第7話 新たなスキャンダルを掴んだスラッシュ編集部は沸き立つ
文字数 3,138文字
プラン会議では、記者はそれぞれ三つのネタを持ち寄り一つずつ順番にプレゼンする。
優秀な記者は三つとも採用されることもあるが、古田のように四週間のプラン会議で十二連敗する記者もいる。
因(ちな)みに、一つ目のネタがボツになったので古田の不採用記録は十五に更新した。
「タカさんのネタを」
立浪は、不満げな顔の古田から高岡に視線を移した。
「これだ」
高岡が、タブレットPCを立浪の前に置いた。
ディスプレイには、モデルと思しきスタイルのいい女性に見送られながらタクシーに乗り込む、髪をプラチナシルバーに染めた若い男性の画像が映し出されていた。
男性は、去年、コンビ結成三年目で大ブレイクした人気芸人の「ミラ&クル」のツッコミ担当の未来(みらい)だった。
「ぶっちゃけ言うとさ、イケメン俳優の須崎凌(すざきりょう)が入れ揚げているキャバ嬢がいるっていう情報が入って六本木のキャバクラを張り込んでいたんだけど、未来は偶然、隣のビルから出てきたんだよ。まあ、それにしちゃなかなかの獲物だろう」
高岡が、まんざらでもなさそうに言った。
本命を網(あみ)にかけようとしていたら、別の芸能人がかかったというのはよくある話だった。
「キャッチは?」
だいたいの見当はついていたが、立浪は訊ねた
「芸人界のホープ、夜のツッコミは不発! どうだ? いい感じだろう?」
高岡が、瞳を輝かせた。
「悪くないけど、ネタのチョイスがちょっとな」
立浪は、画像をフリックしながら言葉を濁した。
スタイリッシュなネタに切れ味鋭い喋(しゃべ)りを売りにしている「ミラ&クル」は女子中高生の間で話題になり、とくに端正なルックスの未来はアイドル顔負けの人気だった。
「え!? ってことは、まさかのボツ!?」
高岡が、素頓狂(すっとんきょう)な声を上げた。
「いや、そうじゃない。ただ、現時点で即決はできないから保留にさせてくれ」
「未来の人気は知ってるだろう? ネタのチョイスがちょっとっていう理由はなんだよ?」
納得いかない表情で、高岡が訊(たず)ねてきた。
「もちろん、知ってるさ。ただ、『スラッシュ』の読者層は三十代から五十代の男性が八十パーセント近くを占めている。未来が不倫とか未成年の少女と淫行スキャンダルを起こしたのならおっさん達も興味を持つけど、モデルふうの美女にお見送りされているだけの画じゃパンチ力に欠けるんだよな」
「保留かよ~。なんか、年々、厳しくなってないか? 二、三年前までなら、これと同じようなネタでも一発で企画が通っていただろう?」
「出版不況で、年々部数が落ちてきているから仕方ないさ。まあ、まだボツと決まったわけじゃないから」
立浪が言うと、高岡がため息を吐(つ)いた。
高岡の言う通り、数年前までならお持ち帰りネタは成功でも失敗でも企画を通っていた。
午後からのゴールドプラン会議に提出することは可能だが、弱いネタだとほかのグループに負けてしまう。
誌面の占有率の高いネタを提供したグループ長の評価は高くなる。
出世を望んではいないが、低評価になれば異動させられる可能性があるので弱いネタで勝負はできない。
理想論ばかりで負け犬になった父を葬った黒幕を暴(あば)き出しスクープするまでは、ニュース部から外されるわけにはいかなかった。
「二巡目のネタを期待しているよ。次」
立浪は高岡に言うと、相良を促した。
「僕のネタはこれです」
相良がテーブルに置いたスマートフォンには、ノックアウトされたボクサーさながらに両瞼(まぶた)と鼻が腫(は)れ上がった女性の画像が映し出されていた。
「この女は?」
立浪は訊ねた。
