第11話 愛犬の散歩を装って、DV俳優に直撃取材!

文字数 3,191文字

「立浪さん、あの車じゃないですか?」
 相良の声が、立浪を現実に引き戻した。
 立浪は、相良の指先を視線で追った。
 駐車場に、白のメルセデスGクラスが入ってきたところだった。
「しくじるなよ」
 立浪は言いながら、相良から柴犬のリードを受け取った。
「任せてください」
 相良が頷き、トリミングショップの対面の店の前に移動した。
 アングル的に、最高のポジションだった。
 車から、黒のカーディガンに黒のスキニージーンズという黒ずくめの芸能人ファッションに身を包んだ細身の男が降りてきた。
 ニット帽とマスクで顔の半分以上は隠れているが、男は柏木に違いない。
 巨大なタンポポの綿帽子のような毛に包まれた白い犬が、オスカルという犬だろう。
 助手席から降りたキャップを目深(まぶか)に被った女性……杏奈が、小走りに柏木のあとに続いた。
 柏木は、杏奈に並ばれたくないかのようにトリミングショップに向かい早足で歩いた。
 歩幅が違うので、杏奈は柏木になかなか追いつくことができなかった。
 トリミングショップの前にいる立浪との距離は、十メートルを切った。
 立浪も、トイプードルと柴犬を連れて足を踏み出した。
 八メートル、七メートル、六メートル……柏木との距離が、縮まってゆく。
「素敵なワンちゃんですね。なんという犬種ですか?」
 五メートルを切ったところで、立浪は柏木に話しかけた。
 柏木は足を止め、立浪から二頭の犬に視線を移した。
「ありがとうございます。ビションフリーゼという犬種です」
 柏木は立浪に視線を戻し、笑顔で答えた。
 さすがは、外面のよさに定評のある男だ。 
 杏奈は柏木に追いついていたが、緊張のせいか顔が強張(こわば)っていた。
「初めて見ました。カットとか、大変そうですね」
 立浪は前屈みになり、オスカルの顔を覗き込みながら杏奈に目顔で合図した。
 思い出したように、杏奈が柏木を笑顔で見上げた。
「たしかに大変ですが、それが魅力の犬ですから。それではトリミングの時間がありますので、これで失礼……」
 シャッター音に、異変を察知した柏木の表情が強張った。
「ちょっと、君、いま写真を撮ったよね?」
 柏木が、相良の存在に気づき足を踏み出した。
「『スラッシュ』ニュース部の立浪と申します」
 立浪は柏木の前に立ちはだかり、名刺を差し出した。
「えっ? 君は……」
 柏木が、狐(きつね)に摘ままれたような顔で立浪と二頭の犬を交互に見た。
「犬の散歩がてら、柏木さんを張っていました。お隣にいる方は、彼女さんですよね?」
 立浪は、ICレコーダーを取り出し訊ねた。
「違いますよ。今日はこの子のトリミングの日だから、スタッフについてきて貰(もら)ったんですよ」
 柏木が口もとに笑みを湛(たた)えながら言った。
「柏木さんは、スタッフにDVをするんですか?」
 立浪は、涼しい顔でジャブを放った。
「DV!? 突然、なにを言うんですか。もう、悪い冗談はやめてください。この子の予約がありますので……」
「では、DVの件は杏奈さんに取材させて貰いますね」
 立ち去ろうとした柏木の足が、立浪のかけた言葉で止った。
「ちょっと待ってください。どうして杏奈君の名前を知っているんですか?」
 振り返った柏木が、怪訝(けげん)な表情で訊ねてきた。
「まあ、仕事柄情報網は広いので。少しだけ杏奈さんのお時間を頂いても……」
「この子を頼む」
 柏木が立浪の言葉を遮(さえぎ)り、杏奈にオスカルを渡した。
「え……」
 杏奈が、困惑した顔を柏木に向けた。
「僕はちょっとこの人と話があるから、先に行っててくれないかな。いつものトリマーさんに、いつものように頼めば大丈夫だからね」
 立浪の手前冷静に振舞っているが、内心、激しく動揺しているに違いない。
「あ、はい……」
