第99回

文字数 2,341文字

相変わらずひきこもりに関するニュースを週一ペースで収集しているのだが、毎週ちゃんと新しい記事がヒットする。

こっちは助かるのだが、国単位で考えるとあまりよくない状況なのかもしれない。


だが、そもそも日本はひきこもりの原産国なのである。

日本でひきこもりの記事がないというのは、香川でうどん屋のシャッターが全部閉まっているレベルの異変といえ、むしろ今年も引きこもりが豊作であることを、宇迦之御魂神に感謝すべきなのかもしれない。


しかし世に出ているひきこもり記事というのは大体深刻であり、ニュースサイトであれば「社会」カテゴリに掲載されていることが多く、未だかつて「エンタメ」に入っていたことはない。


その中でも最近多いひきこもりニュースは、コロナによるひきこもり増加、そして8050問題についてだ。

今日読んだ記事は「ひきこもりの原因は毒親の虐待にある」というもので、ちょっと俺の肩と胃には重すぎる内容のものであった。


だが我が国にひきこもり家庭が多い傾向は確かなのだろうが「問題のあるひきこもり家庭」というのは、ただ単に極力家から出ようとしない人間がいる家庭のことではない。

学校にも行かず仕事にも行かず、他の家族に生活の全てを依存し、支える家族がいなくなった時点で破綻、もしくは既に共倒れになりかけている家庭のことだ。


ひきこもり本人が自立できておらず、さらにそのせいで経済的に逼迫したり、家庭内破壊活動が行われているのが、問題のあるひきこもり家庭ということである。


どれだけ部屋から出てこなくても、壁や家族を破壊することなく、部屋に二兆円あれば問題はないのだ。

つまりひきこもり家庭に二兆円渡せばひきこもり問題は解決である。なんだったらひきこもりがいない世帯にも、二兆円配れば大体の社会問題は解決する。

こんな単純な方法があるのに何故いまだに施行されないのか不思議なくらいだ。騙されたと思って一回我が家に二兆円配布してみてほしい。


ともかく、ひきこもり問題を解決しようと思ったら「部屋から出す」というのはマストではなく、ひきこもったままでも自立し、社会との関わりが持てれば解決なのである。


そんなわけで、今私の部屋の床には「起業時代」という雑誌が横たわっている。


何故床に本が置いてあるのかと思うかもしれないが、「床に物がある」というのはひきこもりの基本である。それがわからないようなら一からやり直しだ。


ひきこもりが起業なんて、魚類が陸上競技に挑むようなものと思うかもしれないが、逆である。

ひきこもりというのは、社会や集団に馴染めなかった人間がなりがちなのだ。

つまり「会社勤め」こそが、ひきこもりという魚類にとっては陸上競技なのである。


会社に所属もできない奴が、起業して会社のトップになるなんてできるわけがないだろうと思うかもしれないが、この雑誌によると、会社を興すだけではなく「イカれた社員を紹介するぜ、俺!以上!」という一人親方、つまりフリーランスも「起業」に入るらしい。


その定義でいうと私も「起業家」ということになり、「そんなもの目指すな」という結論になってしまうが、向いていない会社勤めをして再び自室に凱旋ひきこもりするぐらいなら、自分にできる仕事を一人で請け負う方が、ひきこもりにとって自立の近道なのではないだろうか。


実際この「起業時代」には、「大学時代の仲間と会社を立ち上げた」というあからさまな意識高い系コミュ強の姿が多く見られるのだが、それに紛れるように「俺たち」の姿も散見される


大体そういうタイプは会社設立ではなく、フリーランスになっているだけなのだが、「起業時代」が起業と言っているからにはそれも起業なのだ。


紹介記事によると、現在フリーのライターとして活躍している男性は昔から集団に馴染めず、自分にはとても組織の中で働くのは無理と絶望し、大学を卒業後自決すら考えたが、得意分野である歴史のライターになることにより、自活はもちろんのこと家庭を持つこともできたという。


もちろん起業を勧める雑誌なのでフリーライターという職業がいかに不安定で、親戚の集まりで居場所がないか、等については書かれていないが、自決に比べれば大成功である。


だが、どう見ても彼は一歩間違えれば、ひきこもりとなり8050の50側になりかねなかった逸材だ。

逆に言えば、今50側にいる人間も1歩踏み出せば自立ができるということでもある。


彼のように「会社勤め」などというできないことは最初から諦め、自分にできることで生きていく手段を考えた方が上手くいく場合もある、ということだ。


だが、ひきこもりになるメンタルの人というのは大体「自分には何もできない」と思い込んでおり、しかもそれが思い込みではなく、マジで何もできなかったりもする。



だが私のように、「俺には何もできない」ということを延々描き続けて仕事にしている人間もいる。

もはや何が金になるかわからない世の中である。「呼吸するだけの簡単なお仕事」だって探せばあるかもしれない。

なければ自分で「呼吸代行業」を始めるという手もある。


そうすればもはやひきこもりではなく「起業家」であり、ひきこもり問題は解決したといえる。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

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