『母上は別式女』のひみつ①/三國青葉
文字数 2,346文字
さて、「別式女」とは聞きなれない言葉ですが、果たしてその意味は……?
『母上は別式女』登場人物の裏話「『母上は別式女』のひみつ」を、三國青葉さんがtreeのために特別に書下ろししてくださいました!
「別式女」とは大名家の奥を守る女武芸者のこと。御三家や仙台、加賀、長州、肥後、薩摩などの大藩に数名ずつが置かれていた、実在の職務だ。他方、万里村巴は小藩の上総国・雨城藩で5人の別式女たちを束ねる「別式女筆頭」である。その任務は多岐にわたり、藩主の妻女の護衛のほか、家臣の子女への剣術指南なども行った。だが巴は、剣の腕は立つが料理はからっきし。反対に夫の音次郎は、上屋敷の賄い方助として料理の腕をふるっている。そんな「凸凹夫婦」の万里村家には、皮肉屋の父や楽天家の息子もいて、目が離せないのだ。
万里村巴=雨城藩・別式女筆頭。料理が苦手で、夫に頼りっきり。
音次郎=上屋敷の賄い方に勤める。修行と称して高級料亭を食べ歩く。
誠之助=巴と音次郎の一人息子。大人たちを往なす知恵を持つ。
源蔵=隠居の身の、巴の父。口が達者で、音次郎とは仲が悪い。
「母上は別式女」のひみつ その1
雨城〈うじょう〉藩別式女筆頭をつとめる万里村巴の祖父儀左衛門の初恋の女〉は別式女でした。
その女性は儀左衛門の友人寛太の姉、操で六つ年上。剣術の道場で竹刀をふるう、凛々しくも美しい操にひとめぼれした儀左衛門は、操に褒められたい一心で剣術の稽古に熱中したものです。
その後、操は剣術の腕を買われて別式女に抜擢されました。黒紋付の羽織に藍色の袴を着けた操の姿に、儀左衛門の思慕はよりいっそう募ったのです。もう道場へ来なくなってしまった操に会うにはどうしたらよいかと、儀左衛門は必死に知恵をしぼりました。友人の寛太はあまり学問(特に算術)が得意ではなかったので、勉強を教えるという名目で寛太の家へ出入りすることができれば、姉である操にも会えるに違いない。そう思いついた儀左衛門は勉学に励み、特に算術では右に出る者がいないほどとなりました。そして、まんまと寛太の家へ出入りすることに成功したのです。
寛太に勉強を教えてあげていると、お茶とお菓子を運んできた操が、ねぎらいの言葉をかけてくれたりして、儀左衛門は心の中で何度もガッツポーズをしたのでした。そんなこんな、嬉しくてちょっと恥ずかしい日々を過ごすうち、やがて操は縁あって他藩の遠い親戚へと嫁いでしまい、儀左衛門の初恋ははかなくも終わりを告げたのでした。その後ふたりが再会することはありませんでした。幼い初恋の思い出は、儀左衛門の心の小箱にそっとしまわれたのです。
さて、数十年の月日が流れ、得意の算術のおかげで勘定方組頭にまで出世した儀左衛門は、家督を息子の源蔵に譲り、穏やかだけれどなんとなくつまらない日々をすごしておりました。
そこへある日、源蔵に子が生まれました。女の子にしては凛々しい赤子の顔立ちを見た瞬間、儀左衛門の脳裏に初恋の人との甘く切ない思い出がよみがえり、なぜかついでに天啓まで得たのです。
「この子はきっと操様と同じ別式女になる!」調子に乗った儀左衛門は赤子を『巴』と名付けました。名は体を表すと申します。源平合戦で活躍した女武者の巴御前にあやかって、強い女子になりますようにという願いを込めたのです。源蔵は、その名前にたいそう難色を示しましたが、そこは父の権限で押し切ってしまいました。
巴が四つになると、儀左衛門は自ら作った小さな木刀を与え、素振りをさせました。巴を蝶よ花よと育てようとしていた源蔵とは真っ向から対立したものの、ここでも儀左衛門は『父親の命は絶対』というカードを切って無理を通したのです。
祖父の勝手な思い込みの犠牲になるのかと危惧された巴は、ままごと遊びよりも剣術のほうが性に合っていたと見え、めきめきと上達し、道場でもすぐに頭角を現しました。不思議なことに、儀左衛門は巴に「別式女になれ」とは一度も言いませんでした。必ずなれると信じていたからでしょうか。巴が別式女に抜擢される5年前、儀左衛門は急な病でこの世を去りました。
兵庫県生まれ。お茶の水女子大学大学院理学研究科修士課程修了。2012年「朝の容花」で第24回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞し、『かおばな憑依帖』と改題してデビュー(文庫で『かおばな剣士妖夏伝 人の恋路を邪魔する怨霊』に改題)。幽霊が見える兄と聞こえる妹の話を描いた「損料屋見鬼控え」シリーズは霊感のある兄妹の姿が感動を呼んで話題になった。その他の著書に『忍びのかすていら』『学園ゴーストバスターズ』『学園ゴーストバスターズ 夏のおもいで』『黒猫の夜におやすみ 神戸元町レンタルキャット事件帖』 『心花堂手習ごよみ』「福猫屋」シリーズなどがある。
諸藩を見渡しても数少ない女剣士・万里村巴は、護衛に武芸大会に剣術指南に大活躍。
新機軸書下ろし時代小説!
「別式女」は実在した。大名家の奥を守る女武芸者のことで、御三家や仙台藩などの大藩には置かれていたが、万里村巴が仕えるたった5万石の雨城藩に6人もいるのは珍しい。なかでも巴はその統率者たる「別式女筆頭」なのである。その任務は多岐にわたり、藩主の妻女の護衛のほか、家臣の子女への剣術指南なども行った。だが巴は、剣の腕は立つが料理はからっきし。反対に夫の音次郎は、上屋敷の賄い方助として料理の腕をふるっているのだ。そんな「凸凹夫婦」の万里村家には、皮肉屋の父や楽天家の息子もいて、まったくもって目が離せないのだ……。