『Cocoon 修羅の目覚め』/夏原エヰジ 1巻まるっと太っ腹試し読み⑧

文字数 7,651文字

最強の花魁×異形の鬼!

人気シリーズ「Cocoon」の第1巻『Cocoon 修羅の目覚め』をどどーんと太っ腹に1巻まるまる試し読み! 


毎日1章ずつ公開していく「毎日コクーン」、第8回めです!


「まぁた瓦版が出ちまったよ。ちゃんと結界は張られてたのに、どうやって見聞きしたっていうのかねえ」


 道中の支度を終えて暇を持て余していた瑠璃は、津笠の部屋で寝転がり、瓦版と睨めっこをしていた。


 千住での鬼退治の後、またも黒雲の活躍は大々的に瓦版に掲載された。瑠璃の正体を隠す能面は、悪目立ちもしてしまう。戦闘の前後、何人かによって黒の着流し姿が目撃されていたのだ。例のごとく、黒雲の鬼退治は元々の噂を基にした想像の産物であるものの、江戸中に知られるところとなっていた。


「暴れた跡はどうしたって残るんだろうし、仕方ないじゃない。それより戻ってきた時はびっくりしたよ。顔におっきな傷作ってるんだもの。花魁の顔に傷が、って楼主さまも大慌てだったしね」


 津笠は鏡台の前に腰を下ろし、化粧を施している。


 瑠璃はそっと頰に手を触れた。


 件の鬼につけられた傷は、確かに花魁業に差し支えるほど痛々しいものではあったが、すでに跡も残らず綺麗に治っていた。


 瑠璃は昔から、身体能力とともに体の再生能力がずば抜けて高かった。炎はそれを、飛雷を扱えるくらい、瑠璃が強い力を持っていることに起因すると言っていた。


 しかし、胸元にある刀傷のような跡と、そのまわりにある小さな雲のような痣だけは、幼少の頃から消えることはない。いつ、どのようについたものかも記憶にない。黒羽屋での仕事の際は念入りに白粉を塗って隠さねばならないので、瑠璃にとっては厄介であった。


「ちょいと、そんな格好してたら、せっかく錠吉さんが結ってくれた髪が乱れっちまうよ」


 津笠は後ろで寝転がっている瑠璃を振り返った。


「大丈夫だよ、錠さんの髪結いの腕はすごいんだ。ちょっとやそっと暴れたって、全然崩れねえんだもん」


 錠吉と権三は、護衛役にもかかわらず瑠璃に怪我を負わせてしまったことを、気に病んでいた。特に錠吉は鬼の怨念を当てられてほとんど動けないでいた上、瑠璃にかばってもらう形になったので、己の不甲斐なさを強く恥じているようだった。


 妓楼で働く男は、遊女を立て、守るために命を懸けているといっても過言ではない。それが男たちにとっての誇りでもあるのだ。文字どおり体を張って戦う黒雲の仕事ともなれば、その気持ちが強まるのは至極当然だ。


 中でも真面目がすぎる錠吉は、どれだけ瑠璃に謝罪をしても足りない様子だった。この日の髪結いでも、切腹するかのような面持ちで何度目かの詫びを口にしたため、もういいってんだろ、と瑠璃は声を荒らげてしまったくらいだ。


「それで、今回の鬼退治はうまくいったのかえ」


 津笠は優しく瑠璃に聞いた。


 瑠璃は事の顚末を津笠に話して聞かせた。いつものように錠吉に頼んで、鬼の正体を突き止めてもらっていた。



 千住に現れた鬼は、小さな女郎屋の端女郎(はしじょろう)だった。


 女は身籠っていた。


 吉原では妊娠をすれば、よくても中条流の堕胎医を呼んで、悪い時には見世のお内儀や遣手などの素人によって腹を搔きまわされ、子どもは無理やり堕ろされる。


 位の高い遊女であれば見世が持つ寮で養生をし、出産することもできたが、そのような扱いを受けられる者はごく少数だ。無事に産むことができても、遊女である身の上で育てることなどできるはずもなく、里子に出されることがほとんどだった。


