【ホラー】『ケイジさん』
文字数 2,118文字
【2020年8月開催「2000字文学賞:ホラー」受賞作】
ケイジさん
著・肴
「ケイジさん」。小学生の間で噂される妖怪は、ある写真を見せてくる。
二学期初日、ギリギリで終わらせた大量の宿題を抱えて教室に入ると、早速その噂が耳に入った。
午後四時ちょうどに一人で外にいると、妖怪に話しかけられるといったよくある都市伝説のような話だ。「ケイジさん」と呼ばれるその妖怪は、古びた自転車に乗って黒いスーツを着ており、誰かが写っている写真を一枚見せてきて「この人知ってる?」と質問してくる。
その姿がまるで聞き込みをする刑事のようなので、「ケイジさん」。ケイジさんの質問に対しては何も答えず無視するか、「知らない」と答えるのが正解で、それ以外の返答をすると大変なことになるらしい。
「大変なことってなんだよ!そこ教えろって!」
「写真に写ってる人間が死んじゃったり消えちゃったりするんだって。」
男子が騒いでいる。
「え、じゃあさ、知らないヤツが写ってたり、消えてもいいヤツだったらさ、はーいその人知ってますって言ってもいいんじゃん。」
確かにと思える言い分に対し、女子が割り込む。
「バカじゃないの!?そういう時にどうでもいい人間が写ってるわけないじゃん!」
「そうそう、だいたいそういうのはさ、いなくなって欲しくない人が写ってるっていうのがテーセツじゃん。じゃないと質問の意味ないじゃん。ちょっとは考えなさいよね。」
「なんだよ俺はバカじゃねーよ!お前らだって五年生にもなってこんなユウレイ信じてバカじゃねーの!」
「はぁ?自分だって盛り上がってたくせになんなの。」
はい、まだ朝礼前だというのに本日の男子女子戦争勃発。担任がドアを開けるまで続くだろう。
「ケイジさん」。夏休みに入る前から、写真を見せて声をかけてくる怪しい人物が出るらしいという話はあった。最初はまあ、不審者が出るみたいだからよい子の皆さん気を付けましょうみたいな雰囲気だったのに、夏休み期間中に起きたある事件がきっかけで、私たち小学生の間で「妖怪だ!」と騒がれる事となった。
八月半ば、ある三十代の女性が忽然と姿を消したのだが、その人の七歳の娘が直前にケイジさんに遭遇し写真を見せられ、「知ってる、その人私のお母さんだよ」と答えたらしいのだ。この話が火種となり、知っていると答えてはいけない、不審者に連れていかれる、あいつは妖怪だ!となってしまったのである。
「ねー、怖いね。気を付けようね…。」
不安そうな顔をしてユリカが話しかけてきた。
「知らないって答えておけば大丈夫なんだし、一人でいなければいいんでしょ?うちらは帰りも毎日一緒だし心配しなくていいって。」
「うん、そうだよね。一緒にいれば大丈夫…。」
大丈夫、大丈夫、と呟きながらユリカは自分の席に着いた。
同じクラスのユリカ。保育園からずっと一緒で、仲がいい。広い庭がある大きな家に住んでいて、犬を三匹飼っている。私は犬が大好きだけど、どんなにお願いしてもうちはペットを飼わせてくれないから、しょちゅうユリカの家に行ってかわいい犬と遊ばせてもらっている。
ユリカは一人っ子で、寂しいから遊びにおいでよ、家に一人でいてもつまらないから泊まりに来てよ、とよく誘ってくれる。二人で寝転がっても余裕の大きなベッドに一緒に入り、好きな男子の話で盛り上がったり、嫌いな先生の愚痴を言ったりする。私はスマホを持ってないから、ユリカのスマホで人気の動画を一緒に見て笑う。私の部屋は床が畳で収納は押入れの和室だから、綺麗なフローリングに大きなクローゼットのあるユリカの部屋が心底羨ましい。
心配性で、ちょっと危なっかしい所があるユリカ。私の大切な幼馴染。ケイジさんが、ユリカの所に行きませんように。
半袖でも暑かったのに薄手の長袖を着るようになり、いつの間にかうるさいセミの鳴き声もすっかり聞こえなくなった。ケイジさんの事も、もうあまり話題に上らなくなっていた。
「あ、ごめん!忘れ物したから先に帰ってて。」
いつものように下校中、学校近くの公園まで歩いた所でユリカが申し訳なさげにそう言った。
「うーん、すぐでしょ?ここで待ってるよ。」
「ごめんね。すぐ戻るから!」
ユリカはパタパタと走って学校へ戻って行った。私は公園の入り口近くにあるベンチに腰を下ろした。空を見上げてもう秋だな、なんて考えていると、キィ、キィと自転車の音が聞こえた。黒いスーツを着た人がこちらへ向かって来る。キィーと嫌な音を立てて私の目の前で自転車が止まった。公園の時計は、午後四時を指していた。
「この人、知ってる?」
そう言って見せられた写真には、ユリカが写っていた。私の友達。私の欲しいものを全部持っているユリカ。私の幼馴染。遠くで、カラスが鳴いている。
また、暑い夏がやって来た。汗を拭きながら学校へ向かう。途中、公園を囲う壁に、行方不明者捜索ポスターが貼ってある。ボロボロになったポスターの中で、私の幼馴染はいつまでも微笑んでいる。