第47話 新編集長・伊佐見の嫌みな攻撃をかわした立浪だが

文字数 3,175文字

 立浪はなにごともなかったように作業を続けた。
 谷のスキャンダルなどどうでもよかった。
 世紀の大スキャンダルをスクープした立役者として役職と給料が上がったとしても、大河内が無傷なら立浪にとっては一円の価値もない。
 ここは我慢――立浪は己に言い聞かせた。
 いま立浪がやるべきは、大河内の従順な犬として油断させることだ。
「ちょっといいか?」
 背後から声をかけられた。
「見ての通り校了日が近いから忙しいんだ」
 立浪は振り返らずに言った。
 忙しいのは本当だったが、暇でも同じふうに言うつもりだ。
「保身がタータンチェックのスーツを着ているような編集長に、牧野健の話をしてもいいのか?」
 立浪は厳しい表情で振り返った。
「怖い顔で睨(にら)む暇があったら、ちょっとつき合え」
 鈴村は言い残し、フロアの出口へ向かった。
                   ☆
「お前、いったい、どういうつもりだ?」
 ミーティングルームに入るなり、立浪は鈴村に詰め寄った。
「お前こそ、俺を外して一人でなにをしている?」
 鈴村は退(ひ)かずに問い返してきた。
「外すもなにも、もともと俺の問題だ」
「一緒に戦おうって言っただろう? 花巻さんとも引き合わせたし。得るものを得たら、俺は用済みか?」
「その花巻さんが黒木ってスタッフを付けてくれたよ。だから、お前が心配する必要はない」
「自惚(うぬぼ)れるな。お前を心配してるわけじゃない。言っただろう!? お前の親父(おやじ)さんには、ずいぶんとかわいがって貰った。お前のためじゃなくて、親父さんのために大河内と戦うんだよ」
 鈴村が強い意思の宿る瞳で立浪を見据えた。
「それはお前の勝手な思いだ。とにかく、ここからは俺は黒木と組む。奴はお前と違って修羅場を潜ってきているようだし、戦力になるしな」
 立浪は冷たく突き放した。
「なんだ? 俺を気遣っての優しさのつもりか?」
「そんなんじゃない。本音だ。お前がいると足手纏(まと)いなんだよ」
 申し訳ない、という感情を立浪は殺した。
 中途半端な情けは、鈴村を危険な目にあわせてしまう。
「黒木って男は花巻さんの懐刀だ。花巻さんを甘く見ないほうがいい。どうして黒木をお前につけたと思う?」
 立浪の侮辱的な言葉に気を悪くしたふうもなく、鈴村が言った。
「大河内を潰すのに、俺一人じゃ荷が重いと思ったんだろう」
「お前、本気でそう思ってるのか? お前の目的は大河内を潰(つぶ)すことだが、花巻さんの目的はなんだと思う?」
 鈴村が腕を組み、質問してきた。
「ネタで揺すって大金を脅し取ることだろう? 前にも言ったが、俺は金に興味はない。だから、花巻さんと揉めることもない。もちろん、彼を信用しているわけじゃない。いつ寝返ってもおかしくないと警戒はしてるさ」
「そういうとこ、ちっとも変わってないな」 
 鈴村が呆(あき)れたように言った。
「なにが?」
「昔からお前は、目標を達成するための集中力とエネルギーが凄かった。かといって猪突猛進というわけでなく、勝つための駆け引きにも長けていた。だが、ターゲット以外が見えていないときがある。獲物を捕らえることに集中するあまり、ほかの獲物の動きが眼に入ってないというやつだ」
「俺は忙しいんだ。婉曲(えんきょく)な物言いをせずに、言いたいことがあるならはっきり……」
「花巻さんは大河内が負けると困るのさ。つまり、大河内が勝つことを望んでいる」
 立浪を遮り、鈴村が言った。
「は? そんなわけないだろう。だったら大事なネタを共有し、腹心を貸すか? どうして俺に協力する?」
「大河内を追い詰めて、弱らせて、金を巻き上げるためだ。だが、息の根を止めてしまったら金を取れないだろう?」