「西麻布のラウンジのキャストです」
「なんだそりゃ? 人に偉そうに言っておきながら、そんなネタか? キャバクラの姉ちゃんの殴られた写真なんて、誰も興味ねえよ」
相良にやり込められたことを根に持っているのだろう、古田がここぞとばかりに逆襲に転じた。
「キャバクラではなくラウンジです。それに、僕のターゲットは彼女ではなく彼女を殴った男優です」
相良が、平板な口調で訂正した。
「男優? 誰だ?」
立浪は訊ねた。
「柏木保(かしわぎたもつ)です」
「柏木保だって!?」
立浪は、思わず身を乗り出した。
高岡も古田も、驚きに眼を見開いていた。
柏木保は層の厚い三十代の男優の中でも、一、二を争う売れっ子だ。
フェミニスト、料理上手、穏やかな人柄……柏木は芸能界で友人が多く、彼のことを悪く言う業界人はいない。
ファッションリーダー的な一面もあり、女性人気も高く、「恋人にしたい男優ランキング」、「理想の夫ランキング」で共に二年連続一位に輝いている。
「はい、その女は柏木の彼女です。西麻布の『ルージュ』というラウンジで客として来店した柏木と出会い、交際に発展しました。ですが、交際が始まってすぐに柏木は裏の顔……彼女に暴力を振るい始めました」
相良が淡々と説明した。
「情報元は?」
すかさず、立浪は訊ねた。
「同じラウンジで働かせている僕の情報屋からです」
「女か?」
「ええ。『ルージュ』以外にも、芸能人がよく利用するラウンジに十人くらいモデルの卵や売れないグラドルを潜入させてます」
「お前の情報屋が同じラウンジに働いてるからってよ、柏木と写真の女がつき合ってるとかDV受けてるとか、どうしてわかるんだよ? そんなもん、でたらめかもしれねえだろうが!」
古田が吐き捨てた。
「僕の情報屋達は優秀ですよ」
相良は気を悪くしたふうもなく、涼しい顔で言った。
「百歩譲ってそうだとしても、写真の女が金欲しさに嘘を吐いてる可能性もあるだろう!?」
「それはありませんね」
相良が間髪(かんはつ)容(い)れずに否定した。
「なんで、そう言い切れるんだよ?」
「セイラ……『ルージュ』に潜入している情報屋ですが、更衣室で写真の女が身体(からだ)に痣(あざ)を作っているのに気づいて訊いたんですよ。そしたら、柏木保に殴られたと言ったそうです。で、セイラが、知り合いの週刊誌の記者にリークすれば莫大な示談金を取れると持ちかけたら、血相を変えて断ってきたそうです。殴られたのは自分が悪いからだと、彼は有名人だから迷惑をかけたくないと。女は、柏木にぞっこんなんですよ」
「だったら、どっちにしろ記事になんかできないじゃねえか」
古田が鼻を鳴らした。
「僕も最初に報告を受けたときはそう思いました。でも、その後、この画像が女からセイラのもとに送られてきたそうです。いままでは身体だけだったのに、エスカレートして顔まで殴るようになったと……このままじゃ殺されるかもしれないから、警察に付き添ってほしいとね。こんなスクープを、みすみす警察に渡すのはもったいないですからね。とりあえず、一度、女の相談に乗る名目で会うことにしました」
「つまり、警察に被害届けじゃなくウチで記事にするように説得するってことだな」
立浪が念を押すと、相良が頷(うなず)いた。
「で、女と柏木の写真はあるんだろうな?」
古田が底意地の悪い顔で訊ねた。
「ありません。柏木はかなり用心深い男で、ツーショットは絶対に撮らせないと言ってました。LINEも自分からはしてこなくて、用事があるときは必ずマネージャーに送らせているそうです」
「なんだそりゃ? ようするに、二人が交際してるって証拠がねえってことか?」
古田が瞳を輝かせた。
「ええ、ありません」