 ましてや幕府公認でない岡場所で妊娠などしようものなら、忌み嫌われても仕方ないこととされていた。

 件の鬼となった女も、身籠ったことが発覚するや否や、店から追い出されることになってしまった。


 女は間夫であった浪人崩れの男に泣きついた。米問屋である伊崎屋の用心棒をしていた男は、将来のことを匂わせては、遊ぶ金欲しさに女にたかるような輩だった。だが、他に頼る当てなどなかった。


 男は卑しいものでも見るような目つきで女の腹を思いきり蹴飛ばし、店からさっさと出ていってしまった。金づるとしての用はもう終わった、と吐き捨てて。


 腹を蹴られたことで子どもは流れた。女も流産によって見る見るうちに体が弱り、間もなく死んだ。


 小さな女郎屋での妓の扱いはむごいものである。楼主も男を咎めるでもなく、女の死骸を近くの寺に投げこんだだけで終いにしていた。


 自身のみならず腹の赤子まで蹴り殺された女は、理性を失った鬼となった。そうして、間夫が所持していたのと同じ伊崎屋の手ぬぐいを持つ男を、片っ端から殺害していたのだった。


 錠吉が聞き及んだところによると、無残に殺された男たちの中には、その浪人と思しき男がいたそうだ。


 しかし、殺意の対象を仕留めた後も、鬼の怨嗟は止まらなかった。



 事の次第を話すと、津笠は黙りこくった。瑠璃も寝たまま座敷の天井を見つめ、考えこむように口を閉ざしていた。


 これまで職も年齢も関係なく、様々な鬼と対峙してきた。さりとて今回の背景には子を喪った女の重い経緯があったと知り、瑠璃は陰鬱な気持ちをずっと振り払えないでいた。


 ──返して。私の子なの、返して……。


 自分は吉原屈指の大見世の花魁。たとえうわべだけでも大切にされ、顔の傷一つで大事になるくらいだ。

望めば見世を休めるし、納戸の隠し通路からいつでも大門の外に出ていける。称賛を浴び、宝物のように扱われる日々を送っている。


 だが裏では、あの鬼になった女のような怨念が、知らぬうちに渦巻いているのかもしれない。


 ──黒羽屋の妓たちも、同じなんだろうか。


 沈みこむような暗い感情が心をよぎる。


 瑠璃は、己の立場が特殊であることを自覚していたつもりだった。しかし今回の鬼退治で、その歴然たる差異を改めて突きつけられたようで、どうにもできないやりきれなさに苛まれていた。


「恨みを晴らしたとて一体、何になるってんだ」


 煮えきらない気持ちを、ぼそりと口にする。瑠璃にはどうしても解せなかった。


 なぜ、鬼は恨んでいた男を殺しても止まらなかったのか。どこまでも深く堕ちていきそうな笑い声、鬼哭、瑠璃の心に入りこんできた念。復讐を遂げたはずなのに、何を求め、さまよっていたのか。


 虚空を渋面で見つめていた瑠璃は、まとわりつく思考を振り払うように横を向いた。


 津笠は鏡に向きなおって化粧をしながら、瑠璃のぼやきを何も言わずに聞いていた。紅を品よく整った下唇につけ、鏡越しに、ごろんごろんと転がる瑠璃を眺める。


 突然、瑠璃はがばっと顔を上げて鏡に見入った。鏡の中から、津笠がきょとんとした顔で見つめ返している。


「何だえ?」


 玉虫色に輝く口元が、にっこりとほころぶ。瑠璃はまた仰向けになった。


「いや。なんでもない」


 津笠は不思議そうな顔をしたが、化粧を再開した。


 一方で瑠璃は天井を見つめたまま、心がざわつくのを感じていた。普段は一切かかない冷や汗が、細い首筋を伝う。


 鏡越しに見た津笠の顔が一瞬、今まで見たことのない表情をしていたように見えたのだ。しかし、鏡の中の顔はいつもと何ら変わらなかった。瑠璃は自分の心が千住での戦い以来、不如意にぐらついているのを実感せざるをえなかった。小さくため息をつく。


