『ザ・ベストミステリーズ2021』/千葉優花子(ndd)
文字数 2,146文字
プロのデザイナーが、「本」のデザインについて語るエッセイ企画『装幀のあとがき』。
今回は『ザ・ベストミステリーズ2021』をご担当していただいた、next door designの千葉優花子さんに筆を執っていただきました。
書き手:千葉優花子(next door design)
1997年神奈川県生まれ。武蔵野美術大学卒業後、株式会社tobufuneを経て、池田進吾のアシスタント・デザイナーとしてnext door designに所属。
HP:next door design
Twittr:nextdoor_d
『ザ・ベストミステリーズ 推理小説年鑑』は、昨年に発表されたミステリー短編小説の中から、日本推理作家協会が選んだ優れた作品を掲載する、というとても豪華な企画です。
『ザ・ベストミステリーズ』のデザインを弊社が手がけるのは2018年からで、今年で4度目。今年から私と新しい編集者の方が制作メンバーに加わったことを機に、「せっかくなのでリニューアルしましょう!」「有りものの素材ではなく、イラストレーターの方に装画を描き下ろしていただきましょう!」という贅沢な話になりました。進め方としては、前任の池田進吾のディレクションの元、私が実作業を担当しました。
今回、装画をお願いしたのはコラージュアーティストの松下悠見さんです。
松下さんの作品にはずっしり・しっとりとした質感があって、品のある上質なミステリーの雰囲気にぴったりだと思いました。
松下悠見さん公式サイト
https://yumimatsushita.tumblr.com
打ち合わせでは、収録作品に出てくるモチーフを組み合わせてコラージュしていただくことと、背景の色はデザインで変える予定なので背景無しで作っていただくことだけをお伝えして、あとはほとんどお任せでお願いしました。
最初に届いたラフがこちらの2枚。
まずモチーフの選定が的確で素晴らしいと思いました。打ち合わせの段階で既にそうでしたが、中身を深く読み込んでいただいていることがよく分かります。
松下さん曰く、
A)各モチーフがわかりやすく見えるように繋げたイメージ
B)各モチーフが組み合わさって混ざったようなイメージ+隠れドクロ
とのこと。
(B)の、まるでひとつの生き物のようにモチーフが混ざり合っているというアイデアも大変面白く、デザイナーとしてチャレンジしてみたい気持ちにも駆られましたが、やはり(A)の方が各話のモチーフが繋がっているという意図が分かりやすく、表1から表4へのうねるような流れが素敵だったので、(A)をベースに進めていただくことにしました。
その上でひとつだけ、のっぺらぼうの部分がただの黒い影になってしまっているのが惜しいなと感じました。そこで、(B)のように黒い影の縁に人の顔のようなニュアンスをつけられないかご相談して、2回ほどやり取りをして出来上がったのがこちらの完成版です。
松下さん曰く、顔を切り取ったような縁(断面)を付け加え、立体感、空虚感を表現したとのこと。
素晴らしい仕上がりです。文字を置く前からミステリーの怪しい気配がゆらゆらと立ち昇ってくるようです。こちらでデータをいただきました。
素敵な作品に触発されて、張り切ってデザインラフをたくさん作りました。
編集者さんと相談した結果、最もシンプルな(1)に決まりました。
カバーと表紙には「クロコGA」という、名前の通りワニの皮のようなエンボスのついた紙を使いました。触り心地が良くて、蛇のようにぬらぬらと光ります。
目次や奥付もカバーの絵と同じ雰囲気にすることを意識して作りました。
イラストを使う装幀は絵を活かすことを考えて作るのが基本ですが、今回は特に松下さんの絵があったからできた装幀だと思います。眺めて美しく、読んだ後には「なるほど!」と思えます。ぜひ書店で実物を見て、読んで、見直して、何度も楽しんでいただけたら嬉しいです。
編:日本推理作家協会 定価:1,980円(本体1,800円) 四六変型 272ページ
装画:松下悠見(Yumi Matsushita)
1987年生まれ。
桑沢デザイン研究所 スペースデザイン専攻科卒業。
インテリアデザイン事務所に勤務しながら2013年からコラージュを作り始める。
現在は個人でコラージュ制作及び内装設計業務をしながら活動中。
コラージュを軸に平面に限らず立体や映像などの手法で実験的にコラージュ表現をする。
収録作一覧
結城真一郎「#拡散希望」…「小説新潮」2020年2月号(新潮社) 【第74回日本推理作家協会賞(短編部門)受賞作】
青崎有吾「風ヶ丘合唱祭事件」…「ミステリーズ!」Vol.100(東京創元社)
芦沢央「九月某日の誓い」…「小説すばる」2020年5月号(集英社)
一穂ミチ「ピクニック」…「小説現代」2020年11月号(講談社)
乾くるみ「夫の余命」…「オール讀物」2020年7月号(文藝春秋)
北山猛邦「すべての別れを終えた人」…『ステイホームの密室殺人 1 コロナ時代のミステリー小説アンソロジー』(星海社)
櫻田智也「彼方の甲虫」…『蝉かえる』(東京創元社)
降田天「顔」…「小説すばる」2020年6・7月合併号(集英社)