悪びれたふうもなく相良が認めた。
「お前、開き直ってんのか?」
(第8話につづく)
優秀な記者は三つとも採用されることもあるが、古田のように四週間のプラン会議で十二連敗する記者もいる。
因(ちな)みに、一つ目のネタがボツになったので古田の不採用記録は十五に更新した。
「タカさんのネタを」
立浪は、不満げな顔の古田から高岡に視線を移した。
「これだ」
高岡が、タブレットPCを立浪の前に置いた。
ディスプレイには、モデルと思しきスタイルのいい女性に見送られながらタクシーに乗り込む、髪をプラチナシルバーに染めた若い男性の画像が映し出されていた。
男性は、去年、コンビ結成三年目で大ブレイクした人気芸人の「ミラ&クル」のツッコミ担当の未来(みらい)だった。
「ぶっちゃけ言うとさ、イケメン俳優の須崎凌(すざきりょう)が入れ揚げているキャバ嬢がいるっていう情報が入って六本木のキャバクラを張り込んでいたんだけど、未来は偶然、隣のビルから出てきたんだよ。まあ、それにしちゃなかなかの獲物だろう」
高岡が、まんざらでもなさそうに言った。
本命を網(あみ)にかけようとしていたら、別の芸能人がかかったというのはよくある話だった。
「キャッチは?」
だいたいの見当はついていたが、立浪は訊ねた
「芸人界のホープ、夜のツッコミは不発! どうだ? いい感じだろう?」
高岡が、瞳を輝かせた。
「悪くないけど、ネタのチョイスがちょっとな」
立浪は、画像をフリックしながら言葉を濁した。
スタイリッシュなネタに切れ味鋭い喋(しゃべ)りを売りにしている「ミラ&クル」は女子中高生の間で話題になり、とくに端正なルックスの未来はアイドル顔負けの人気だった。
「え!? ってことは、まさかのボツ!?」
高岡が、素頓狂(すっとんきょう)な声を上げた。
「いや、そうじゃない。ただ、現時点で即決はできないから保留にさせてくれ」
「未来の人気は知ってるだろう? ネタのチョイスがちょっとっていう理由はなんだよ?」
納得いかない表情で、高岡が訊(たず)ねてきた。
「もちろん、知ってるさ。ただ、『スラッシュ』の読者層は三十代から五十代の男性が八十パーセント近くを占めている。未来が不倫とか未成年の少女と淫行スキャンダルを起こしたのならおっさん達も興味を持つけど、モデルふうの美女にお見送りされているだけの画じゃパンチ力に欠けるんだよな」
「保留かよ~。なんか、年々、厳しくなってないか? 二、三年前までなら、これと同じようなネタでも一発で企画が通っていただろう?」
「出版不況で、年々部数が落ちてきているから仕方ないさ。まあ、まだボツと決まったわけじゃないから」
立浪が言うと、高岡がため息を吐(つ)いた。
高岡の言う通り、数年前までならお持ち帰りネタは成功でも失敗でも企画を通っていた。
午後からのゴールドプラン会議に提出することは可能だが、弱いネタだとほかのグループに負けてしまう。
誌面の占有率の高いネタを提供したグループ長の評価は高くなる。
出世を望んではいないが、低評価になれば異動させられる可能性があるので弱いネタで勝負はできない。
理想論ばかりで負け犬になった父を葬った黒幕を暴(あば)き出しスクープするまでは、ニュース部から外されるわけにはいかなかった。
「二巡目のネタを期待しているよ。次」
立浪は高岡に言うと、相良を促した。
「僕のネタはこれです」
相良がテーブルに置いたスマートフォンには、ノックアウトされたボクサーさながらに両瞼(まぶた)と鼻が腫(は)れ上がった女性の画像が映し出されていた。
「この女は?」
立浪は訊ねた。
「西麻布のラウンジのキャストです」
