第68回

文字数 2,482文字

青空、きれい……煉獄のサマーシーズン到来。


快適な汚部屋の底から、インターネットのみんなにむかって吠えていく、夏。


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

相変わらずオリンピックは全く見ていないが、ツイッターの文字情報によると日本も着々とメダルを増やしているらしい。それは何よりだ。

しかしそんな情報を、「感染者爆増」「ワクチン予約取れない死ね」が挟み込みこんでおり、その上にまた「感動をありがとう!」が乗せられてきたりする。


完全に情緒不安定ダブルバーガーになってしまっているので、心の胃が40歳以上の人間は今ツイッターを見ない方がいいし、見るならモルカーなどの胃薬を用意してからの方がいい。

しかしそれらを完食できても、サイドメニューとして「東京五輪を即刻中止に」タグがトレンドになっているというクソ盛りポテトフライが出て来たりするので、現在のツイッターは本当に胃に悪い。


だが、こんな危険な状況でオリンピックというさらにデカい祭をマジで開いて「世界を元気に!」と真顔で言ったり、それを普通に楽しんでいる人がいたり、楽しめない勢も暴動を起こさずツイッターにお気持ちを書くだけで我慢できていたりと、日本人のクレイジー寄りのクレイジーを世界に知らしめることができた、という意味では意義のある大会だと思う。


今の状況に「モヤモヤする」と言っている人はたくさんいるのだが、諸外国からすれば「ホヌップワァー!!」ぐらいの状況であり「モヤモヤ」で済んでしまっているだけでもすごいのではないだろうか。

「息をしているだけでエライ」という言葉があるが、冗談ではなく今この国で過呼吸を起こしていないというだけでも、割と褒められていいと思う。


上記のような文章は「オリンピックに対し否定的な姿勢」と取られるかもしれない。

しかしこれが掲載された後に推し選手が現れ、「推しが生まれてきたことに感謝、オリンピックという大会に感謝!」と言い出す可能性はゼロではない。


そう言い出した際、過去掲載された文章を証拠に「前と言っていたことと違う」と抗議が入り、連載が打ち切られるということもなくはない。


今回のオリンピックでも「過去の言動を持ちだされ失脚させられる」という現象が相次いだが、こういう方法のことを「キャンセルカルチャー」というそうだ。


他人に迷惑をかけた悪事は何年経っても悪事であり、相手にとって時効はないのでキャンセルされるのは仕方ないかもしれないが、「前と言っていたことと違う」という理由でカジュアルに人を失脚させられる世の中になるのは、恐ろしいことである。


前回も書いたが、人間の考え方は変わるものである。もし考えを変えるのが悪いとなったら、差別主義者が「差別はやめました!日々是平等!趣味は人間観察(^_^)」と思想を改めるのは許されず、一度間違ったら反省も更生もないということになってしまう。


他人の矛盾や一貫性のなさにある程度寛容になった方が、「モヤモヤ」もしくは「ホヌップワァー!!」にはなりにくくなるし、何より自分のそういう部分に大らかになった方が生きやすくなる。


現在「ホヌップワァー!!」している人は、マジメで潔癖な人が多い印象である。


物事を何でも白黒つけないと「オエ″ッ」とえづいてしまうため「オリンピック開催を決めた政府の批判はするが、試合は普通に見るし選手は応援する」というグレーな態度は取れないし、グレーな人を見ると「ホヌッ」となってしまい苦しいのだ。


確かにオリンピック批判と選手の応援は矛盾しているような気がする。

しかし、オリンピック開催を決めたのは政府だが、ドラクエの音楽と共に首相が現れ、首相が13分の長尺スピーチで批判を受けたあと、首相が30秒で開会宣言を終わらせ喝采を浴び、首相が本大会で初めて試す大技でスケボー金を取ったというわけではない。


オリンピック開催の是非と選手個人の試合が全く同じものかというと、「それとこれとは別」というスタンスも間違いとは言えない。


「それとこれとは別」が出来る人間は、状況によって考えを変えるため、潔癖な人からすると適当な人間に見えるし、事実いい加減なところもある。

しかし良く言えば柔軟であり、少なくともそっちの方が「生きやすい」のは確かである。


インターネット上の意見というのは割と「白黒つけたがる世界」なため、ずっと見続けていると自分もそうしなければいけない気がして、他人の矛盾も自分の一貫性のなさも許せなくなり「ホヌップワァー!!」してしまう。


ただ、ネット上にいる一貫して毅然とした意見を持っている人が何故一貫できるかというと、「ネットだから」だったりもする。

ネットに「正義の人」がたくさんいるのもネットが正義や理想を掲げやすいところだからであり、現実でも正義を貫いているかというと、横入りオバサン一人注意できてなかったりするし、できてないからこそツイッターに書くという行為で昇華しているのだ。


よって、ネット上でブレない姿勢を見せている人だって、冷房がキンキンに効いた部屋で冬用靴下を履きながらそれを書いていたりするのである。


基本的に、人間は矛盾しているのが当たり前なのだ、便所に行くぐらい普通のことと思って、他人のブレにも自分のブレにも寛容になった方が楽である。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

★次回更新は8月20日(金)です。

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