第7回

文字数 2,418文字

感染拡大がいったん収まり、一部外出や経済活動が解禁されたものの

「withコロナ」時代を生きることになった人類。


仕事も飲み会も「家でやろう」に変わり、パリピやリア充から

まさかのひきこもりに主役の座が移ったように見える。


しかし、「明治維新以来の日本の夜明け」とのぬか喜びは禁物、

そこには様々な罠も潜んでいた!?


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする

困難な時代のサバイブ術!

「ひきこもり」というのは、基本的にコスパの良い生き方である。


外に出なければ金を使わないという話ではない。

外出自粛により通販や課金にはまり、コロナの被害を受けたわけでもないのに給付金おかわりをお上に祈るしかなくなっている人間もいるぐらいだ。

外にいようが中にいようが金はいくらでも使える。


しかし、同じ金を使うにしてもひきこもりの方が圧倒的に「自分のため」に使うことができる。

そして金だけではなく「時間」もほぼ自分のために使うことができるのだ。


「ひきこもり」というのはだいたい一人でやるものである。

「二人でひきこもり」というのはある意味一人よりも絶望感が漂う。今にもこうせつがフォークギターを弾き出しそうだし、窓の外には神田川が見える。


よってひきこもり体質の人間というのは、外界が苦手であると同時に「一人が好き」な場合が多いのだ。

言い方を変えれば「孤独に強い」ということであり、これは「無限にYoutubeやPIXIVを見ていられる」の次に、ひきこもりの大きな能力の一つである。


孤独というのは想像以上に人の精神を蝕むものであり、パートナーが構ってくれないという寂しさから浮気をし、さらに「寂しがらせた方が悪い」という義務教育を終えているなら言わないであろうことまで言わせてしまったりする。


孤独な老人の中には、生保レディ(42歳)と話すためだけに言われるがままに保険に入ったり、それはまだマシな方で、中には人間と喋りたいという理由だけでクレーム電話を繰り返す人間もいるという。


つまり孤独というのは、人間の脳みそを液状化して鼻から出させる力があるので、孤独にやられた人間は著しく知能と倫理観がなくなり、他人に迷惑をかけ、己の首を締め、時には金すら失うような行為をさせてしまうのである。


その点、ひきこもりはパートナーが不在で寂しがるどころか「今日は帰らない」と言われるや否や、全裸になって全身にスパンコールをまぶし始める。

それはそれで知能が下がっているような気がするが、テンションは上がっており「今夜のソロパーティーナイトをどうすごそうか」と、両手にスマホとニンテンドースイッチ、股間にリングフィットアドベンチャー状態になるので「寂しい」などと言って、マッチングアプリを立ち上げることはまずないのだ。


「孤独」を「自由」というポジティブなものと捉えられるのはひきこもりの長所といえよう。


しかし、逆にいえば、ひきこもりは、自分に金や時間を全ブッパして人間関係への投資を怠っているとも言える。


人間関係への投資は、投資先を間違えると本当に金と時間をドブに捨てた上にマイナスにすらなるが、適切に投資すればリターンはちゃんとある。


では、人間関係の投資を怠ったひきこもりが、どういう時困るかというと「困った時」である。


私は今でこそ生粋の無職のひきこもりだが、二年前までは会社で事務員をやっていた。

だが社内でも私は「ひきこもり」であった。


出社した瞬間に便所に籠って出てこないというわけではない。必要最低限の仕事だけして周りの人間とも必要最低限の会話しかしなかったのだ。

出来るだけ他人と関わらない、というひきこもりスタイルを社内でもやっていたのである。


仕事は大して難しくもなく、周囲との連携が必要というわけでもないので、平素はそれでも事足りるのだが、仕事というのは虎舞竜がつきものであり、なんでもないような事が幸せだったと、その時気づくのである。


こういう時に人間関係への投資が生きてくる。

平素から同僚や上司とコミュニケーションが取れていれば、ミスをしてもすぐ報告や相談ができるが、取れてないと問題を「とりあえず自分の中だけに保留」にしてしまったりするのだ。

皆さんも、自分の中だけに保留し続けた問題が爆発して大問題になっている奴を、一度は見たことがあるのではないだろうか。

普通の人なら「何故もっと早く言わなかったのか」と思うだろうが、そういうタイプは言う以前に「誰に言ったらいいのか」すらわかっていないのである。


人間関係に投資しておくことで、困った時、周囲への頼りやすさが格段に変わるのだ。

人は一人では生きていけないので「周囲に助けを求められない」という状況を自ら作り出してしまいがちなひきこもりは、何もない時は自由で快適だが、何か問題が起こった時、問題を一人抱えたまま沈みがちなのである。


時間も金も貴重であるから、出来るだけ自分のために使いたいと思うものだし、ひきこもり体質の人間は特にその気持ちが強い。


しかし、それを続けていると、困った時頼るところがないという大きな「孤独」を感じることになり、鼻から脳みそがマーライオンの如く噴射されることになる。


ひきこもりは孤独に強い。しかしひきこもるという行為自体が、ひきこもりの孤独耐性をもってしても太刀打ちできない孤独を生み出すことにもなる、ということを覚えておこう。

★次回は6月19日(金)更新です。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中。

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