッセージは全編を通して感じたので、そこはかなり好感度高かったです。ただ、謎自体はやっぱり小粒と言わざるを得ない。あと謎解きをやるのであれば、言葉を扱って謎を解かせるということのフェアネスを考えていただきたいなと。あと、この作品だけではないですが、すでにある神話や古典を下敷きにしてまんまキャラクターを使ってある作品を定期的に見かけるんですが、これは難度が高い試みだと思うんですよね……。

 それは世界観として借り物だったり、桃太郎とか浦島太郎を下敷きにするのも含めてという……?

金 今回の『浦島太郎〜』は完全にネタとして使っているので、少し違いますが、基本そうです。書き手が題材にいだいている思い入れを読者は知りません。そこから新しいメッセージを伝えるところまでもっていくのは、かなりの技量が要求されると思います。

 確かに既存の作品を使うのは、諸刃の剣な感じもするよね。次回はオリジナリティにあふれた作品をお待ちしています。

⇒メフィスト賞座談会2017VOL.3【後編】に続く