メフィスト賞座談会2018VOL.3 【後編】

メフィスト賞 座談会 2018VOL.3 【後編】

※メフィスト賞座談会……メフィスト賞を決める、編集者による座談会

【座談会メンバー紹介】

戌 本格ミステリマニア。古今東西ミステリの知識量が凄すぎる。

寅 警察ミステリ、時代小説など単行本作品の担当が多い。サザンとホークスのファン。

 理系作品の関わりが多くリサーチ力も高い。第59回『線は、僕を描く』 担当。

土 様々なジャンルの編集部を渡り歩いてきた百戦錬磨の編集者。

P 乗り鉄で鉄道ミステリ好き。第61回『#柚莉愛とかくれんぼ』担当。

Y 理論と情熱とアイデアの編集。第58回『異セカイ系』担当。

T イヤミス編集の女王の風格あり。宝塚歌劇とワインをこよなく愛する。

U 投稿作を優しい言葉で鋭く批評する達人。第62回『法廷遊戯』担当。

火 マンガ編集者歴12年。お菓子とゲームをこよなく愛する。

 涙を誘う作品が特に好物。第57回『人間に向いてない』担当。¥

 ミス研出身。ミステリに強く、青春モノに甘い。第60回『絞首商會』担当。

 元マンガ編集の目線でメフィスト賞投稿作をメッタ斬り。洋楽ヲタ。

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館ミステリで新境地は見えたか!?


それでは次、『罪悪館の殺人』です。キャッチコピーが「時計の針は元に戻らない。だが、自らの手で刺し殺すことはできる」です。夫を死に追いやった会社のやつらに復讐しようと、福利厚生施設に標的が来るのを待ち受ける女性の視点で書かれます。で、ついにその日がやってきた。心待ちにしたところ、その標的が次々とキャンセル、で、「そして誰もいなくなった」ならぬ「そして誰も来なくなった」状態。ところが、台風の影響によって館がクローズドサークルになりまして、そこでなぜだか殺人事件が起きていくという話です。この方は常連さんで、メフィスト賞に応募されて今回が十四回目ですね。ちなみに影響を受けた小説が森見さんの『四畳半神話大系』と書かれてます。ミステリで楽しませよう、びっくりさせよう、エンタメしようというこの方の強い意志が好きです。個人的に楽しく読めたんですけれども、いかんせん大作感がない、何か小器用な印象がありました。皆さんからビシバシ言ってくれればなと。ではYさんから。

そうですね、トリックも含めてワンアイディア、小粒感というのがPさんのおっしゃるとおりで非常にもったいないなと思いました。ただ、一方でそれだけ小粒なのにグイグイ読めてしまうんですよね。この人、だてに十四作書いてないし、筆力自体はどんどん上がっている。いずれデビューしてもらいたい才能ですが、やっぱりデビュー作はその人の名刺代わりになるようなものです。僕らも含めて著者も思いきり世の中にプレゼンできるだけのものが欲しい。渾身の一作であるのはもちろん、企画性が大事なんじゃないかな。物語としてのアイディアが足りないので、これが例えばデビュー後十作目ならいいかもしれないんですけれども、今、この作品で世の中に出てしまうとこの人が損するかもしれない。

話の進め方や場所の設定、物的証拠の提示が古くさく感じました。箇条書きで読者に謎解きの条件をわざわざ示すという流れに、読者は付き合ってくれるのかしらと思ってしまいました。それと、殺人者が三人出てきますが、全員の行動原理が一緒で、「腐った組織のやつは許せない、殺してやる」なんですよね。殺し方も似ていて、わざわざ三人出すならもうちょっと違いがあったほうがいいんじゃないのかなと。あと、殺し屋が誰かというのも途中からわかってしまいましたが、探偵ものでこのバレバレ感はいいのでしょうか。

この方の何作かは私も読ませていただいているんですけれども、今回は着想が面白いなと思って読みました。ですが、あまりにもご都合主義で……。過去に二つの因縁めいた事件がある、という設定が冒頭から明かされるんですけれども、二人の被害者がいたので途中で構造がわかっちゃうんですよね。私は前回の応募作『昔話殺人事件』のほうがよかったかなと思いました(笑)。