「瑠璃は、鬼の心を知りたいんだね」


 津笠が言葉を選びながら、ゆっくりと話しかけてきた。


 瑠璃は再び鏡の方に向きなおった。津笠は子どもにするかのように、優しく瑠璃に微笑みかけている。


 その笑顔を見て、瑠璃は毒気を抜かれたような気持ちになった。


 別に知りたくなんかない、とぶっきらぼうに言ってそっぽを向く。


「鬼ってさ、自分の死に方と同じ方法で、殺しをするのかしら」

「え?」


 唐突な発言に、瑠璃は首をひねった。


「だって、押上にいた鬼は溺死、千住の鬼は腹を裂いてたんだろう。臓腑が引きずり出されてたって夕辻も言ってたけど、もしかして赤子を探してたんじゃないかな。自分を死なせた奴、お気楽に生きてる浮世モンに報いというか、同じ苦しみを味わわせたいのかもしれないね」


 殺し方の意味など、瑠璃は考えてみたことすらなかった。思慮深い津笠の意見に思わずうなる。


「そういえば権三さんに聞いたんだけど、今回は行灯部屋の幽霊を使ったんだって?」


 津笠の声色は、どこか心配そうだ。


「ああ、楢紅か」


 瑠璃はそうだと答えると、また憂鬱な気分へと逆戻りした。


 脳裏では二年前、黒羽屋に来て一年が経った頃のことを思い出していた。



 瑠璃が十五で黒羽屋に来た際、お喜久はすぐに瑠璃が潜在的に持つ力を見抜き、黒雲の頭領に任命した。最高位の花魁になることもすでに決まっていたので、瑠璃は大いに驚き、当初は困惑した。


 だが一年もすると見世での生活にもだいぶ慣れ、任務にも数回出たことで、自信がついてきていた。


 そんな折、昼間はどこかに出ていることの多いお喜久が、珍しく昼見世の前に瑠璃を呼び出した。そして、黒羽屋の一階にある行灯部屋へと連れていった。


 行灯部屋には幽霊がいる。


 瑠璃は遊女たちがする噂を、たびたび耳にしたことがあった。


 仕事に不真面目だったり客に粗相をしたりすると、妓楼では決まって行灯部屋で折檻を行う。折檻の方法はかなり残酷かつ無慈悲なもので、痛めつけられた遊女が死んでしまうこともあった。


 瑠璃はその実態を知っていたので、そりゃ幽霊くらい出るだろうよ、などと軽く考えていたのだが、遊女たちの怖がりようは異常にも見えた。


 瑠璃が行灯部屋に入ると、お喜久は近くにいた若い衆に、しばらく誰も入れないように、と言って襖を閉めた。


 もしや、いつもは見世のことに口出しをしないお内儀から直々に折檻されるのか、と瑠璃は日頃の生活態度を思い返して胸騒ぎを覚えた。


 四十手前で瘦せぎすだが、昔の綺麗であったろう面影を今も色濃く残すお喜久は、普段から感情を読み取ることが難しかった。その顔が陰り、険しくなっているような気がしたのだ。


「こっちにおいで」


 心配をよそに、お喜久は行灯部屋の奥へと瑠璃を誘った。


 行灯部屋は薄暗く、掃除もほとんどされておらず埃っぽかった。道中のための箱提灯や張見世部屋に置かれる巨大な行灯、有明行灯などがぎっしり置かれた部屋の奥には、一畳分だけ物がどかされ、床がのぞいている。床板にはよく見なければわからない程度の、小さな窪みがあった。


 お喜久はその窪みに指をかけ、おもむろに引き上げる。


 床はいとも簡単に持ち上がった。床下には梯子がかけられ、地下へと通じていた。


 瑠璃は驚いた。自室にある地下の構造とそっくりだったからだ。


 お喜久は行灯部屋にあった手燭に火をともすと、無言で梯子を降りていく。おいで、と再度言われて、瑠璃は不安ながらも好奇心が勝り、恐る恐る梯子を降りた。


 地下にあったのは六畳ほどの小さな部屋だった。当然ながら真っ暗で、お喜久の持つ手燭の弱々しい灯りだけが頼りである。空気がやけにひんやりしていて、瑠璃は小袖の上から腕をさすった。


