第2回 7万貯まったポイントカードの謎

文字数 3,501文字

第56回メフィスト賞受賞作『コンビニなしでは生きられない』でデビューした秋保水果(あきう・すいか)さんは、自他ともに認めるコンビニファン。その彼と一緒にコンビニの隠された謎に挑戦していこう! という企画、第2回目の今回は、ポイントカードの秘密に迫ります! ポイ活中のあなたも、ポイント貯めるのって面倒じゃない? なあなたも、読んで損はなし‼

 『ポイントカードはお持ちですか?』

 コンビニ店員からこんなことを尋ねられた経験、誰しもが一度はあると思います。

 私は尋ねられるより尋ねる回数の方が圧倒的に多い人生のため、今ではもう座右の銘みたいになっています。

 何しろコンビニでの研修で最初に教わったのがこのポイントカードの有無の確認。お客さんへの挨拶と共に、必ずチェックするよう口を酸っぱくして言われてきました。

 ただ、当時コンビニ入りたての私としては、それはそんなに大事なことなのか? と半信半疑でした。家電量販店や洋服店ならまだしも、コンビニでは数百円程度の買い物で済ませていくお客さんがほとんど。100円分でようやく1ポイント、しかもそれは1円分にしかならないのに、地道に貯めていただくよう促すことに何か意味があるのかと。実際私はコンビニ店員になるまでポイントカードは一切持っていませんでした。

 しかし、初出勤から数日経ったある日、お客さんがこう尋ねてきたのです。

『このカードに貯まった30ポイントで、リプトンのミルクティー500mlを買いたいんだけど』

 まぎれもなくそれは、私が今働くお店のポイントカードでした。

 当時は税率が5%だったとはいえ、それでも105円はするミルクティーを、なんと30ポイント=30円で買えないか、とそのお客さんは注文してきたのです。

 はてさて不思議な申し出です。

新人だった私は困り果てて、しまいには『いったいこのお客さんはなんて大胆な値引き交渉に踏み切ったのだろう?』とただただ狼狽するばかりでした。

 そんな窮地に駆けつけてくれたのは、尊敬している先輩店員のEさん。

彼女は、こちらの状況を察するや慣れた素振りですぐにそのお客さんをある場所まで案内していきました。

 その場所は、なんとチケットなどを販売する操作端末。

いったいどうしてそんなところに? そう思っていると、間もなくE先輩はそこからクーポンらしきものを発券したのです。そして物の見事にレジを介してお客さんにミルクティーを渡したのでした。


 E先輩は懇切丁寧に説明してくれます。このコンビニチェーンでは、1ポイントを1円で使うより遥かにお得な使い道があると。それがこの引き換えクーポン。20円分のポイントで100~200円相当のドリンクが、50円分のポイントで200~300円ほどの新商品のお菓子が貰えるんだよ、とレジカウンターの近くにおいてあった無料配布の月刊誌を指差して言うのです。それは、コンビニでいかにお得にお買い物ができるかが凝縮された攻略本みたいなもの。何月何日に何が値引きされるのか、何が無料で貰えるのか、それ1つあるだけで1ヶ月分の事細かな耳寄り情報が簡単に把握できるのです。

 『なんとなく』でコンビニに足を運ぶ必要はもう無い、とE先輩は言いました。その毎月発行される攻略本を見て、必要な日に足を運ぶだけでいいと。最終的には、お金なんて持ち歩かずにポイントだけでコンビニで買い物ができるようになると。

 E先輩は相当なコンビニ熟練者でした。彼女の所持するポイントカードには、なんと7万ポイント以上も貯まっていたのです。

 前述した通り、本来ポイントは100円分のお買い物でようやく1ポイント入手できます。7万ポイント所持に至るまで、単純に算出するなら700万円分コンビニで消費しなくてはなりません。それは1年間欠かさず毎日2万円近く使ってようやく達成できるかどうか……。そのとき高校生だったE先輩に、果たしてそんなことが可能なのか?

