第54話 大河内に指示された花巻の脱税疑惑の真相とは?
文字数 3,150文字
「するわけないだろう。大河内が脱税スクープを『スラッシュ』に掲載しろと命じた件を話せば、花巻さんも完全に俺の味方になるはずだ」
「じゃあ、大河内が中富(なかとみ)社長を監禁暴行した動画も花巻さんが使わせてくれるんじゃないか? そうなれば、新しい爆弾を探す必要もないわけだしな」
「保険はかけとかないとな。脱税スクープの話をしても花巻さんが大河内と全面対決するとはかぎらない」
立浪は冷静な口調で言った。
花巻も大河内に負けず劣らずの策士なので、信用するわけにはいかない。
「たしかに、それは言えるな。大河内を敵に回すより軍門に下ることを選択する可能性も十分に考えられる」
鈴村が思案顔で言った。
私はフリーのジャーナリストの牧瀬と申します。投稿記事の話、興味があります。もしよろしければ、こちらの番号に連絡をください。
立浪は携帯番号を打ち込みXに送信した。
携帯番号は素性(すじょう)を知られたくない相手のために購入したトバシのスマートフォンのものだ。
「これからどうするんだ?」
鈴村がビールのグラスを傾けながら訊ねてきた。
立浪のビールはまったく口をつけられておらず、炭酸が抜けていた。
「まずは花巻さんに大河内から言われたことを伝える。花巻さんがネタを使うかどうかわからないから、同時にXにも接触を試みる」
「X?」
「さっきのツイッターの投稿者だ。いまDMを送った」
立浪は初めて温(ぬる)くなったビールに口をつけた。
「Xなんて奴はあてにならないから、花巻さんを引き込むべきだな。それにしても花巻さんが大河内と以前から通じていたとは……蛇(じゃ)の道は蛇(へび)だな」
鈴村が小さく首を振りながらため息を吐(つ)いた。
立浪は立ち上がった。
「トイレか?」
「行くぞ」
「どこへ?」
鈴村が訝しげな顔を上げた。
「引き込むんだろう? 花巻さんを」
立浪は言いながら個室を出た。
鈴村の足音があとを追ってきた。
☆
「僕を呼び出すなんて、立浪ちゃんも偉くなったね~。腰の低かったタレントがブレイクしたらマネージャーを顎(あご)で使うって話を聞くけどさ~。まさか、立浪ちゃんがそうなるなんてね~。しかも、夜の十時過ぎに『スラッシュ』に呼び出すなんてさ~。まるでフリーの記者扱いだよね~」
鈴村に先導された花巻がチクチクと嫌味を言いながら、ミーティングルームに入ってきた。
「すみません。『リアルジャーナル』の事務所では話せない理由がありまして」
立浪は腰を上げ、花巻を正面の席に促した。
校了日ではないので、「スラッシュ」の編集者はほとんど残っていなかった。
「すみません、自動販売機で買ったのでこんなのしかなくて」
立浪は缶コーヒーと缶の緑茶を花巻に差し出した。
「夜中に、僕を職場に呼びつけた上に百十円の飲み物でもてなそうだなんて、雑に扱われるようになったもんだね~」
花巻の皮肉は続いた。
「花巻さん、そのへんで勘弁してやってください。立浪は花巻さんにとって有益な情報を持ってきましたから」
立浪の隣に座った鈴村がフォローした。
「なぬ? なぬなぬなぬ!? ゆーえきな情報!? それは、大臣クラスの政治家の収賄(しゅうわい)の情報とか!? それとも、アカデミー賞主演男優クラスの国民的俳優が女子中学生と援助交際している証拠写真とか!? はたまた、東京オリンピック金メダリストの八百長(やおちょう)の台本があるとか? なになになに~早く教えてよ~」
花巻がプレゼントを催促する駄々っ子のように爛々(らんらん)と瞳を輝かせた。
これも演技だとすれば、花巻は恐ろしい男だ。
