ミステリがなければ生きていけない 堂場瞬一×林家正蔵で語り尽くす!③

文字数 2,249文字

ジャズ、そしてハードボイルド

堂場 人の歴史というような話にもなってきましたが、正蔵師匠は、どのような経緯で海外ミステリの世界にのめりこんでいったのですか。


正蔵 ご存じの通り、私は堂場さんとほぼ同い年、1960年代前半に生まれた人間です。中学生のとき、まずはジャズに出会いました。FMラジオをラジカセでエアチェックしていたら、たまたまマイルス・デイヴィスを耳にしまして。明るく綺麗な音が鳴るイメージがあるトランペットを、まるで立川談志師匠の落語のようにしゃがれた、ワルいなあ、と思わせる音で吹いていて、本当に格好よかったんですよ。一方で本を読むのも好きで、中学の担任の先生に何か面白い本はありませんかと尋ねたら、薦められたのが清水俊二さん訳のチャンドラー『長いお別れ』。中学1年生のことでした。


堂場 中1でチャンドラーですか(笑)。


正蔵 もちろん、深い意味はわからないんですよ。ただこう、それこそマイルスの本当の良さはわからないままに魅かれたように、「格好いいな」という匂いは感じたんです。


堂場 海外のミステリに最初に触れたのは、そのときですか?


正蔵 そうです。チャンドラーからダシール・ハメットへと、海外の翻訳ミステリの世界に、どっぷりとつかっていきました。浅草には昔「万年堂」という古本屋さんがあって、そこではハヤカワ・ポケット・ミステリがたくさん出るので、ミッキー・スピレインも読んでいって……。


堂場 ミッキー・スピレインはポケミスの第1号ですからね(1953年刊行、『大いなる殺人』)。


正蔵 スピレインの訳者のひとりである田中小実昌さんの手にかかると、必ず一人称が「俺」なんですよね。もう男くささプンプンで。そうやっていろいろ読みましたが、スピレインやハメットよりは、チャンドラーやロス・マクドナルドのほうに魅かれました。


堂場 僕は最初SF少年だったので、ハードボイルド御三家のチャンドラー、ハメット、ロスマクにハマったのは高校生からです。ジャズの理屈はわからないけど格好よさはわかる、とおっしゃったのと、同じところがあったと思います。何でしょう、たとえば本格ミステリだと筋がピタッとはまっていく論理的な面白さがわかるんですけど、ハードボイルドは分析しづらい。全体に醸し出される雰囲気にやられちゃうところがあるじゃないですか。まあ、とはいってもロスマクがよくわかるようになったのは、もっと歳をとってからですが。ロスマクは高校生にはハードルが高いですね。


正蔵 はい、よくわかります(笑)。

食事シーンと『スペンサーの料理』


堂場 私が今、自分の小説でよく食事シーンを描くのは、ロバート・B・パーカーの影響なんですよ。若いころに読んだときは、探偵のスペンサーが自分で料理をつくるというのが、本当に衝撃的だった。


正蔵 『スペンサーの料理』という本が出ているくらいですもんね。今回の『聖刻』では生姜焼きが美味そうでしたねえ。「大量の豚肉と玉ねぎ、それに加えて少量のニラ。生姜はすり下ろしの他に小片が入っている」。これはねえ、食べたい(笑)。


堂場 実はニラを除けば、ほぼ我が家のレシピです(笑)。


正蔵 そうですか、私は特に「少量のニラ」に魅かれたんです。


堂場 では今度、ニラ入りでぜひお作りいたしましょう。


正蔵 バラ肉は買っていきますので(笑)。それにしても、登場する食事一品一品は非常に面白いのですが、『チェンジ』にしても『聖刻』にしても、登場人物はあまり食事を楽しんでいませんよね。「これを腹におさめておかなきゃ動けない」と言いますか、エネルギーを蓄えるために食っている、という感じに満ちている。動き、戦う力の源として腹におさめる、胃袋につめこむ。晶の場合は、「エスプレッソの苦味で気持ちを研ぎ澄まし」ているわけですし。


堂場 読み返してみると、登場人物みんな、そんな飯しか食ってないんですよ。優雅に飯を食っている人が、ひとりも出てこない。いいんでしょうか、これで……(笑)。


正蔵 私もちょうど昨日、寄席と寄席の間の時間でカレーをかっこんでいて、ああ、こうやって「カレーを流しこむような勢いで食べてしまう」シーンがあったなあと思い出しましたよ。昔は食にはいろいろこだわったんだけど、それも面倒くさくなってきちゃってね。何でしょう、そういう年齢なのかもしれませんね。最近は日高屋の550円の「黒酢しょうゆ冷し麵」が大好きなんです。あんな美味しいものないですよ。辛子を卓上のお酢でといて回しかけると、うまく全体にまわります(笑)。


堂場 ああ、その面倒になってくる感覚は、よくわかります(笑)。

『聖刻』(堂場瞬一・著、講談社)


堂場警察史上初、女性刑事の物語。


加害者と被害者の狭間で苦悩する女性刑事を描いた、

ネット社会の歪みを射抜く傑作サスペンス!


大物司会者の息子が、元恋人を殺害したと出頭。

捜査一課の女性刑事・柿谷晶は取り調べに臨む。

だが、被疑者は犯行を自供する一方、動機については口を閉ざす。

晶は被疑者の家族に接触するが、家族はネット上の誹謗中傷に悩まされていた。

加害者の家族だからといって、責めることは許されるのか? 


自らの苦い記憶が甦る中、家族に張り付き、事件の背景を探る晶。

犯罪被害者支援課の村野らと協力しあい、留まることのない加害者家族への悪意と戦いながら捜査を続ける晶だったが、やがて事態は最悪の方向に向かう。


贖うべき「咎」は誰のものなのか。

ーー振りかざされる「正義」は、単なる「悪意」の裏返しだ。

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