「なんだそりゃ? 人に偉そうに言っておきながら、そんなネタか? キャバクラの姉ちゃんの殴られた写真なんて、誰も興味ねえよ」
相良にやり込められたことを根に持っているのだろう、古田がここぞとばかりに逆襲に転じた。
「キャバクラではなくラウンジです。それに、僕のターゲットは彼女ではなく彼女を殴った男優です」
相良が、平板な口調で訂正した。
「男優? 誰だ?」
立浪は訊ねた。
「柏木保(かしわぎたもつ)です」
「柏木保だって!?」
立浪は、思わず身を乗り出した。
高岡も古田も、驚きに眼を見開いていた。
柏木保は層の厚い三十代の男優の中でも、一、二を争う売れっ子だ。
フェミニスト、料理上手、穏やかな人柄……柏木は芸能界で友人が多く、彼のことを悪く言う業界人はいない。
ファッションリーダー的な一面もあり、女性人気も高く、「恋人にしたい男優ランキング」、「理想の夫ランキング」で共に二年連続一位に輝いている。
「はい、その女は柏木の彼女です。西麻布の『ルージュ』というラウンジで客として来店した柏木と出会い、交際に発展しました。ですが、交際が始まってすぐに柏木は裏の顔……彼女に暴力を振るい始めました」
相良が淡々と説明した。
「情報元は?」
すかさず、立浪は訊ねた。
「同じラウンジで働かせている僕の情報屋からです」
「女か?」
「ええ。『ルージュ』以外にも、芸能人がよく利用するラウンジに十人くらいモデルの卵や売れないグラドルを潜入させてます」
「お前の情報屋が同じラウンジに働いてるからってよ、柏木と写真の女がつき合ってるとかDV受けてるとか、どうしてわかるんだよ? そんなもん、でたらめかもしれねえだろうが!」
古田が吐き捨てた。
「僕の情報屋達は優秀ですよ」
相良は気を悪くしたふうもなく、涼しい顔で言った。
「百歩譲ってそうだとしても、写真の女が金欲しさに嘘を吐いてる可能性もあるだろう!?」
「それはありませんね」
相良が間髪(かんはつ)容(い)れずに否定した。
「なんで、そう言い切れるんだよ?」
「セイラ……『ルージュ』に潜入している情報屋ですが、更衣室で写真の女が身体(からだ)に痣(あざ)を作っているのに気づいて訊いたんですよ。そしたら、柏木保に殴られたと言ったそうです。で、セイラが、知り合いの週刊誌の記者にリークすれば莫大な示談金を取れると持ちかけたら、血相を変えて断ってきたそうです。殴られたのは自分が悪いからだと、彼は有名人だから迷惑をかけたくないと。女は、柏木にぞっこんなんですよ」
「だったら、どっちにしろ記事になんかできないじゃねえか」
古田が鼻を鳴らした。
「僕も最初に報告を受けたときはそう思いました。でも、その後、この画像が女からセイラのもとに送られてきたそうです。いままでは身体だけだったのに、エスカレートして顔まで殴るようになったと……このままじゃ殺されるかもしれないから、警察に付き添ってほしいとね。こんなスクープを、みすみす警察に渡すのはもったいないですからね。とりあえず、一度、女の相談に乗る名目で会うことにしました」
「つまり、警察に被害届けじゃなくウチで記事にするように説得するってことだな」
立浪が念を押すと、相良が頷(うなず)いた。
「で、女と柏木の写真はあるんだろうな?」
古田が底意地の悪い顔で訊ねた。
「ありません。柏木はかなり用心深い男で、ツーショットは絶対に撮らせないと言ってました。LINEも自分からはしてこなくて、用事があるときは必ずマネージャーに送らせているそうです」
「なんだそりゃ? ようするに、二人が交際してるって証拠がねえってことか?」
古田が瞳を輝かせた。
「ええ、ありません」
悪びれたふうもなく相良が認めた。
「お前、開き直ってんのか?」
(第8話につづく)