「その前にまず、花巻さんに質問させてください」
立浪は花巻を見据えた。
「僕に質問? いいよいいよ~。なんでも訊(き)いてちょーだい! 財津一郎(ざいついちろう)ふうにやってみたんだけど……って、財津一郎って誰やねん!」
花巻が下手(へた)な関西弁で一人ノリツッコミをした。
「大河内さんと以前からネタの売買をしていたというのは本当ですか?」
立浪は花巻の悪乗りには付き合わず、単刀直入に質問をぶつけた。
「あらららら~。こりゃまたびっくり玉手箱! どうして立浪ちゃんがそれを知っているのかなぁ?」
花巻が一貫して悪乗りで受け答えするのは、心を読まれないためなのかもしれない。
「大河内から直接聞きました」
「立浪ちゃんも、大河内に会ってるんだぁ」
花巻が立浪に探るような眼(め)を向けてきた。
「虎穴(こけつ)に入(い)らずんば虎子を得ず、です」
立浪は使い古された諺(ことわざ)で話を逸(そ)らした。
これ以上、花巻に踏み込まれたくはなかった。
「で、立浪ちゃんは虎穴でどんな虎の子を手に入れたのかな? シベリアトラ? アムールトラ? まさかのホワイトタイガー?」
「花巻さんの五億の脱税スクープを『スラッシュ』で報じろと大河内に命じられました」
それまで花巻の顔に浮かんでいた笑みが消えたのを見て、大河内の話が真実であるのを立浪は悟った。
「あっと驚く、た~め~ご~ろう~。クレージーキャッツのハナ肇(はじめ)でーす……って、ハナ肇って誰やねん!」
花巻がすぐにいつものおふざけモードに戻り、ふたたび一人ノリツッコミをした。
「脱税した五億を都内のマンションに振り分けているというのは本当ですか?」
立浪はさらに踏み込んだ。
「ピンポーン! 本当だよ~」
花巻が無邪気に笑いながら言った。
「花巻さん、笑い事じゃないと思います。大河内にそんなネタを摑(つか)まれて、どうするつもりですか?」
立浪は花巻の肚(はら)を探るために疑問をぶつけた。
「それは僕の質問だよ~。立浪ちゃんこそ、どうするの? 大河内の命令に従って、僕の脱税記事を『スラッシュ』に掲載する気? 固い絆で結ばれた同志をこくぜいちょーに売るつもり?」
冗談めかしているが、花巻の瞳は笑っていなかった。
「私が大河内にたいしてどれだけ恨みを持っているか知ってますよね? もちろん、そんなことはしません。その代わり大河内との関係を、隠し事なしにすべて話してください。私と花巻さんの結束が揺らいでいたら、大河内を倒すことはできません」
「オーケーホーケー! 隠し事なしにぜーんぶぶっちゃけるよ。大河内の邪魔なタレントや対立するプロダクション社長のスキャンダルを売ってあげてたんだよ。実を言うとさぁ、『Sスタイル』の中富社長の居所(いどころ)をリークしたのは僕なんだよね~」
「えっ……」
花巻の告白に立浪は二の句を失った。
「だってあれは、中富社長が監禁されていた倉庫の清掃員が仕掛けたカメラだと言ってなかったですか?」
花巻からは、ラブホテル代わりに倉庫を使うカップルのセックスを盗撮しようとした清掃員が仕掛けたカメラに、中富が暴行を受けている現場が偶然映っていると聞かされていた。
「あれは嘘だよ。僕が部下に大河内を尾行させて盗撮させたのさ」
花巻が悪びれたふうもなく言うとウインクした。
立浪は鈴村と顔を見合わせた。
「つまり、中富社長が『帝都(ていと)プロ』の所属タレントを引き抜いた黒幕だと大河内にリークしたのは、金を強請り取るために花巻さんが仕組んだことなんですか?」
「ザッツラーイト!」
立浪が訊ねると、花巻が親指を突き立て得意げに笑った。