 地下部屋には、中央に縦長の大きな箱が置いてあるのみだ。お喜久が箱に近づいていくので後を追った瑠璃は、ふと箱の中身に勘づき、立ち止まった。


「これって、棺でござんすか」


 首筋に悪寒が走るのを感じた。


 普通の棺桶は、死骸を膝を抱えこむ姿勢にして埋葬するため、さほど大きくはない。


 だが目の前にある棺は細長く、中にいる者が、まっすぐの姿勢で横になっているのが想像できた。


 棺は白木造りで、上板を載せているだけの簡素な見た目だった。上板の中央には梵字のようなものが書かれた札が、一枚だけ貼ってある。


 お喜久は問いかけに答えない。黙って手燭を瑠璃に渡すと、白木の上板に手をかけた。


 カタ、と音がして簡単に上板が外れる。


 ほのかな灯りをかざし、棺の上から中をのぞきこんだ瑠璃は、徐々に見えだした中身に絶句した。


 白髪を結い上げ、見事な衣裳を着た、美しい遊女が横たわっていた。


 陶器のごとく白い肌。真っ赤な紅を差した口元は微かに笑っているようで、人形を思わせた。棺に入れられてはいるが、腐敗はしていない。棺の中で眠っているようにも見える。


 しかし、生者とは異なる尋常ならざる気配を、瑠璃は感じ取っていた。全身がぞくりと粟立つ。


 遊女の眉下には、薄赤い文字で「封」と書かれた白布が巻かれている。まるで、恐ろしいなにかを隠しているかのようだった。


「これは黒雲の頭領が鬼退治に使う、大切な傀儡だ」


 お喜久は沈黙を破り、静かに言った。


「式、と呼ぶこともあるがね。陰陽師の話を聞いたことがあるだろう。魔をもって、魔を祓う。そのために使役されるのが式だ」


 しばらく言葉を失っていた瑠璃は、掠れた声で聞いた。


「これは……鬼、ですよね」


 今まで見てきた鬼と似た空気を、白髪の遊女から感じていた。額に角は見当たらないが、紛れもなく鬼の気であった。


「しかも、生きている」

「そうさ」


 お喜久は横たわる遊女を見下ろした。


「これは闇に没した遊女。自らの意思で地獄に心の臓を売り、贄とすることで、生きながらにして鬼になった。いわば、生き鬼なんだよ」


 表情一つ変えずに説明する。


「あまりに強い力でね、先代の黒雲も完全に退治することはできなかった。だから封印によって力を抑え、使役することにしたんだ。これの目を見た者はどんなに力の強い鬼や妖、人でも、跡形もなく滅せられる」


 お喜久はしばし置いた後、視線を落とした。


「ただし、成仏などという生易しいものではない。魂そのものが呪われ、滅びるんだ。浮世にさまようことはおろか、極楽浄土にも地獄にも行けず、ただ消え失せる。輪廻転生の輪から強制的に外されて、その存在は無にされるのさ」


 瑠璃は恐怖の色を浮かべてお喜久を見た。


「こんな……」


 うわ言のようにつぶやく。


 ──こんなことって。


 鬼は、死んでなお恨みの念を遺す者がなるもの。生きたまま鬼になるなど、到底信じることができなかった。


 だが、目の前にいる遊女は美しさと相反し、今まで見てきたどの鬼よりも異様で、禍々しい気を放っていた。鬼の持つ邪気と似てはいるが、触れるだけで気の病に冒されるような、瘴気ともいえるものだった。


 黒雲頭領として少しは鬼の放つ気に慣れたはずだったが、あまりにも桁違いであった。瑠璃は心胆を寒からしめられる思いがした。


「これの名は楢紅。瑠璃、お前には楢紅と主従の契約を結び、使役してもらうよ」


 予期していなかった発言に、瑠璃は思わず後ずさった。


「冗談でしょう。こんなおぞましいものを、使役だなんて。わっちは絶対に嫌です。大体、それだけ呪いの力が強いんだったら、使役するモンはどうなってしまうことか……」


 震える声で訴える。地下の冷気と相まった瘴気に息苦しささえ覚え、いつしか震えが体中に達していた。


「楢紅は使役者に服従する。目を見ないようにさえすれば、危害はおよばない。鬼との戦いでは、お前と妖刀の力だけでは対処しきれないことが、必ず出てくる。お前はまだ未熟だからなおさらだ。楢紅の使役は、黒雲を守るためにも必要なんだよ」