昔話から離れ、会社と人間関係の話に挑戦された気持ちは素敵なのですが、その結果、恐ろしくスケール感がちっちゃく狭い話になったなと。興味を持たせる技術はこれまでの作品同様高く、その部分については今さら疑ってはいないんですけれども、それだけじゃ足りないよねというのがたぶんずっとこの方の課題なんです。題材はやっぱり面白いと思うんですよ。殺すはずだった人が一人も来なかった。ただ、この設定なら、殺される理由のない人が集まってるのに死んでいくという状況の不可解さを押し出すべきだと思うんですね。Aの理由で殺される人が集まると思ったらBの理由で殺される人が集まっただけでは、謎とは言えないでしょう。この方の作品は毎回好きなところがあるのに、厳しい言い方になっちゃいますが、まだ殻は破れてないかなという印象です。

私はこの方の作品初めて読んだのですが、なぜこうも皆さんから愛されているのか、よーくわかりました(笑)。まず設定ですよね。そして、随所に入ってくるコミカルな表現も上手い。とくに殺人を企てている主人公が、仕込んだ殺しのための道具が他の目的に使われそうになって焦りまくる件とか、声をたてて笑ってしまいました。ただ、金さんと同じで、来なかった人も来た人も皆おしなべて最低野郎ばかりなのは如何なものかな、と思います。しかもその最低っぷりがかなり低俗でみんな同じ。「嫌な人」の造形が浅すぎる。もしかしたら設定とコミカルさを優先して人物をあえてダメ人間のひな型に落とし込んだのかもしれないけれど、それは良くなかったですね。単純に人間が描けないか、手抜きに見えてしまいます。殺される人はいい人の方が、より設定が生きたのでは、と思います。

僕は、この方はミステリを書くという点では本当に真面目だなと思ってまして、キメが細かいんですよね。いろいろ伏線が張ってあって、それを回収する手際とか、二転三転させるところとか、ミステリとしてのサービス精神がちゃんとある。だから僕はこの方が好きなんですね。たとえば今回で言うと、キーボックスに鍵が入っていて取り出せないはずだという謎があるんだけれども、それに関してある意味、非常にヌケヌケした解答があって(笑)、思わずクスッとなっちゃったというか、「あ、そうきたか」みたいな感じの面白さがありました。ただ、大前提で引っかかってしまったのは、この作品は過労死の問題を扱っていて、一人目は自殺、二人目も過労で死んでしまったという話なんですけれども、二人目の時も総務課の面々が代わってないって書いてあるんですよね。そんなことあり得ないと(笑)。そういう事件が起きて、いかに裏工作したって絶対、社会問題になって、マスコミ攻勢を受けて責任を問われるわけだから。そもそもの設定がおかしくないかと思って読んでるわけですよ(笑)。いいところはあるんだけれども、欠点のほうが目立つ小説を書いてしまうので、今回もちょっと難しいかなと判断しました。

この方の作品を読み始めて、現実世界のみで展開するミステリは初めてですね。幽霊が出たり、タイムリープがあったり、おとぎ話だったり。いろんな面を見せてくれて楽しいのですが、他の投稿者の作品にはない強みを感じさせるものに出会いたいなあ。それはご自身で試行錯誤していただくしかないのですが……。でも、またお待ちしてます。


二人称視点の意欲作!設定を生かすも殺すも……


『悪魔山荘の殺人』、キャッチコピーは「いいだろう。君がイメージした人間を殺してやる」、Yさん、お願いします。

『罪悪館』vs.『悪魔山荘』という感じで、館ものですね。主人公は【あなた】。つまり登場人物でありつつも読者自身のことを指しているという特殊な館ミステリです。ミステリとしてはオーソドックスで、山荘に招待された大学の民俗学サークルのメンバーが次々に殺されていく。主人公、視点人物である【あなた】イコール読者に、初日の夜、悪魔と名乗る人物から手紙が届きます。その手紙には【あなた】がイメージした人間を殺しますと書かれています。実際そのとおりに殺人事件が起こり、主人公イコール読者ははたして犯人は自分なのかと考えながら読んでいくという物語です。さっきの『罪悪館』とはまた違う企みに満ちた小説で、実験的・挑戦的で、よくこんな面白いことを考えたなと感じました。問題点は、【あなた】が犯人ですというトリックが、クイズ的で分かり易すぎる。マジシャンズセレクトとかマジシャンズチョイスと言われるものを使っているんですけれども、そこのアイディアをもっと詰めてほしかった。ただ、ここまでいろいろ考えられている方なので、一度皆さんに読んでもらいたいなと思って上げてみました。

