「死亡予定入院」第3回・まだ死んでないぞ
文字数 1,448文字
『だいたい本当の奇妙な話』『ちょっと奇妙な怖い話』など、ちょっと不思議で奇妙な日常の謎や、読んだ後にじわじわと怖くなる話で人気の嶺里俊介さんが、treeで書下ろし新連載をスタート!
題して「不気味に怖い奇妙な話」。
えっ、これって本当の話なの? それとも──? それは読んでのお楽しみ!
第一弾の「死亡予定入院」は毎週火曜、金曜の週2回掲載中。
第3回は「まだ死んでないぞ」。
この痛~い経験、したことある人いるのでは⁉
第3回 まだ死んでないぞ
点滴を繰り返して異常値を下げつつ、受け入れ先の範囲を広げる。いくつかの病院から声がかかるも、救急車がその病院へ向けて発車しようとするとキャンセルされることが繰り返された。
ここはと思われる病院をあたるも、20近くもの病院すべてに断られた。救急隊員だけでなく、医師や看護師たちも溜め息を漏らす。引き上げ準備に入らざるをえない状況になった。
今日は諦めるしかないと判断されて自宅へ戻ることになるのかな、と呑気に考えていると、救急車の救急隊員から声が上がった。
「受け入れ先が見つかりました!」
その場にいた人たちから小さな歓声が湧いた。
すぐに搬送の準備に入った。私の身体に付いていたコードが次々に外され、ストレッチャーの通り道が開けられていく。車輪の固定が解除されて視界が流れていく。救急車の大きく開かれた後部ドアの中へ吸い込まれるように私が収まると、すぐに救急車は発進した。すかさず弟が救急車の後ろに車で続く。
江戸川区の西葛西にある、真新しい総合病院――M病院に着いたのは午後7時40分。すぐに私は検査室へと運ばれた。
針が刺さる。
……痛い。痛い痛い。ちょっと待て、先の病院でもこんなに痛くはなかったぞ。しかも長い。4分を過ぎてもまだ針を抜く気配がない。痛い痛い。気づくと5分を過ぎている。
痛すぎる。本当に血管へ針を刺しているのか。
確認してみると、刺した針の周囲を指で押し込み、血を出させようとている。血がなかなか採取できないらしい。
痛いよ。痛いってば。
結局、8分以上かかって採血が終わった。あまりの痛みに、私は涙目になった。こんなに痛くて長い採血は初めてだ。
しばし肩で息をしながらストレッチャーの上で休んでいると、ドアの向こうから看護師たちの会話が聞こえてきた。
「先生になんて言われたの」「だいじょうぶ? わたしが代わろうか?」
女性看護師の言葉に、うすら寒い思いがした。まさかあの痛みが繰り返されるのか。
少し間をおいて、別の女性看護師がやってきた。
「すみません、わたしが採血します」
彼女の手際は鮮やかだった。するりと私の腕に針が入る。ところが、ほぼ痛みを感じない。時間も2分とかからない。最初の病院でもそうだったが、見ていなければ『なにかされている』と感じなかったかもしれない。
ただぼんやりと天井を見上げているうちに採血は終わった。
お見事。
最初の看護師はまだ馴れていなかったのかもしれない。しかし練習台にされる方はたまったものではない。
『どうせこの患者は死ぬ』と扱われているわけでもなかろうに。
嶺里俊介(みねさと・しゅんすけ)
1964年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。NTT(現NTT東日本)入社。退社後、執筆活動に入る。2015年、『星宿る虫』で第19回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、翌16年にデビュー。その他の著書に『走馬灯症候群』『地棲魚』『地霊都市 東京第24特別区』『霊能者たち』『昭和怪談』などがある。