あとがきのあとがき『人間に向いてない』 黒澤いづみ

文字数 1,227文字

PROFILE

福岡県出身。『人間に向いてない』で第57回メフィスト賞を受賞しデビュー。

 とかく悩みすぎるきらいがあります。



 何を人生の一大事として些事とするかは人それぞれとしても、恐らくは多くの人にとっての些事が自分にとっては一大事です。



『異形性変異症候群』改め『人間に向いてない』。この改題についてはとても苦労しました。なにしろタイトルセンスやひらめきが皆無なので、考えども考えども「これだ!」というものが思いつきません。



 すっかり自分のセンスが信じられなくなり、自分というものにほとほと呆れ返って心底嫌気が差したころ、浴槽に二時間ほど浸かりながら絶望的な想いとともに浮かんだのが『人間に向いてない』という言葉でした。



 お察しの通り、タイトルの一案というよりはそのときの自身を切実に表した言葉です。



 しかしこうした切実さから生まれた言葉は何らかの力を持つものなのか、最終的にこの言葉がタイトルとして選ばれることになりました。



 複雑な心境ではあるものの、このタイトルに興味を惹かれたというお話を聞くと、満更悪くない気持ちにもなるものです。



 さて、肝心の『人間に向いてない』本編について。



 応募時のキャッチコピーは「『ひとでなし』の価値を問う。」というものでした。異形性変異症候群という奇病により、社会的弱者が異形となる社会が舞台です。そこで変異者となった優一、その母である美晴にスポットを当てて物語が始まります。



 ところで私は小学生の頃、昆虫が大好きでした。今は少し苦手なところもありますが、種の複雑な生態について興味が尽きませんし、モチーフとしても非常に気に入っています。特に興味深いのは寄生虫ですが、この話は割愛します。機会があればまたいずれ。



 主人公がなぜ虫形の異形なのかというところは、もうさんざん言われていますし内緒にすることでもないので明言しますが、フランツ・カフカの『変身』をオマージュとしている部分があります。『変身』は主人公であるグレゴール・ザムザが、目を覚ますと巨大な毒虫になっているところから始まる物語です。



 この『変身』へのオマージュと、先にお伝えした私の虫好きが合わさって、虫形の異形である優一が主人公となりました。



虫を苦手とする人は多いですが、どことなくコミカルにも見える仕種、チョコチョコとした手足や触角などを見ると、愛らしくも感じます。一見気味が悪く思えるものに対して愛情を持つという客観的な倒錯性も含めて、虫形としました。



 社会的弱者と呼ばれた人々がまさしく『ひとでなし』へと変わったとき、果たしてどのような運命に導かれるのでしょうか。もし自分が変わってしまったら。もし周りの誰かが変わってしまったら。様々な視点で読んでいただけると面白いかもしれません。



 それではまた、次作でもお会いできれば幸いです。

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