メフィスト賞座談会2018VOL.2 【前編】

メフィスト賞 座談会 2018VOL.2 (前編)

※メフィスト賞座談会……メフィスト賞を決める、編集者による座談会

【座談会メンバー紹介】


本格ミステリマニア。古今東西ミステリの知識量が凄すぎる。
警察ミステリ、時代小説など単行本作品の担当が多い。サザンとホークスのファン。
理系作品の関わりが多くリサーチ力も高い。第59回『線は、僕を描く』 担当。
様々なジャンルの編集部を渡り歩いてきた百戦錬磨の編集者。
乗り鉄で鉄道ミステリ好き。第61回『#柚莉愛とかくれんぼ』担当。 
理論と情熱とアイデアの講談社タイガ編集長。第58回『異セカイ系』担当。
投稿作を優しい言葉で鋭く批評する達人。第62回『法廷遊戯』担当。
マンガ編集者歴12年。お菓子とゲームをこよなく愛する。
涙を誘う作品が特に好物。第57回『人間に向いてない』担当。
エンタメなら何でも来いのオールラウンダー。座談会でのガヤは天下一品。
ミス研出身。ミステリに強く、青春モノに甘い。第60回『絞首商會』担当。
元マンガ編集の目線でメフィスト賞投稿作をメッタ斬り。

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サッカーのワールドカップは、フランスが優勝し、日本もコロンビアを破るなどして決勝トーナメントに進んだりと大健闘! ベルギー戦は残念だったけれど、試合を重ねるごとにチームに良い雰囲気が出てきたよね。やはりチームワークが大切だな、と。この時期は異動があり座談会のメンバーも変わるけど、これからもチームワークを大事にしていこう!

いつも「早くビール飲みたい」とか勝手なことを言ってチームワークを乱しているのは寅さんでは?

その発言はレッドカードだな。退場!

ほら、やっぱり勝手なこと言っている。新しく入った方の自己紹介はいいんですか?

亥が余計なことを言うから忘れてた。じゃあ、土君、自己紹介をお願いします。

フライデーから異動してきました土です。事件を追いかけなくていい生活って最高!

じゃあ、新メンバーも入ったので、新たな気持ちで座談会を始めます!


アイディアに作者自身が振り回されてしまった?


あれ、まだ亥がいる……。

あんなので退場なんてしませんって。ちゃんとVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)で確認して下さい。それでは、私があげた『血濡れの人魚』からいきます。キャッチコピーは「前代未聞の大技! 人魚館で起きた事件の真相とは!?」。人魚館と呼ばれている館が舞台の本格ミステリです。立風大学ミステリ研究会のメンバーは、ミステリーナイトに参加するため人魚館を訪れるのですが、そこから連続殺人事件が起きます。いずれも内臓を抜かれた状態で上半身のみ――さながら人魚の上半身のような感じで発見され、さらに人魚伝説とからめつつこの事件の真相は……というストーリーです。僕はかなり楽しく読みました。すごくベタな設定ですけど、事件にからめながら人魚のウンチクを入れて、幻想小説としても演出が効いている。ただ一つ、ラスト近くにある大きな仕掛けがうまく機能していないのは致命的。そこを直して、全体を整えれば商品になるんじゃないかなと思っています。

この作品は「私」と通称で呼ばれているキャラクターがいて、文中の「私」は視点人物の一人称ではないというのがメイントリックになります。アイディアは楽しめましたが、正直うまくいっていません。そして、この作品の一番の問題は、事件自体に書き手が興味ないのではないか、と思わせるところです。今回、「ミス研もの」と呼べる応募作が二つあります。両作品に共通するのですが、メインのネタのためにラストに仕込みをしているのに、書きたいことが何もないから、ミス研だったり、館だったり、連続殺人に頼っているという印象が否めない。そこがすごく残念でした。

私の感想は、面白そうに見えるんだけど、厳しい作品(笑)。まず、最初から視点人物の主語がないんですよね。これは明らかに何か仕掛けられているというのがバレバレで、かつとても読みづらい。それが作品のクオリティを下げてしまっていて、最後まで読むことができる人がはたしているのか。では、それと引き換えにして、最後にびっくりさせられるかというと、こちらはネタに引っ張られすぎてしまって、うまく着地できていない。でも、座談会にあげようというのはよくわかる(笑)。

何かミステリ界って王道回帰をしようとしてるのかなあと思いながら読みました(笑)。王道だからこその期待感・安心感から読めるのかもしれないですけど、前半が冗長で、後半だけでいいようなつくりになってしまった。いろいろな仕掛けをしようとする試みはいいんだけど、デビューするレベルには至ってないですね。でも意外な登場をする探偵のカッコよさは好きですよ。当然のことですがキャラクターに魅力を持たせるのは大切!!