 お喜久は瑠璃のおびえる様子などには目もくれない。


「契約の方法は、この白布にお前の血で〝封〟となぞることだけだ。何事もなく無事になぞり終えれば、主従の契約は成立する」

「何事もなければって……」


 何かが起きると言われてるのと同じだ、と瑠璃は思った。


 それからしばらく、瑠璃は必死に拒み続けた。しかし、お喜久は一切耳を貸そうとしなかった。


 長い押し問答の末、とうとう瑠璃は楢紅と契約することを、半ば強引に承諾させられたのだった。


 お喜久が帯の下に挟んでいた小刀を受け取り、瑠璃は左の手首を少しだけ切りつけた。赤い血が、白く華奢な手首に滲む。それを右手の中指ですくい、恐々と白布に近づけた。


 生きているといっても、楢紅は息をしていなかった。恐ろしく美しい顔立ちに赤い微笑をたたえ、人形のように横たわっている。


 瑠璃は「封」の字をなぞり始めた。


 すると、途端に強烈な悪寒と吐き気が瑠璃を襲った。思わず右手を止め、血が流れる左手で口を押さえる。


 今まで感じたことのないほど邪悪な思念が、瑠璃の中に流れこんできた。嵐のように激しく、本来なら内にあるべき感情の欠片すら読み取れない。


 一体どれだけの怨毒を含んでいるのか、それは救いようのないくらい深い闇に覆われていた。微動だにしない楢紅の艶めかしい微笑みは、瑠璃を深遠なる闇へと手招きするかのようだ。


 瑠璃は見開いた目から、意図せずぼろぼろと涙を流した。呼吸は切れ切れになっていき、体中が制御できないほどに震える。あまりにも重くのしかかってくる思念に、身も心もつぶされてしまいそうだった。意識が次第に闇に埋もれていく。


 その時。


 ────。


 瑠璃の中で懐かしい声がした。自分を呼ぶ、優しい声だった。


 その声に手を引かれるように、瑠璃は闇に吞みこまれかけていた正気を取り戻した。体の震えはもう止まっていた。


 呼吸を整えつつゆっくりと、慎重に右手を動かし、長い時間をかけて無事に「封」の字を書ききった。


 瑠璃の血は元の字にしっかりとなじみ、赤がより鮮明になった。


 お喜久は一部始終を、表情もなく見届けていた。


 こうして、瑠璃は楢紅と主従の契約を結び、使役することになったのだった。


 楢紅は何者なのか。なぜ生きながらにして鬼になったのか。瑠璃がその後いくら尋ねても、お喜久は何一つ教えてくれなかった。



「今まで色んな鬼を見て、怨念に触れて、退治もしてきたけどね。主従の契約を結んだとはいえ、正直あれ以上に薄気味悪いモンはないよ」


 瑠璃は津笠の座敷に寝転んだまま言った。


 ──千住の鬼に楢紅を使って、本当によかったんだろうか。結界が限界だったからって、他に手段はなかったのか。


 重苦しさを吐き出すように、深く嘆息する。


 ──いいや、わっちはきっと楢紅を使いたかったんだ。鬼の、苦しむ顔を見たいがために。どうして、わっちは……鬼を痛めつけることに、悦びを感じるんだろう。こんな感情、どうかしてるってわかってるのに、なんで……。


 津笠は化粧を終えた美しい遊女の顔で、瑠璃の横顔を黙って見つめていた。

★この続きは、明日5月28日(土)17時公開! お楽しみに!

夏原 エヰジ(ナツバラ エイジ)

1991年千葉県生まれ。上智大学法学部卒業。石川県在住。2017年に第13回小説現代長編新人賞奨励賞を受賞した『Cocoon-修羅の目覚め-』でいきなりシリーズ化が決定。その後、『Cocoon2-蠱惑の焔-』『Cocoon3-幽世の祈り-』『Cocoon4-宿縁の大樹-』『Cocoon5-瑠璃の浄土-』と次々に刊行し、人気を博している。コミカライズもされている。2022年5月には最新刊『Cocoon 京都・不死篇-蠢-』が刊行予定。

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