「なんだ、そんなことか。打ち合わせのとき、お前もいただろう? 俺がネタを出す寸前のところで花巻さんが寝返り、大河内と取引をする。金を払えばモデル事務所社長の監禁暴行の動画を売るとな。で、花巻さんが大河内から金を巻き上げたあとに、俺が動画を公開する。大河内は、金、権力、自由のすべてを失うってシナリオだ。お前、覚えてないのか?」
「モデル事務所社長の監禁暴行の動画は誰が持っている?」
 立浪の質問に答えず、鈴村が質問を返した。
「花巻さんに決まってるだろう」
 立浪は肩を竦(すく)めた。
「花巻さんが裏切って動画を売ったあと、お前にコピーを渡さなかったらどうする?」
「それはない」
 立浪は断言した。
「どうしてそう言い切れる?」
「考えてみろ。あの大河内が大金を脅し取られた相手を許すと思うか? 花巻さんの立場からすれば、金を取ったら潰しておかないと報復されるのは目に見えている。間違いなく消されるだろう。だから花巻さんは、俺と手を組むことにしたのさ。俺の大河内への復讐心を利用するためにな」
 鈴村の危惧(きぐ)は、立浪も真っ先に考えた。
 花巻が寝返らないと断言したのは、彼を信じたからではない。
 花巻の利害を考えた場合、立浪と手を組んだほうが得だからだ。
「もちろん、その可能性もある。だが、金を受け取ったにも拘らずお前がコピーの動画をSNSに拡散してみろ? 大河内の花巻さんへの怒りは何倍にもなる。お前は大河内の息根を止めると言うが、殺すわけじゃない。社会から抹殺されて刑務所に入っても生きている。大河内の人脈を考えると、生きているかぎり花巻さんは枕を高くして眠れない。だったら早い段階で大河内に接触して、お前との計画と動画を売って金を手にしたほうが得策だと考えはしないか? 大河内に恩を売ることにもなり、花巻さんが詫(わ)びでも入れたら脅し取られるとうより買い取るという感覚になるんじゃないのか? 少なくとも俺が花巻さんなら、お前と動画を売るほうを選ぶよ」
「まあ、たしかに可能性がないとは言えないな。頭に入れておくよ。じゃあ、俺は入稿作業に戻る……」
「花巻さんは昨日、大河内と会っている」
 立浪を遮り、鈴村が言った。
「花巻さんと大河内が!?
 立浪の大声が、ミーティングルームに響き渡った。
「ガタイのいいボディガードを二人引き連れて、午前中に『帝都プロ』に行ったそうだ」
「どうして、お前がそんなことを知ってるんだ!? いい加減な情報を吹き込んで俺を翻意(ほんい)させようって魂胆(こんたん)か!?
 立浪は鈴村に詰め寄った。
「まさか。俺はそんなに策士じゃないさ。秋山太一(あきやまたいち)って作家を覚えてるか?」
 唐突に、鈴村が訊ねてきた。
「お前が担当していた作家で、文学新人賞を取ってからは鳴かず飛ばずが続いているよな? まだ書いてるのか?」
「ああ、細々とな。実は、秋山さんは元興信所の調査員でな。最近は本も出してないし生活も苦しいみたいだから、秋山さんを雇ったんだ」
「まさか……」
 鈴村が厳しい表情で頷(うなず)いた。
「どうにも花巻さんのことが引っかかってね。ここ数日、秋山さんに花巻さんを尾行して貰ったんだよ」
「誰がそんなこと頼んだ。大河内に睨まれる前に、さっさと手を引け!」
「俺には、お前を花巻さんに紹介した責任がある。安心しろ。俺も馬鹿じゃない。家族を危険にさらすつもりはないさ。大河内はお前に任せた。俺は花巻さんを監視するよ。それなら心配はないだろ?」
「花巻さんは、どうして大河内に会った?」
「さあな。盗聴器を仕掛けてるわけじゃないから、そこまではわからないさ。一つだけはっきりしてるのは、花巻さんがお前と大河内を天秤(てんびん)にかけているということだ。足を掬(すく)われるなよ」
 鈴村の忠告に、立浪の脳内で非常ベルが鳴り響いた。

(第48話につづく)

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