長編のネタとしてはやはり厳しいのではないか、と。叙述トリックもアンフェアな印象です。これ、二年に一回くらい言ってるんですけど、叙述トリックってその一行が明かされた瞬間に世界の見え方が変わって、その世界がどれだけ美しく見えるかというのがキモになってくると思うんです。でも今回の作品に関しては、明かされたときにがっかりしてしまった。

王道の型にはめて作っているところのよさと悪さが両方出ていますね。型にはめられてるから、何か事件が起きるだろうと予感するので、とりあえずは読み進めることはできる。けれども前半の構成が冗長でよくない、あと、『占星術殺人事件』的な、アゾートの代わりに人魚の話が出てくるところも、先行作がまんま入ってきてるなという印象で評価は低いですね。ミステリがすごく好きで、書くのが楽しかったことは伝わりましたが……。

この作品のトリックにウソはないと思ったけれども、それまでの発言が極端に少ないので、やはりアンフェアな感じはしたかな。その分、虚をつかれた感はあっても、インパクトに欠ける。意気込みやよしなので、次作に期待しています! あれ、亥がまだいる……。

だから退場はしませんって! でも、異動でこれが最後の座談会となりました。「座談会のフーリガン」として野次を飛ばせなくなるのは、まことに残念ですが、志は金が継いでくれると信じてます! じゃ!!

えっ本当に退場しちゃうんだ……。新しい部署でも野次を飛ばして頑張ってください。


賛VS.否否否否否の問題作登場!!


じゃ、次は火君があげた『エレベーター・ピッチ』です。

都内で起きた連続猟奇殺人事件。主人公は捜査を進めていくうちに、最後の犯行は便乗犯だと気がつき、さらなる真相を追いかける……。と事件が連鎖していくサスペンスです。面白く読みました。この人は賞への応募歴がないので、可能性も含めて探れたらなと思っています。


期待して読み進めましたが、最後にがっかりさせられました。連続殺人の事件の展開や気の利いた会話は面白いと思ったのですが、猟奇殺人にカニバリズムといった、衝撃的なものを次々に出してくるもののそれを生かしていない。カニバリズムと伝染病というアイディアは評価しますが、それでもあそこまで凄惨な現場を詳細に描く必要があるのかなと思います。僕は垣根涼介さんの『ワイルド・ソウル』が好きなのですが、あの作品は歴史的検証をとても丁寧にしています。日本のブラジル移民政策を題材に、棄民された主人公達が国家に復讐するという物語ですが、登場人物のキャラクターや会話の端々に検証を踏まえた重厚感があります。でも、この作品では、定型化された北朝鮮、しかも一昔前のイメージを使っていて、どれだけ周回遅れなんだろうと思いました。

ものすごく調べたことをしっかりと書き込んではあるんですけど、書き切ったら次へという感じで進んでしまっています。事件や主人公の設定などからではなく、作者の社会への負の思いを感じて、とても怖かったです。

傑作だと思いました(全員、一瞬沈黙)。これ、間違いなく面白いですよ。

えー!?

わかんない。

まず入れられるギミックは何だって入れてやるという気概が全編に漲っている。殺人現場で女性向け高額アルバイトの宣伝カーが流す「バーニラ♪」が響いていたり、変にリアルです。その上ラストで主人公が北朝鮮の工作員だとわかり、工作員が全員集って自衛艦をジャックして、皆殺しにしてメチャクチャになるんです。で、中国に亡命しようとして、そのまま撃沈されて終わるんですよ。乱暴きわまりない。でも面白くないですか(真顔)。

いや、どうかな、それを面白いっていうの?