「一粒で二度おいしいってやつだよ。大河内みたいな金のなる木からは、絞り取るだけ絞り取らないとね~」
花巻が歌うように言った。
(第55話につづく)
「じゃあ、大河内が中富(なかとみ)社長を監禁暴行した動画も花巻さんが使わせてくれるんじゃないか? そうなれば、新しい爆弾を探す必要もないわけだしな」
「保険はかけとかないとな。脱税スクープの話をしても花巻さんが大河内と全面対決するとはかぎらない」
立浪は冷静な口調で言った。
花巻も大河内に負けず劣らずの策士なので、信用するわけにはいかない。
「たしかに、それは言えるな。大河内を敵に回すより軍門に下ることを選択する可能性も十分に考えられる」
鈴村が思案顔で言った。
私はフリーのジャーナリストの牧瀬と申します。投稿記事の話、興味があります。もしよろしければ、こちらの番号に連絡をください。
立浪は携帯番号を打ち込みXに送信した。
携帯番号は素性(すじょう)を知られたくない相手のために購入したトバシのスマートフォンのものだ。
「これからどうするんだ?」
鈴村がビールのグラスを傾けながら訊ねてきた。
立浪のビールはまったく口をつけられておらず、炭酸が抜けていた。
「まずは花巻さんに大河内から言われたことを伝える。花巻さんがネタを使うかどうかわからないから、同時にXにも接触を試みる」
「X?」
「さっきのツイッターの投稿者だ。いまDMを送った」
立浪は初めて温(ぬる)くなったビールに口をつけた。
「Xなんて奴はあてにならないから、花巻さんを引き込むべきだな。それにしても花巻さんが大河内と以前から通じていたとは……蛇(じゃ)の道は蛇(へび)だな」
鈴村が小さく首を振りながらため息を吐(つ)いた。
立浪は立ち上がった。
「トイレか?」
「行くぞ」
「どこへ?」
鈴村が訝しげな顔を上げた。
「引き込むんだろう? 花巻さんを」
立浪は言いながら個室を出た。
鈴村の足音があとを追ってきた。
☆
「僕を呼び出すなんて、立浪ちゃんも偉くなったね~。腰の低かったタレントがブレイクしたらマネージャーを顎(あご)で使うって話を聞くけどさ~。まさか、立浪ちゃんがそうなるなんてね~。しかも、夜の十時過ぎに『スラッシュ』に呼び出すなんてさ~。まるでフリーの記者扱いだよね~」
鈴村に先導された花巻がチクチクと嫌味を言いながら、ミーティングルームに入ってきた。
「すみません。『リアルジャーナル』の事務所では話せない理由がありまして」
立浪は腰を上げ、花巻を正面の席に促した。
校了日ではないので、「スラッシュ」の編集者はほとんど残っていなかった。
「すみません、自動販売機で買ったのでこんなのしかなくて」
立浪は缶コーヒーと缶の緑茶を花巻に差し出した。
「夜中に、僕を職場に呼びつけた上に百十円の飲み物でもてなそうだなんて、雑に扱われるようになったもんだね~」
花巻の皮肉は続いた。
「花巻さん、そのへんで勘弁してやってください。立浪は花巻さんにとって有益な情報を持ってきましたから」
立浪の隣に座った鈴村がフォローした。
「なぬ? なぬなぬなぬ!? ゆーえきな情報!? それは、大臣クラスの政治家の収賄(しゅうわい)の情報とか!? それとも、アカデミー賞主演男優クラスの国民的俳優が女子中学生と援助交際している証拠写真とか!? はたまた、東京オリンピック金メダリストの八百長(やおちょう)の台本があるとか? なになになに~早く教えてよ~」
花巻がプレゼントを催促する駄々っ子のように爛々(らんらん)と瞳を輝かせた。
これも演技だとすれば、花巻は恐ろしい男だ。
「その前にまず、花巻さんに質問させてください」
立浪は花巻を見据えた。
