何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。
文字数 2,478文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
今回の話題作
『花束は毒』織守きょうや読むのにかかる時間:約2分56秒
文・構成:ふくだりょうこ
■POINT
・小さな痛みをともなう“探偵”との出会い
・主人公・木瀬芳樹と探偵・北見理花のバランスの良さ
・真実は知らないほうがいいのか
■小さな痛みをともなう“探偵”との出会い
「あんなことを平気でできる人間に、普通の人間がまともにやりあってかなうわけがありません」
“加害者”の父親が語る言葉。だからと言って、誰かが止めなければ、悲劇は続くのだ。
物語は主人公・木瀬芳樹が中学生のころの回想から始まる。入学したばかりの木瀬は、従兄の聡一が砂まみれになっている弁当をゴミ箱に捨てているところを偶然目撃してしまう。彼はいじめられていたのだ。それ以降、木瀬はできるだけ聡一と一緒に過ごすようになったが、ある日、聡一が盗まれてしまった大事な腕時計を取り返してほしいと依頼している場面を目にする。校内で探偵の真似事をしているという少女――北見理花の鮮やかな手口を目の当たりにした木瀬は「聡一がいじめられている証拠をつかんでほしい」と依頼する。北見はその依頼に応え、いじめの“被疑者”の追放を果たすが、木瀬の心には小さな棘が残った。
6年後、木瀬は北見と再会を果たす。彼女は探偵事務所に勤めていた。木瀬は今回も依頼主だ。その内容は、自分の元家庭教師だった真壁研一のもとに届く脅迫状の犯人を突き止めてほしいというものだった。
■主人公・木瀬芳樹と探偵・北見理花のバランスの良さ
父が検事正、祖父が高裁判事、母は元裁判所書記官。木瀬は法曹界のサラブレッドと言われるにふさわしい、いささか度がすぎるほど真面目な青年だ。
中学生のときを含めて、木瀬は北見に2度依頼をしているが、いずれも自分のためではなく、人のためだ。「どうして他人のためにそこまで?」と聞けば、「自分の大事な人が困っているのなら、助けるのは当然では?」と曇りなき眼で言いかねない。
真壁に脅迫状が届いたのは、彼に逮捕された過去があるからだと考えられている。それも、強姦容疑というショッキングなものだ。真壁は「自分は何もしていない」と主張している。木瀬も真壁がそんなことをするはずがない、と真壁の主張を信じているのだ。
北見はというと、口には出さないが、真壁をそこまで信用していない。真壁の「自分は無実だ」という言葉にも疑いを持って接している。
信じすぎてしまうと、落とし穴に落ちる。そんな危うさを北見が補完していると言ってもいいかもしれない。
■真実は知らないほうがいいのか
真壁の逮捕歴を知っても、木瀬の態度は変わらなかった。真壁はそのことに安心しつつも、やはり以前のような明るさはなく、どこか怯えていて、心が不安定だった。
逮捕が原因で、友人も恋人もなくした。両親ともほとんど連絡をとっていない。大学も中退し、父親と同じように医者になる道を断たれた。ずっと孤独だった。それでもようやく、恋人と幸せになれるところだったのに、過去の犯罪をほのめかすような脅迫文が届き、大いに動揺する。もし、恋人のかなみにバレたらどうしよう、と。不安定になるのも無理はない。
しかし、北見と共に事実を紐解いていくうちに、彼らの前には次から次へと真壁が冤罪ではないという証拠が出てきてしまう……。
終盤には、大どんでん返しが待っているそのラストには鳥肌が立つ。作中に描かれている「事実」はあってはならないことだし、ホラーファンタジーなのではないか、と思ってしまう。にもかかわらず「こんな行動を起こす人なんていない」とも言い切れないのが、また恐ろしいのだ。
知らないほうが幸せなこともある。本当にそうだろうか、と改めて考えさせられる一冊だ。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
・お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)
・2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)
・「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)
・ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)
・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
・恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)
・高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)
・現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)
・画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)
・ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人)
・人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)
・猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)
・指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)