第50話 大河内の命令で、人気俳優の醜聞を載せた立浪だが

文字数 2,844文字

「しばらくって、どのくらいですか?」
「そうだねぇ、一ヵ月もあればカタがつくかな。僕がお金を受け取ったら動画を渡すから、大河内に止めを刺しちゃえ刺しちゃえ!」
 無邪気に立浪を煽(あお)る花巻を見て、背筋に冷たいものが走った。
 鈴村が言う通り花巻が大河内と手を組むつもりだとしたら、底なしに恐ろしい男だ。
「わかりました。ただ、牧野のスキャンダル記事を公開するタイミングは私が決めます。まだ取らなければならない裏がありますから。では、仕事に戻ります」
 立浪は席を立った。
「なる早で頼むね~」
 花巻が笑顔で手を振った。 
 最後まで花巻の腹の内が読めないまま、立浪は事務所を出た。
 花巻と大河内は手を組んでいるのか否か……。
 立浪は思考を止めて階段を下りた。
 いま立浪が最優先すべきは最悪の展開に備え、花巻が完全に裏切る前に大河内を仕留める武器を手に入れることだ。
                  ☆
 百六十センチ後半、九頭身、股下八十センチ超え、小顔。
 恵比寿(えびす)のラウンジ「メロウ」のVIPルーム――U字型に設置された白革のソファに座るキャストはみな芸能人だけあり、スタイルもルックスも飛び抜けていた。
 大河内の横に二人、立浪の周囲に六人のキャストが座っていた。
 VIPルームにいるキャストは全員、「帝都プロ」所属のモデルやグラビアタレントばかりだ。
「今日はお前が主役だ。好きなだけ飲んで、好きな女を選んでいいぞ」
 ソファの中央――スカイブルーのスーツに身を固めた大河内が上機嫌で言った。
 大河内の背後には、「帝都プロ」の事務所にいた坊主とポニーテイルの百九十センチ級の大男が二人が立っていた。
 老けて見えるが、二人ともまだ二十代かもしれなかった。
 テーブルの上には一本十数万単位の赤ワインのボトルが四本並んでいた。
 四本とは別の一本は、大河内がラッパ飲みしていた。
「いえ、私は大河内社長に命じられたとおり記事を掲載しただけです」
 立浪はワイングラスを傾けながら言った。
 高級なワインなのだろうが、屈辱で味などわからなかった。
「社長さん、どんな記事が載ったんですか?」
大河内の隣にいた黒髪ロングヘアのキャストが、興味津々の顔で訊ねた。
「これだ」
 大河内が「スラッシュ」を宙に掲げた。

『スキャンダル処女の聖人君子 谷進次郎 クラブのVIPルームでご乱心!』

 巻頭カラーグラビアの大見出しに、キャスト達がどよめいた。
「あっ、知ってます! 谷進次郎(たにしんじろう)さんがクラブのVIPルームで女の子にフェラさせてたやつですよね?」
「あーっ、それ、大ショックです! 私、谷様の大ファンなのに……」
「谷進次郎さんって、清廉潔白(せいれんけっぱく)な人だと思っていたからびっくりです」
「私も驚きました。ほかの俳優なら驚きませんが、あのクリーンで誠実な谷進次郎ですよ!?
 キャスト達が口々に驚きの声を上げた。
「おいおい、お前ら、ふざけるなよ。俺の前でよその事務所のタレントを、よく褒(ほ)められるな」
 言葉とは裏腹に、大河内は喜色満面だった。
 無理もない。今週号の「スラッシュ」に掲載された記事で、谷進次郎は八本のCMから降ろされ、公開予定だった二本の主演映画はお蔵入りとなり、七億を超える違約金を背負うことになった。
 谷進次郎は法を犯したわけではないが、スポンサーが絶対的な権力を持つ芸能界からは抹殺されてしまった。
 これで「帝都プロ」の稼ぎ頭を脅かすライバルはいなくなった。
 牧野健の宿敵を闇に葬ったのが牧野健を葬ろうとしていた張本人だから、大河内の喜びもひとしおに違いなかった。

 いまのうちに、勝利の美酒に浸るがいい。
 次に世の中から吊るし上げられるのは、あんたのとこの金の生る木だ。

 立浪は、満足げな顔でワイングラスを傾ける大河内に心で吐き捨てた。
「谷進次郎さんの写真、どうやって撮(と)ったんですか? VIPルームの中の出来事なのに、よく女の人とそういうことをやってるってわかりましたね?」
 ショートカットが似合う美しい小顔のキャストが、立浪に訊ねてきた。
「フェラしてた女は、俺が雇った」
 大河内が愉快そうに口を挟んだ。
「えー! もしかしてハニトラですか!?
 巨乳を強調したタイトなキャミソールワンピース姿のキャストが、素頓狂な声を上げた。
「ああ、そういうことだ。聖人君子も酒といい女の前では無力だ。同性愛者か不能者じゃないかぎり、このシチュエーションで女を拒むのは不可能に近い。谷は一度の過ちで、これまで築き上げた名誉、金、仕事、人脈、信頼のすべてを失った。お前らも気をつけろ。そこらのイケメンにケツばかり振ってると、売れたときにそいつらが暴露した写真で天国から地獄だ。ま、記事になるほどに売れたらの話だけどな」
 大河内が高笑いした。
「邪魔な相手をハニトラで潰すなんて、社長はやっぱり怖い人なんですね」
 ミルクティーカラーの巻き髪のキャストが、本気とも冗談ともつかぬ口調で言った。
「俺なんかより、週に一回誰かの人生を傷つける立浪君の仕事のほうがよっぽど怖いぞ。俺も昔、大切なタレントを立浪君と同業者の書いた記事で潰されて莫大な違約金を払ったことがある」
 大河内が皮肉交じりに言った。
 そしてその同業者の命を、お前は奪った。
 立浪は大河内の言葉の続きを心で付け足した。
「我ながら阿漕(あこぎ)な商売だと思います」
 肚の中で燃え立つ炎を鎮火し、立浪は自嘲(じちょう)の笑みを浮かべて見せた。
 仇(かたき)のためにライバルの俳優を潰し、仇の祝宴で杯を交わす――屈辱に耐えるのも、仇を油断させて寝首をかくためだ。
「立浪さんは記事にした人が何億の違約金を背負うかもしれないとか、破滅するかもしれないとかを考えて心は痛まないんですか?」
 清純派のアイドルといった清楚な雰囲気のキャストが、棘(とげ)のある声で言った。
「痛まないね。君達が、グルメサイトで高い点数をつけられた店でシャンパンやワインを飲みながら、人間のために殺された牛や豚や羊に舌鼓(したつづみ)を打っているのと同じだ」
 立浪は痛烈な皮肉を浴びせた。
 本来なら小娘の質問は適当に受け流したはずだ。
「それとこれとは……」
「なにも違わない。ほかのなにかを犠牲にして生きているって意味では同じだ」
 立浪は女を遮り吐き捨てた。
 八つ当たりしていることは、わかっていた。
 大河内にたいしての怒りを……。
「立浪君の言う通りだ。お前らの好きなブランドバッグを作るために何十万頭の雄の仔牛が殺されてると思ってるんだ」
 大河内がニヤニヤしながら言うと、キャスト達から悲鳴が上がった。
「お前ら、ちょっと外(はず)せ」
 唐突に大河内がキャスト達に退室を命じた。

(第51話につづく)

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