面白いでしょう。もちろんこの散漫なまま作品として出せるとは思ってないんですけど、ただ、いくつかエピソードを抜いて真ん中に串通すだけで余裕で商業のレベルに達します(笑)。

串……? どういうことですか?

漫画の編集者的に、パーツで面白いものがいっぱいあるから、オレに任せてくれればちゃんと筋道立てて商品にしてやるぜってこと?

僕は欠点もわかった上で推す人がいたらと思ったんです。この人、自分の持っているカードを全部見せてきたな、と。最後まで書き切って送ってきたことを評価したい。

捜査本部の報告とか全文書いてある(笑)。

いやあ、あれはきついよね。煩雑すぎる。

でも、何か本気の雰囲気を感じませんか。「メフィスト」投稿作でカッコいい台詞を探偵役に吐かせたがるってけっこうあるんですけど、このぐらい本気でやってるのは見ないですよ。いや、傑作ですよ。よくできてる。……あれ、思った以上の空回り感が……。

金よ、戌さんが目を合わせてくれてないぞ(笑)。

急に金のことがわからなくなった(笑)。今までおまえのことを理解したつもりでいたけど、何かわかんなくなったよ、おまえが(笑)。

いや、最近何かあったんじゃないの、失恋しちゃったとか。

してませんって。精神分析とかもやめてもらえますか(笑)。

いや、僕は厳しい評価で、土君、巳さんの立場に近いですね。書きたいことは全部入ってるのかもしれないけれど、でもあのラストだと書きたいことってなんなの? って、啞然としました。そして、金みたいに肯定的にとらえることもできるかもしれないけれども、捜査会議のシーンでものすごい長台詞が延々と続くけど、面白さには全く結びついていないとかね。結論として、僕は全然買いませんけれども、金がこれだけ推してるんだったら、この方と進めてくださいという言い方しかできないです(笑)。

それでは金がゲキ推ししているので、まずは作者と会って話をしてもらえたらと思います。


物語における偶然性はどこまで許容されるのか?


次は『ラスト・トレード』です。

「メルカリ」の何でもありバージョンみたいなトレードアプリを国が開発して、家族の全権利もそれでやり取りできるというシステムが導入されたある朝から物語は始まります。ドリーム・トレード、通称D・トレードという端末を使うのですが、母親と衝突している主人公が出来心で母をトレードしてしまいます。トレードされてしまったお母さんが家族のことを思い、家族もまたお母さんを取り戻したいと思う。ある種の家族の物語として構成されています。いいところは、子どもが想像する、「お母さんがいなくなっちゃったらどうしよう」という、保護者の不在という普遍的な欠乏を感じさせるところ。本当に僕、ちょっと不安になりながら読みました。厳しいのは、後半で自分の命を捨てて、お母さんに帰ってもらうのが道徳的に正しいというメッセージを盛り込んでいるところ。これは厳しいです。そうは言っても、この設定自体はすごく面白いですし、とても力のある方だろうなと思って僕は推しました。

ワンアイディアに頼りすぎだと思いました。この一家に起きている事件だけは小説として読めるけど、外の世界については全然実感が伴って伝わってこないんです。主人公たちの不注意でお母さんがトレードされてしまったという設定も、こういうシステムが導入されるとしたら、国は作者の方の想像よりはちゃんとしてると思います。あらゆるケースを想定するはず。心臓移植のドナーについても、乱暴すぎる気がします。

後味がよくないんですよね。作者はそんな後味の悪いものを書いた気はないのかもしれませんが。

たぶんこれ、感動だと思ってると思うんですよ。

それに人間の描き方がすごく浅いんですよね。なのでドラマを見せられても、何にも心に残らなかったです。

多視点で全体を俯瞰的に面白く見せるようにしてるんですけど、主人公も含めて人物描写が全くできてないので感情が動かない。もうひとつ付け加えると、そこまで主人公は嫌な奴ではないんじゃないかという気持ちは最後まで残りました。私はどっちかというとトレード先の大人が本当にいやな奴だと思って(笑)、それだけが許せなかった。