 はっきり言って謎です。E先輩がどうやってそんなにポイントを貯めたのか。確かに一介の女子高生がそんなに貯められるならば、ポイントカードの有無確認は大事に思えてくるものですが。

 気になってそのことを尋ねてみると、E先輩はまたしても攻略本を指差して『そこに全部載ってある』と言うのです。しかしそれだけしか答えてくれず、水分補給をしにバックヤードへと姿を消しました。

 私はお客さんが来ない隙を見計らって攻略本を――無料配布されている月刊誌をめくっていきます。そのうち半分ほどがお試し引換券の案内ページでしたが、もう半分を占めていたのは『ボーナスポイント』のページ。ある期間に特定の商品を買うと、お買い上げポイントに加えてボーナスポイントが加算されるというもの。カフェオレ1つ買って40ポイント獲得など、かなり破格のボーナス。

 これか? と私はまさにその対象商品であるカフェオレを飲むE先輩を見て考えます。商品ではなくボーナスポイント目当てに買い物をすれば……そう、たとえばこの150円弱のカフェオレを1日2本買う。要するに300円弱で80ポイント獲得する生活を毎日1年間続ければ、約3万ポイント貯まる。それをもう1年続ければ6万。7万は射程圏内と言えないか?

 しかしこれは、少なくない資金力と忍耐力が前提の推理。女子高生がボーナスポイント目当てに月間9千円以上も費やすのは、少々並外れています。原付バイクに毎日乗り、ケンタッキーのフライドチキンや映画鑑賞が好きだと言う彼女は、当然コンビニの外でも色々出費しているはずでしょう。

 他に何かしっくりくる答えはないものだろうか?

 後日ネットでポイントを貯める裏技みたいなのを調べてみました。

 すると1つ、気になるブログ記事が見つかります。それは、コンビニ店員にポイントを盗まれたかもしれないというもの。なんでも、会計時にポイントカードを提示した覚えがないのに、受け取ったレシートにポイントが付与された旨が記載されているというのです。状況的に、接客にあたったコンビニ店員がひそかに自分のカードをスキャンしていたのかもしれない、と記事は締め括っていました。

 何も自身のお金でポイントを貯める必要はない。お客さんの会計で、こっそりポイントカードをスキャンしてしまえばいい――そんな最低最悪の手段をとれば、確かにポイントは貯まります。貯まりますが……。



 嫌な考えが頭によぎりました。E先輩がまさかそんな方法で貯めているはずありません。私は翌日勤務が終わってすぐに、防犯カメラでE先輩の過去の動向を念のため確かめました。そのあいだ、共にシフト入りしていた彼女は嫌そうな顔でかなり抵抗してきました。そのただならぬ様子に、言い知れぬ不安が募ります。

 ところが、いくら調べても防犯カメラの映像記録には彼女の不審な行動は一切見受けられませんでした。

 彼女の顔を再度窺うと、舌を出して笑っています。どうやら、私が普段から謎を探していることを知っていて、わざとそういう演技でからかっていたとのこと。

 安心したような落胆したような微妙な気分で、どうやって7万ポイントも貯めたのか再度尋ねてみました。

 するとE先輩はやはり『攻略本に載っている』と言うのです。攻略本を開いた彼女は、すぐに対象となっているポイントカードの写真一覧を指差しました。ガソリンスタンドの絵があるもの、ビデオレンタル店のロゴがあるもの、ケンタッキーで発行されている可愛いデザインのもの。それが答えだと言うのです。

 真相は実にあっけないものでした。そのポイントカードは様々なところと提携していて、コンビニ以外でもお得に貯めることができたのです。E先輩はコンビニだけではなく、その生活すべてをポイントカードありきで過ごしていただけだったと言うのです。

 最近ではポイントで株式運用したり、特典航空券などが交換可能なマイルにも換えたりすることができます。100円分で1ポイントを貯めたり、1ポイントを1円で使う時代はもはやとっくに終わっているのかもしれません。

 さて、勤務中にこのコラムを考えながらレジに立っていたある日のこと、あるお客さんがレジにやって来ました。なんでもない普通のお買い物です。食パンにサラダチキンに水。いつも通り、ポイントカードはお持ちですか? と尋ねたところ、すぐに提示していただけました。何気なく、ディスプレイに表示された所持ポイントを見てみます。



1201043ポイント



 謎はポイントの数だけあると思った秋保でした。

 次回もお楽しみに!

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