「ナウシカとかぶってる」 中島たい子

文字数 1,071文字

※2020年小説宝石10月号より
2020/09/24 20:41

上映している『風の谷のナウシカ』を観に行ったら、ナウシカが腐海(ふかい)の毒から身を守るためマスクをしていて、客席でやはりマスクをして観ている自分は泣いてしまった―。


 というネットの記事を読んだ家族が触発されて、それを観に行こうと言う。もう何度も観てるから、と最初は乗り気でなかったが、コロナ禍の映画館の状況を見ておきたかったのでついて行った。そして人が少ない清々(すがすが)しい館内でそれが始まると、ほぼオープニングから私はだだ泣きしていた。何度も観てるが、映画館で観るのは初めてで、これは大きなスクリーンで観るべき作品だと思った。画面が小さいとセリフが先に頭に入ってくるので、絵で語られている小さなものや、奥行きに見る世界観を見落とすことになる。全てが見えて初めて『ナウシカ』なのだ。最後まで感動し続けて、マスクはおしめのように涙をいくらでも吸収してくれることも知った。


 初めてと言えば、長編書下ろしという自身初めての試みで新刊を出す。そんな重い仕事ができるか心配で、自分に近しい主人公を設定したら「スランプ中の老映画監督」に落ち着いた。作中の会話には、皆さんがよく知る映画も色々と出てくる。大学時代、映画評論家の品田雄吉(しなだゆうきち)氏の授業を受けていて、そこで観た映画もできるだけ紹介したかった。品田先生はエンタメから実験映画まで分け隔(へだ)てなく、面白いものはなんでも愛する人だった。映画とは特別なものではない、生きるのに必要なものだと教わった。その大切なものが二の次になってしまう今の世界が心配になる。維持させる努力をしなきゃと思う。


 長編小説も映画的というか、笑って泣けるものに仕上がった。とはいえ新境地と言えるほど違うものは書けなかったなぁ、と反省したが、『ナウシカ』を観て帰ってきたらテレビで『未来少年コナン』(同じ宮崎駿(みやざきはやお)演出)を再放送していて、巨匠もけっこうかぶってる、と少しホッとしたのだった。

2020/09/18 18:07
2020/09/18 18:09

【あらすじ】

スランプ中の老映画監督のもとに、次々出戻ってきたいい年した子供たち。図らずも一家集結したところで事件発生! 家宝の脚本がなくなった!? 家族と過ごす時間が劇的に増えた今、一番身近で一番大切な人たちと向きあう勇気をくれる、笑いと涙の物語。


【PROFILE】

なかじま・たいこ

1969年、東京都生まれ。多摩美術大学芸術学部卒。2004年「漢方小説」で第28回すばる文学賞を受賞してデビュー。近著に『万次郎茶屋』『パリのキッチンで四角いバゲットを焼きながら』など。

2020/09/18 18:09

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