第48話 花巻が大河内と会っていた!? それは本当なのか?

文字数 2,900文字

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「ブラボー! エクセレーント! ビューティホー!」
「リアルジャーナル」の十坪の空間に甲高(かんだか)い声が響き渡った。
 ハイビスカス柄のアロハに白のハーフパンツ姿――お馴染(なじ)みの常夏ファッションで身を固めた花巻(はなまき)が立浪(たつなみ)を抱き締めた。
「おめでとう! 立浪のおじさん!」
 小気味いい気泡音――ピンクのホットパンツに白いビキニの上だけをつけたみゆが、シャンパンを抜いた。
「さあさあさあ、座って座って!」
 花巻が立浪を追い立てるように、黒大理石の円卓のデスクチェアに座らせた。
 みゆが立浪の前に置かれたグラスにシャンパンを注(そそ)ぎ、続いて隣の席に座る黒木(くろき)のグラスにも気泡が弾(はじ)ける黄金の液体で満たした。
「ボスピーは、これだったよね?」
 みゆがシャンパンのボトルから持ち替えたサイダーの瓶を宙に掲げた。
「え~、サイダーでもスプライトでもなくて、キリンレモンだって言ってるでしょ~。何度言ったらわかるのさぁ~」
 花巻が一転して不機嫌な顔になり、みゆに不満をぶつけた。
「もう、バッカみたい。サイダーもキリンレモンも同じじゃん」
 みゆが呆(あき)れたように言った。
「違う違う違うの! サイダーは炭酸水に砂糖、スプライトはサイダーにレモンライム、キリンレモンはサイダーにレモンを入れたやつなんだから、全然違うよぉ~」
 花巻が地団駄(じだんだ)を踏んだ。
「じゃあ全部にサイダーが入ってるから、サイダーが最強じゃん?」
 あっけらかんと、みゆが言った。
「あのさぁ、そういう問題じゃなくて……まあ、いいか。今日は立浪ちゃんをお祝いする日だから我慢するよ」
 花巻が不貞腐(ふてくさ)れた顔で、グラスをみゆに差し出した。
「では、諸悪の根源、大河内(おおこうち)帝国崩壊の前祝いとして、カンパーイ!」
 花巻がサイダーのグラスを持つ腕を突き出した。
「乾杯」
 黒木が控えめに言いながらグラスを掲げた。
 立浪は無言でグラスに口をつけた。
「あれあれあれぇ? 立浪ちゃん、どうしたの? あんまり、嬉(うれ)しそうじゃないねぇ?」
 花巻が訝(いぶか)しげな顔で立浪の様子を窺(うかが)ってきた。

 ――花巻さんは昨日、大河内と会っている。
 ――花巻さんと大河内が!?
 ――ガタイのいいボディガードを二人引き連れて、午前中に『帝都(ていと)プロ』に行ったそうだ。

 一週間前の鈴村(すずむら)との会話が脳裏に蘇(よみがえ)った。

「いえ、こういうのあまり得意じゃなくて。それに女の証言は取れましたが、まだ大河内が潰(つぶ)れたわけじゃありませんから」
 立浪は曖昧な理由でごまかした。
 気分が優れない本当の理由を言う気はなかった。
 敵を欺(あざむ)くにはまず味方から――花巻が敵かどうか見極めるまでは、立浪も味方を演じるつもりだった。
「なに言ってるのさぁ~。女の証言が取れたんだから牧野健(まきのけん)の薬物スキャンダルを早速ウエブ記事にして、瀕死(ひんし)になった大河内に僕が爆弾を投下すれば止(とど)めを刺せるでしょ?  ね? ね?」
 花巻が無邪気に瞳を輝かせた。

 この男は、なにを考えている? 本当に大河内に爆弾を投下する気はあるのか?
それとも爆弾を投下する寸前に裏切るつもりか?
 やはり鈴村の言うように復讐のリスクを考えて、自分を裏切り大河内に恩を売るつもりか?
 大河内にしても爆弾を不発弾にするためなら、花巻が満足する金を払うだろう。
 そして爆弾を回収したら、花巻の始末にかかるはずだ。
 花巻がどうなろうと知ったことではない。
 だが、自分の使命を邪魔させはしない。
 使命――大河内を闇に葬ること。
「わかってます。ただ、慎重な性格なもので」
 立浪は苦笑いを返した。
「たしかに、まだ安心はできませんね。大河内が素人にやり込められておとなしく退(ひ)くとは思えません」
 黒木が皮肉を込めて口を挟んだ。
「素人という言いかたは引っかかりますが、彼の言う通りです。女の証言も取れたことですし、早めに記事を流します。牧野健の記事から間を置かず『Sスタイル』の中富(なかとみ)社長の監禁暴行動画を公開して、大河内に考える時間を与えずに一気に畳(たた)みかけましょう」
 立浪は大河内の反応を窺った。
「いいねいいね~、そのアグレッシブな姿勢が最高だね~。まるで、ロシアンフックで倒れた相手のマウントを取ってパンチの嵐で追い込むヒョードルみたいだよ~」
 喜色満面(きしょくまんめん)の花巻が言った。
「じゃあ、動画のUSBを……」
「でもさ、有利な状況のときこそ慎重になる必要があるんだよねぇ~」
 立浪を遮(さえぎ)り、花巻がのらりくらりと言った。
「どういう意味ですか?」
 立浪は訊(たず)ねた。
 花巻への不信感に拍車がかかった。
「マウントを取って一方的に殴っているときに、九十九パーセント勝てると思った瞬間、下から腕や足の関節を取られて逆転負けってことは珍しくないんだよねぇ~。つまり僕が言いたいのは、追い詰められた大河内がなりふり構わない反撃をしてくると厄介(やっかい)だから、切り札を一つは残しておいたほうがいいってことさ」
「反撃させないためにも、一気に攻撃したほうがいいと思います」
 すかさず、立浪は言った。
「立浪ちゃんは、わかってないね~」
 花巻が手に取ったスティックキャンディを左右に振った。
「保身が最優先の人間っていうのはね、失うものがなくなったらなにをしてくるかわからない生き物なんだよ。立浪ちゃんは反撃させないためっていうけど、それは殺さないかぎり無理だよ。大河内の金と地位を奪っても警察に追われても、チンピラを雇って僕や立浪ちゃんを殺すことは可能でしょう? 追い詰められたら鼠(ねずみ)だって猫を嚙(か)むって言うじゃない? 大河内は鼠どころか虎だからさ、焦って追い詰めるとこっちも道連れにされちゃうよ。逃げ道を残してあげたほうがいいと思うな~」
 他人事(ひとごと)のように花巻が言った。
「ようするに花巻さんは、大河内を見逃せと言ってるんですか!?
 思わず立浪は語気を強めた。
「とーんでもなーい! 大河内から地位、名誉、金を奪うさ。地位と名誉は、牧野なんちゃらの薬物スキャンダルの切り札だけでも奪える。金は僕の切り札を世に出さないことを条件に払わせる。USBは渡さないけど、今後金は要求しない。ただし、僕や立浪ちゃんの身の回りになにかがあれば公開する手はずになっている……この流れで交渉すれば、大河内も止めを刺されないように僕らの要求に応じるしかなくなるでしょ? 復讐したくても爆弾を投下されるから、容易に手出しはできない。天下の大悪党が泣き寝入りするしか術(すべ)がなくなるってわけさ。いい? 人間はね、希望を与えておけば捨て身にはならないものだよ」
 花巻が諭(さと)すように言った。

(第49話につづく)

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