 杏奈が、逃げるようにトリミングショップに向かった。 
「柏木さんが、取材に協力してくれるんですか?」
 立浪が言いながら手を上げると、相良が駆け寄ってきた。
「ええ。僕に疚(やま)しいことはないので、誤解を解いておきたいと思いまして」
 柏木が、毅然(きぜん)とした態度で言った。
「ありがとうございます。私達も、きちんとした裏付け取材をして信用性の高い記事にしたいので。では、どこかのカフェで……」
「いえ、僕の車でお願いします」
 言い終わらないうちに、柏木が踵(きびす)を返して駐車場に向かった。
 立浪は相良に二本のリードを渡し、柏木のあとに続いた。
                  ☆
「最初にお訊ねしたいのですが、僕と杏奈君が恋仲だとかDVだとか、こんなデマをリークしたのは誰ですか?」
 ドライバーズシートに座るなり、柏木が確認してきた。
 杏奈を君付けで呼ぶなど、柏木はどうしても彼女をスタッフにするつもりのようだった。
「申し訳ありませんが、情報元は明かせません」
 立浪はパッセンジャーシートに座りつつ、にべもなく言った。
 柏木はまだ、飼い犬に手を咬(か)まれたことに気づいていない。
 相良は、ラゲッジルームで二頭のレンタルドッグの相手をしながら聞き耳を立てていた。
 愛車に編集者と記者を招き入れ釈明しようとするとは、柏木がかなり狼狽(ろうばい)している証(あかし)だ。
 無理もない。
 交際していた未成年女性に柏木がDVしていたと、「スラッシュ」に掲載されれば間違いなく彼の俳優人生は終わる。
 柏木に待っているのは、莫大な違約金と好奇と嘲(あざけ)りの眼だ。
 普通の芸能人なら事務所を盾(たて)に逃げるはずだ。
 だが、柏木は頭のいい男だ。
 事務所に任せてもスキャンダルが報じられるのを止められないと判断し、自らが防波堤になる覚悟をしたのだ。
 昔から、なんでも自分で解決してきたのだろう。
 しかし、柏木には誤算があった。
 今度ばかりは、持ち前の口先のうまさだけで切り抜けられはしない。
「そうですか。とにかく、僕と杏奈君はそういう仲ではなく仕事上の付き合いしかありませんから」
 柏木が、平静を装い言った。
「柏木さんは、恋人を君づけで呼んでいるんですか?」
 立浪は、二発目のジャブを放った。
「もう、参ったな~」
 柏木が目尻に人懐っこい皺(しわ)を刻みながら、「GODIVA」の箱を差し出してきた。
「難しいお話の前に、よかったらどうぞ。記者さん達もお疲れでしょうから、糖分を補給してください」
 柏木が、無邪気な笑みを浮かべて箱の蓋(ふた)を開けた。
 これが、監督からADまで骨抜きにしてきた柏木の人たらしたる所以(ゆえん)だ。
「いえ、甘いものは得意じゃないので」
 噓(うそ)――本当は、甘党だった。
 これから地獄に送る相手から貰ったチョコレートを食べる気になれないだけだ。
「それは残念です。君は?」
 柏木が振り返り、箱をラゲッジスペースの相良に差し出した。
「僕も大丈夫です」
 相良も即答した。
「じゃあ、僕だけ頂きますね。きちんとした説明をするのに、頭をクリアにしておきたいですから」
 マスクを外した柏木がボンボンショコラを一粒摘(つ)まみ、CMのアイドルさながらに爽(さわ)やかな顔で齧(かじ)った。
「お水も失礼しますね」
 いちいち断り、柏木が水素水のボトルを取り出し二、三口流し込んだ。
 一見やり過ぎに思える気遣いだが人気俳優にやられれば、なんて腰の低い紳士的な人だ、とスタッフは感激するだろう。
「回します」
 立浪はICレコーダーを掲(かか)げ、柏木に断りを入れた。
 裁判になったときに、盗聴だと証拠として提出できないからだ。
「どうぞ」
 余裕たっぷりに、柏木が頷いた。
(第12話につづく)

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