第60回

文字数 2,762文字

夏が来たといってもいいのではないか。


ひきこもり同士諸君は、梅雨でカビないよう除湿を使いこなそう。

文明の力で四季折々の快適な籠城ライフ!


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

「ひきこもりと言えども、たまにはお日様の光を浴びた方がいいよ!ガンバガンバ!」と今絶対流行らないノリの女性タレントみたいなことを言ってはみたが、正直私も日が出ている間はあまり外出しないようにしている。


まず日の光を浴びると「ジュッ」という音と共に、賞味期切れの鶏肉を焼いた臭いがする、というのもあるが、一番の理由は人と遭遇しないためである。


私だけではなく、人とのエンカウントを避けているひきこもりは多いと思う。

その理由は主に三つあり、1つは己の現状に対する説教を食らいたくない、2つ目は自分の姿を他人に見られるのが恥ずかしい、そして周りに恐怖を与えないためだ。


全て、他人が自分に注目していると信じて疑っていない病(ビョウ)が引き起こす自意識過剰なのだが、正直ひきこもりになる人間は自意識過剰、少なくとも他人の目を気にし過ぎなタイプが多い。


逆に、他人は自分のことなど一切見ていないという絶対的自信があるなら、カジュアルな格好で来てくれと言われ、いつもの「ブラトップ、リラコ、フラットミュールと呼ばれるただのサンダル」という、女をダメにするユニクロ三種の神器でパーティに馳せ参じたら全員正装している孔明の罠にハメられても、そんなことは歯牙にもかけずローストビーフの列に並べるし、とんだ恥をかいた、もう外に出られない、人間コワイ、とはならないのだ。


逆に言えば、どれだけきちんとしていても、絶えず他人が自分に注目し、品定めしていると思い込めば外も他人も怖くなり、人の目がない所にひきこもりたくなってしまうのは必然である。


よって、人の目が怖くてひきこもっているタイプの人間は「他人はそこまで手前のことを見ていない」ということを意識することが重要である。


しかし「それが無理」なのがひきこもりであり「そうはいっても人は割と自分のことを見ている」という主張をされる方も多いと思う。


実はこれは事実であり、私がひきこもりになった原因も「周囲に己の社会の一員としてどうかと思う行動が全部バレていた」というのが一番大きい。

よって、会社の退職日、燃えさかる会社を背に私が思ったのは「意外と見られているものだ」である。


このように「人はそこまで自分のことは見ていない」も事実だが「意外と人は自分を見ている」のも事実なのである。


ここは天国ではない、かといって地獄でもない、略して「何も言っていない」状態になってきたが、自意識過剰な人間の特徴として「自分が相手の立場だったら」という想像を全くしていない、というものがある。


例えば自分が、不特定多数の他人がいる場に行ったとして、その中で注目するとしたらどんな人物だろうか。


おそらく90年代ギャルゲー主人公みたいな無個性な人間をジロジロ見る、ということはないだろう、見るとしたら明らかに不釣り合いな美少女を連れ、何故かその美少女がそのモブ野郎に惚れている言動を取っている時だと思う。

もしくは単純に、モヒカン皮ジャントゲ肩パットの人、もしくは全身ユニクロだが隣の人を殴っている人や、見えない誰かとずっと喋っている人、などである。


つまり、他人が他人の言動を逐一気にするとしたらそれは「目立っている時」なのだ。

それも、良い意味で注目というのは、イケメンが雨に濡れた子猫をかばってトラックに轢かれるぐらいしないとされないが、「悪い意味」なら舌打ち一つで結構目立ってしまうのだ。

ちなみにイケメンはその後無事異世界転生したので安心してほしい。


つまり私が周りに悪事が露見して会社にいづらくなったのは「他人は意外と自分のことを見ている」からではなく、単純に仕事を真面目にやっていないなど、悪事をしているから目立っていたのだ。


つまり「目立つような悪いことをしていなければ、他人はそこまで自分を見ていない」が正しい。

よって自分の行動を振りかえり、そんなに注目を浴びるような行いをしていなければ、もう少し自信をもって外に出ても良いと思う。


逆に私は「こんなことしてたら悪目立ちして、コミュニティにいられなくなるのは当然だ」と「納得」することができた。

何も解決してないように見えるかもしれないが「納得」というのは大事である。

何事も「何故上手くいかないのか不明なまま上手く行かない」というのが一番悪い、

そうなると、自分がただ不遇で理不尽な目に遭っているような気がしてしまうし、ひきこもっていることに対しても「このままでいいのか」という気持ちが消えないと思う。


その原因さえわかれば、それを正したり「自分はどう頑張っても仕事中にスマホを触ったり蝶々を追いかけにいってしまい、人に迷惑をかけるからひきこもっているのがベストである」とひきこもりであることにも自信が持てるようになった。


しかし、子どもに挨拶をしただけで「事案」として保護者にLINEが回ってしまう昨今である。

特に悪いこともしていないのに注目され排除されてしまうこともあるかもしれないが、それはもはや「そんな狭量な世の中が悪い」のだ。


しかし、日本は切腹の国である、周りのせいにするより、全ての責任を自分で追い、自ら腹を切るのが美しいという文化だ。

それは「自己責任論」として今も脈々と受け継がれ、人様や国に迷惑をかけるぐらいなら餓死という、事実上切腹をする人は未だに多い。


ひきこもりも「とりあえず全部自分が悪いので、自分が消えれば解決するだろう」という動機でひきこもっている人もいると思う。


何でも周りのせいにするのも良くないが「全部自分のせい」というのもかなりレアである。

自分のせいと思うなら私のようにマジで全部自分のせいだったと「納得」できる理由を見つけるか、それが見つからないなら「私がひきこもりなのは、全部とは言わないが半分ぐらいはお前らのせい」と思った方がいい。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

★次回更新は6月25日(金)です。

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