『とにかく散歩いたしましょう』/小川洋子
文字数 2,024文字
同業のパートナー、喜国雅彦さんとの共著『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』で第17回本格ミステリ大賞受賞をしている国樹さんが、「犬の出てくる面白い本」をネタバレなしで紹介してくださる大好評連載の第31回目は、小川洋子さんの『とにかく散歩いたしましょう』です!
我が家には雑種犬が2匹います。金時(きんとき)という名の男の子が11歳。柑奈(かんな)という名の女の子が9歳。中型犬より少し大きめの彼らは、立派な老犬と言えるでしょう。
とはいえ柑奈はまだまだ元気いっぱいです。問題は金時。脱臼した両足の手術を無事乗り越えたものの、リハビリの日々もむなしく歩けなくなってしまいました。
当然立つことも出来ないけれど、本犬は全くめげておりません。おむつを装着し、介護用ベッドでスヤスヤ眠り、ごはんをぱくぱく食べ、バギーに乗ってのご近所散歩をエンジョイしています。
犬とはなんと前向きな生き物なのだろうと感心しつつ思い出したのが、小川洋子さん著『とにかく散歩いたしましょう』(文春文庫)でした。
46篇からなるエッセー集なのですが、優しさ溢れる上品な文章の心地よさときたら。
小川さんが毎日の暮らしで思う様々なこと(仕事、愛犬、家族の思い出、ハマりもの等々)だけでも十分興味深いのに、エピソードに絡めた本まで紹介してくださるのです。それらはバラエティに富んでおり、良質なブックガイドとしても楽しめます。
例えば「その時が来たら」というタイトルの1篇。アメリカ人コラムニストであるジョン・グローガンのエッセー集『マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと』が映画化されたので試写会に行ったという話なのですが、共感しかありませんでした。
「人前であんなに泣いてしまうとは、自分でも予定外だったので焦った。泣く、というよりは号泣に近かったかもしれない。」
私はそれが怖くて、この手の映画を観たことがありません。絶対に取り乱すとわかっているからです。
小川さんはこの本の推薦文を書かれたので、どんな内容なのかは重々承知されていました。それでもご自身の予想を超えるショックを受けられたわけです。
「やがてマーリーにも老いが訪れる。散々マーリーのやんちゃに頭を悩ませてきたはずのグローガン氏なのに、あの元気すぎる日々が戻ってきてくれたらと、かなわない願いを抱く。」
冒頭で書いたように、現在進行形で老犬と向き合っている私は、この部分を読んだだけで胸が締め付けられ、苦しいほどでした。
マーリーはラブラドールです。同じ犬種の愛犬「ラブ」と暮らす小川さんのお気持ちはいかばかりか。
そして表題作の「とにかく散歩いたしましょう」は、14歳になった老犬ラブの夜鳴きをきっかけに、不安をあれこれ思い巡らす話です。これがやはり共感しかなく。
小川さんが想像されたラブの心の言葉が「とにかく散歩いたしましょう」なのですが、間違いなく正解だと思いました。
我が家の金時は歩けなくなった今も、バギー散歩を楽しみにしています。歩けないことをふびんに思う我々夫婦に対し、その瞳は「なんでそんなおかおをするの? はやくおそとにいこうよ」と語るのみ。
人間の複雑な思いをまっさらにしてくれる「とにかく散歩いたしましょう」という魔法の言葉。悩んでいたって仕方ないよ、歩こうよと。
シンプルかつ大切な教えです。心の奥にピンで止めて、決して忘れないように生きていこうと思うのでした。
漫画描き。近年はエッセイも手がけている。ミステリとメタルと空手と犬が大好き。代表作に『こたくんとおひるね』『しばちゃん。』『犬と一緒に乗る舟』など。講談社文庫では、共著の『メフィストの漫画』などがある。2021年、極真空手参段に昇段。メタルDJもこなす。2017年に『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』(喜国 雅彦と共著)で第17回本格ミステリ大賞受賞。
公式ツイッター→https://twitter.com/kunikikuni
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