「僕に質問? いいよいいよ~。なんでも訊(き)いてちょーだい! 財津一郎(ざいついちろう)ふうにやってみたんだけど……って、財津一郎って誰やねん!」
花巻が下手(へた)な関西弁で一人ノリツッコミをした。
「大河内さんと以前からネタの売買をしていたというのは本当ですか?」
立浪は花巻の悪乗りには付き合わず、単刀直入に質問をぶつけた。
「あらららら~。こりゃまたびっくり玉手箱! どうして立浪ちゃんがそれを知っているのかなぁ?」
花巻が一貫して悪乗りで受け答えするのは、心を読まれないためなのかもしれない。
「大河内から直接聞きました」
「立浪ちゃんも、大河内に会ってるんだぁ」
花巻が立浪に探るような眼(め)を向けてきた。
「虎穴(こけつ)に入(い)らずんば虎子を得ず、です」
立浪は使い古された諺(ことわざ)で話を逸(そ)らした。
これ以上、花巻に踏み込まれたくはなかった。
「で、立浪ちゃんは虎穴でどんな虎の子を手に入れたのかな? シベリアトラ? アムールトラ? まさかのホワイトタイガー?」
「花巻さんの五億の脱税スクープを『スラッシュ』で報じろと大河内に命じられました」
それまで花巻の顔に浮かんでいた笑みが消えたのを見て、大河内の話が真実であるのを立浪は悟った。
「あっと驚く、た~め~ご~ろう~。クレージーキャッツのハナ肇(はじめ)でーす……って、ハナ肇って誰やねん!」
花巻がすぐにいつものおふざけモードに戻り、ふたたび一人ノリツッコミをした。
「脱税した五億を都内のマンションに振り分けているというのは本当ですか?」
立浪はさらに踏み込んだ。
「ピンポーン! 本当だよ~」
花巻が無邪気に笑いながら言った。
「花巻さん、笑い事じゃないと思います。大河内にそんなネタを摑(つか)まれて、どうするつもりですか?」
立浪は花巻の肚(はら)を探るために疑問をぶつけた。
「それは僕の質問だよ~。立浪ちゃんこそ、どうするの? 大河内の命令に従って、僕の脱税記事を『スラッシュ』に掲載する気? 固い絆で結ばれた同志をこくぜいちょーに売るつもり?」
冗談めかしているが、花巻の瞳は笑っていなかった。
「私が大河内にたいしてどれだけ恨みを持っているか知ってますよね? もちろん、そんなことはしません。その代わり大河内との関係を、隠し事なしにすべて話してください。私と花巻さんの結束が揺らいでいたら、大河内を倒すことはできません」
「オーケーホーケー! 隠し事なしにぜーんぶぶっちゃけるよ。大河内の邪魔なタレントや対立するプロダクション社長のスキャンダルを売ってあげてたんだよ。実を言うとさぁ、『Sスタイル』の中富社長の居所(いどころ)をリークしたのは僕なんだよね~」
「えっ……」
花巻の告白に立浪は二の句を失った。
「だってあれは、中富社長が監禁されていた倉庫の清掃員が仕掛けたカメラだと言ってなかったですか?」
花巻からは、ラブホテル代わりに倉庫を使うカップルのセックスを盗撮しようとした清掃員が仕掛けたカメラに、中富が暴行を受けている現場が偶然映っていると聞かされていた。
「あれは嘘だよ。僕が部下に大河内を尾行させて盗撮させたのさ」
花巻が悪びれたふうもなく言うとウインクした。
立浪は鈴村と顔を見合わせた。
「つまり、中富社長が『帝都(ていと)プロ』の所属タレントを引き抜いた黒幕だと大河内にリークしたのは、金を強請り取るために花巻さんが仕組んだことなんですか?」
「ザッツラーイト!」
立浪が訊ねると、花巻が親指を突き立て得意げに笑った。
「一粒で二度おいしいってやつだよ。大河内みたいな金のなる木からは、絞り取るだけ絞り取らないとね~」
花巻が歌うように言った。
(第55話につづく)