物語における偶然性をどこまで許容するかだと思います。「あり得ない」ことを許容するとしたら、このシステムでお母さんのトレードが成立してしまった、その一コのウソまでは許されると思うんですけど、それ以上のウソはどんどん物語を薄っぺらにさせてしまう。今作はあまりにも物語内で偶然性に頼りすぎているので、そこはもう少し考えてもらいたい。

最近の小説は「社会」を書かなくなってきてるんだなとあらためて思いました。リアルにネット上の人身売買が問題になっている中で、この小説で起きてることっていちばん初歩的なトラブルだと思うんですよ。それに対して全く国が対策を立てていない、ちゃんと対応しきれてないということ自体が、要するに都合のいい話になってるなという印象はやっぱり残りますね。半村良さんはそういうのがすごくうまいんですよ。たとえば『岬一郎の抵抗』という作品では、現代社会にいきなり超能力者が出現したらどうなるのか、そのとき社会はどう対応するのかということをものすごくシミュレーションしてから書いています。はじめて書いた人にそのレベルまでを求めるのは酷なんですけども、でもこういうタイプの作品を書くときは、ある種の覚悟を持って書いてほしいです。

でも、リアリティに難があったり、粒度が粗いものも小説として楽しければいいんじゃないかという思いが個人的にあるんですよ。そういう思いとか諸々あって、僕はこれはやっぱり楽しいと思います。

Uさんが優しい目で金を見つめている……(笑)。

冒頭のお母さんがどうなってしまうんだろう、というところまでは読ませるんだけど、法律その他のディテールがゆるいのが僕も気になりました。アイディアはある方だと思うので、次回の応募をお待ちしています!


バカミス愛溢れる意欲作の評価やいかに


『見取図探偵と十の密室』は僕があげました。木曾次郎という三流ミステリ作家が主人公です。ネタに困っていたところに探偵事務所をやっている尾岸透という人がプロットに関わって、密室のトリック小説を考え、それを読者に解いてもらうという連作です。この方は『六枚のとんかつ』が大好きで、端的に言えば「密室版六とん」という感じの作品。評価は分かれるだろうな……。

メッチャ面白かったです。まあくだらない……ですけど(笑)。でも、これを読んで怒る人はそもそも読まないだろうし。

基本的にトリックがすごいとかじゃないからね(笑)。

楽しい、つまんない、楽しい、つまんないを繰り返してて、よくわかんなくなってしまいました(笑)。作者の愛が伝わるってすごい大事だなとは思っています。

見取図ネタ好きとして、前のめりで読んだんですけど、最初の数話は、これは見取図じゃなくて図形じゃない! 看板に偽りありだろと思ったんです。でもこれでもかこれでもかと繰り出されるバカミスの嵐の中に身を置いて読み進めたら、不思議とだんだん好きになっちゃった(笑)。

少女マンガの王道だ(笑)。

そうそう。最初の印象はイマイチだけど気がついたら大好きになってたの♡って。「最終的に本になったら、うっかり買っちゃってもよろしくってよ」ぐらいに好きになりました。

僕はペンネームが大好きです。木曾次郎って(笑)。人を食っているとしか言えない作品と相まって、書いてる方には非常に好感が持てました。これをもし商品にするとしたら、作者には負担をかけて申し訳ないけど三十本書いてもらってそこから最高に面白いものを十本選択し、パズルっぽいものとして出す形になるのかなと思った。

大学のミス研に所属している若人は、こういうの書くよねとやっぱり思うんですよね(笑)。で、予想どおりの話だったし、だんだん飽きてはくるんですけど、でも手を替え品を替え話を作っているところをみると、ほんとにミステリが好きで書いてる印象です。こういう稚気はやっぱり好感を持ちますね。

小森健太朗さんの『ローウェル城の密室』のようなトリッキーで緻密な新しいミステリを書けるという感じがすごくするので、この人は逃しちゃいけないです。

小森さん、『大相撲殺人事件』を復刊するときに、『中相撲殺人』を書くって聞いて最高だなって(笑)。

ホントに出たよね、新刊で。

それに近いユーモアを感じます。一定以上の基礎能力はある気がするんです。

じゃあ金君、ミス研担当として、これから作者に会う機会もあるでしょうから、折々に話をしてもらえたらと思います。

⇒メフィスト賞座談会2018VOL.2【後編】に続く

(メフィスト2018VOL.2より)