リクエスト・アンソロジー 第三期刊行! まえがき特別掲載
文字数 2,669文字
編者が、今いちばん読みたいテーマで、
いちばん読みたい作家たちに「お願い」して書いてもらう、
「下から目線」の新作アンソロジー・シリーズ、待望の第三期が刊行されました。
超豪華ラインナップがそろった、本好き垂涎の二冊、
まだお読みでない方のために、
おふたりの「まえがき」をご紹介します。
『スカートのアンソロジー』まえがき
朝倉かすみ
たいへんにまぁ幸せな仕事をさせてもらった。
わたしは、わたしの好きな作家たちに、わたしの決めたお題でもって小説を書いてもらったのだった。
いや、光文社のスズキさんという人から話を持ちかけられたときは、だいぶ困惑した。正直、イヤだった。
わたしはどちらかというと、好きな人、憧れの人とはなるべく関わりを持ちたくないほうだ。物陰からそっと「好きだな……」と覗き見する、そんな距離感が望ましい。できればその人たちの視野にすら入りたくない。だって、ちょっとでも認知されると、その人たちに嫌われる可能性が発生する。そう、ことこの件に関して、わたしは信じられないくらい卑屈である。なんならいくらでも卑屈になれる。
それでも話を受けたのは、それが夢のようであったからだ。
千載一遇レベルのチャンスと思えたからである。
わたしの好きな作家たちは、わたしの考えたお題をおもしろがってくれるだろうか。
わたしの好きな作家たちは、それぞれの作品とわたしの書いたのが一冊の本に収録されるのを不快に思わないだろうか。
※わたしだって併録されるのは気が重くてならないが、それがこのアンソロジー制作の条件だとスズキさんが言うのだった。
ほかにもいろいろ、ちいさいあぶくみたいな不安や心配が胸にあがってきてはプチプチ弾けたりしたのだけれど、「小説宝石」での掲載が始まったら、そんなの、ぜんぶ、吹っ飛んじゃった! わたしの胸のグズグズなんて、ほんと、どーでもよくなった。毎回、胸が高鳴り、読む喜びをぞんぶんに味わった。その喜びが分厚くなっていく。「スカート」というお題で、みんなで遊んでいる感じ。待って、楽しい。なにこれ。
だから、一冊にまとめるにあたっては「小説宝石」掲載順にした。
およそ一年、ほぼ月一ペースで読んだわたしの興奮が、どうか伝わりますように。
『絶滅のアンソロジー』まえがき
真藤順丈
孤高ぶるな、作家面するな、と常日頃から自分を戒めていても、油断するとすぐにたそがれて頬杖を突いて教科書の文豪面をしてしまう。実際に小説を書くのは孤独な作業であるからで、とはいえ僕は完全な真空の中ではただの一作も書けない。
長篇であっても短篇であっても、その時々で書いている自作ごとに座右の書が欠かせない。執筆中の小説にとって範となり、題材や文体を違う角度から点検させてくれるもの。毎朝起きる力をくれて、疲れや乱調を癒やし、本来の小説の面白さを思い出させてくれるもの。そういう本はもはや本自体が仕事場のシェア・パートナーのような存在感を放ち、書き進めている原稿にとっての〈導き手〉に、友人が少ない身の〈親友〉に、あるいは作り手として呼吸を継いでいくための〈ペースメーカー〉になってくれる。
あくまでもその作品、その本自体が、ということです。本書『絶滅のアンソロジー』は、僕にとって特別な小説の生みの親たちにこちらからお題を出し、一冊の本の表紙に名を列ねてもらうという、誰よりも僕=真藤にとっての贅沢きわまりないプロジェクトなのである。喩えるなら、僕がもしも独裁者を志す政治家だとしたら、アル・カポネやナポレオン、ガイウス・ユリウス・カエサル、チンギス・ハーン、織田信長やらウガンダのアミン大統領やらがまとめて自宅に押し寄せて、なんでうちに? と訊くんだけど帰ってくれず、圧倒されすぎてひとたまりもなく轟沈する感覚なのである。いや違うか、語弊がありすぎるか。やっぱり〈導き手〉や〈親友〉の線に戻します。そちらでお願いします。
アンソロジーには昔から目がなかった。古今東西のさまざまな叢書に手を伸ばし、多くの作家との出会いを得てきた。ある縛りや一つの題材から、一つとして同じものがない作品群が生まれ、相互作用でちかちかとニューロンのように感応しあい、唯一無二の、異種横断的(クロス・スピーシーズ)な宇宙がどびゃどびゃっと展がる。ある種の祝祭であり、文芸というジャンルの精華であり、なかんずく短篇小説という絶滅危惧種となりやすい表現形式を庇護し、雑種交配によって生き延びさせていく最良の手段であることは言うまでもない。
というわけで、お題の〈絶滅〉について。
えーこんなご時世に不穏当すぎない? という向きもあるだろう。
だけどちょっと待ってくれ、そういうことを言うあなたは、エントロピー増大の法則についていかがなお考えなのか。時勢を問わずに僕たちは、この世界の森羅万象は〈絶滅〉に向かって収斂していくものなのだ。参加してもらった書き手には、カタストロフィ方向やレッドリスト的な〈絶滅〉でなくてもかまいませんとお伝えしてある。絶滅の二文字から喚起しやすいパニック小説でも、人類が滅んだあとの終末小説でも、この世から絶滅あるいは絶滅しかけているレトロスペクティヴな事物(灯台守とか電話交換手とか)を材にとってもらってもよい。僕たちの内側で絶滅に瀕している何か、若さとかありあまる自由な時間とか、尊厳とか寛容さとか、口座の貯金額とか……、忙しなく過ぎていく毎日のなかでそれらをふと顧みる的な、自己を見つめなおす的な、そういう実生活と結びついた思索小説だってウェルカムということだ。
これは意外とメロウでアンニュイな小説集になるかもしれない、とひそかに思っていたのだが……なにしろ依頼した顔ぶれが顔ぶれなので、集まってきた〈絶滅〉小説群は、編著者の予想をやすやすと超えてきた(読者におかれては各作品でなにが絶滅するのかを推測しながら読むのも一興かもしれない)。結果として、サスペンス小説からSF小説、動物小説、歴史小説に格闘技小説、果てには神話、と控えめに言ってもあまりにも豊饒で豪華絢爛な、年間ベストや傑作選を凌駕するアンソロジーを編むことができたと自負している。こんな一冊を世に送りだせるなんて、これほど小説家になってよかったと素直に喜べることはないかもしれない。
さて、御託はこのぐらいでいいだろう。あとはこの本を開いてくれた読者の楽しく安全な夜を祈るばかりだ。読むことの歓びと快楽に満ちたアンソロジーの世界にようこそ。
どうかごゆっくりお楽しみください。