Yさんもおっしゃっていましたが、マジシャンズチョイス、マジシャンズセレクトすぎるのは、やはり気になりました。【あなた】に関しても、これで〇〇〇〇だとかだったら、鼻白むなあと冒頭思ってしまいました。連続殺人ですし、重い動機などもあるのですが、なぜか「かわいいな」「素直だな」という印象を持ちました。児童小説のような印象というか。名探偵の印象やキャラクターが弱いのが、残念でした。「金田一少年シリーズ」のような嵐の山荘ものなので、やはり個性的な名探偵が欲しかったですね。

【あなた】と読者に呼びかけて、読者を主人公にさせるという体裁は面白いと思いました。でも、【あなた】の知らないことがあまりに多すぎますよね。物語の冒頭、「【あなた】はサークルがあまり好きではない、その理由はすぐわかる」みたいな文章が出てきて、いきなり冷めてしまいました。小学生の時に読んだアドベンチャーブックみたいな印象です。主人公の行動が選択制になっていて、選ぶと「何ページに行け」みたいに作者が読者に指図する感じがしてしまうんです。登場人物も幼い感じで、大学のサークルのいじめも子どもじみていますよね。

ほんっっと面白いことを考えますね! 感動しました。逆に言うと、アイディア先行で読者を驚かせるところにまで行き着いていないのが、とても残念です。でも、この作品、実はトリックもそれぞれけっこう面白いと思うんですよ。橋を架ける方法は物理トリックですが、サブで使うんだったら面白いですし、館の構造も、なかなかのレベルなんですよ。ただ、結局それをどういう謎解きに使うかというところにまで頭が回っていない印象でした。魅力的な謎としっかり組み合わせて、じっくり展開を練れば、同じ素材でも見え方はぜんぜん違うはずです。

僕も『金田一少年の事件簿』だなと思って読みました。特に動機のドラマのところがもろ『金田一少年』で(笑)、当時の担当としては「こういう動機つくったな〜〜」なんて思いながら読みました。そういう意味で言うと、探偵のキャラが立ってないのがもったいないなと思いました。元刑事の明神の立ち位置が中途半端ですね。また、わざわざ二人称というわかりにくい形式にしたことが非常に作品を縛っていますね。

読み手の自分が主人公として読むミステリ、面白い発想だわ。どんな仕掛けが待っているのかと、言葉は単純だけどワクワクしながら読みましたよ。でもね、次に殺される人が分かる手紙の仕掛けがバレバレで、おい、小説の中の【あなた】、なんで騙されるんだよーって(笑)。それすらひっかけだったら、なかなかの作品だったんだけど。館の仕掛けもやや分かりやすい伏線が張られていたような。謎の人物・彩民翔の名前にまつわる小ネタ、いや大ネタなのかな、笑っちゃいました。書き手のミステリ読者を楽しませようという気持ちは届きますので、今後も頑張ってください。

そうですね。僕も次回に期待かなと思ってます。


ミステリとしての佇まい、時代考証
その上で必要なものとは


あれれ、次が今回の座談会最後の作品ですね。『絞首商会の後継人』、キャッチコピーは「ほぼ全ページ面白い」。ここまでメフィスト賞出てないんだから、金くん、わかっているよね? 期待していいんだよね?

もちろんです! 皆さん、いよいよ本格ミステリの季節ですね!(大声)

ちょっと待って、テンションがおかしい。

そんなことはいいんですよ!

うわあ、めんどくさい。はいはい早く始めて。

ということで、『絞首商会の後継人』は真正面からの本格ミステリです。しかも、時代設定から作り込んだ、読み応えのある骨太な小説になっています。時代は大正、元泥棒の蓮野のもとに探偵の依頼が持ち込まれるところから物語は始まります。しかも、依頼人は蓮野が以前泥棒に入った家の住人という奇縁。事件は、法医学の権威が殺されたというものでした。そして、奇妙なことに、見つかった博士のカバンは、中の書類にだけ血がべったりとついていた……! というものです。まず強調したいのが、これは遺留品ものの傑作ですよ! ということ。序盤から中盤にかけての篤実な、裏を返せば地味な捜査シーンが、遺留品ひとつでここまで魅力的になるとは、と唸らされました。これは、まごうことなき本格マインドです。そして、後半明らかになる╳╳╳という事件の構図もよく、あと地味に見逃せないのがラストの探偵と犯人の対話シーン。よく二時間ドラマは崖の上でいちいちうっとうしいなんてお話がありますが、探偵と犯人の思想をぶつけ合うにはやっぱり有効なんですよね……。この著者は期待ですよ〜! とはいえ、粗がないわけではありません。例えば、会話による時代感の演出は非常に手が込んでいる反面、半径二メートル以上の風景描写がほとんどなく、画が浮かびづらいのは気になります。

時代の雰囲気は出ていたように思います。殺人事件の四人の容疑者それぞれがいかにも怪しく、誰もが犯人であるような描き方がうまく、リーダビリティを高めていました。頭脳明晰ながら人嫌いで、泥棒をしたこともある探偵役の蓮野と、その友人で手足のように動く井口のコンビネーションも楽しめました。時代背景として無政府主義者が重要なモチーフになっているので、ところどころにその説明など入ってくるところを冗長に感じた箇所もありましたが、作品としてまとまっていたとは思います。

とても端正な小説ですね。文章が落ち着いていて読みやすく、助手の名前の出し方も工夫されていて、自分なりの語り口を持っている人だな、と思います。ミステリとしての構図も面白いし、動機もユニーク。ちゃんとしている、という意味で相当完成度が高い。ただ、華がないのは否めないです。「ああ!」と驚く度合いがほどほどで、感じのいい作品である、というラインで止まってしまわないかが心配です。弱点はやはりキャラクター。泥棒に入った先の人から探偵を依頼される、というのは面白いですが、人間嫌いという部分が個性として生きておらず、単なる設定・属性に止まっています。作品内でゆさぶられたり変化をすることもなく、印象的なシーンがぱっと思い出せない。おそらく、ポイントは全体的なテンションに差がないことです。ラストはある種の情念の物語であるはず。であれば、抑制された語り口でももっとこぼれ出るものが欲しくなります。皆さんのおっしゃる通り、非常に力のある書き手だけに、もっと大きく踏み越える力を期待したいです。

むむ……。なるほど。

ミステリとしての佇まいがいいね。それにラストの謎解きも圧巻! 探偵も助手も、もっとキャラの書き分けは必要かと思いますが、立っているのは間違いない。ただ、寅さんとは異なるんですが日本が戦争に向かっている時代感がうまく醸し出せていないような気が僕にはします。人物まわりの話はそれこそ現代っぽくもあり。その世界観に読者を入り込ませるためにも背景・雰囲気の書き方は大切だと思います。序盤の書生視点をはじめ、いろいろな要素を入れなきゃって気持ちでやや長くなりがち。もう少しコンパクトにまとめても、しっかり読ませられる才能を持った書き手だと感じました。これからの期待大! という感じだけど、金くんはいかがですか?

明らかに力のある書き手だと思いますので、さっそく連絡を取ってみたいと思います! ご指摘も、そもそものレベルがかなり高いからこその期待だと認識して、著者の方とお話ししてみます。

今回も期待の持てる作品が集まりました。『捜査一課刑事・西条香織』の投稿者には土さんが、『絞首商会の後継人』の投稿者には金くんがご連絡さしあげます。今回は「平成最後の冬にメフィスト賞発表!!」というフレーズを使って盛り上げようとたくらんでいたのに、残念、言えなかった〜。でも、これは嵐の前の静けさかも。さあ、投稿者のみなさん、メフィスト賞へどんどんご応募ください。バラエティ豊かな文三部員たちが楽しみに待っています。でも小説は難しいけど評論だったらって方もご安心ください! なんと「メフィスト評論賞」もあります。締め切りは二〇一九年三月三十一日ですので、ご注意くださいね。それでは次回の座談会でお会いしましょう!

(メフィスト2018VOL.3 より