吉本隆明とねこ、最後の日々のこと ③
文字数 2,277文字
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『フランシス子へ』は、吉本隆明が相思相愛の仲だった愛猫フランシス子について語った一冊。
いいとこなんてまるでない、平凡極まりない猫なのに、自分とはまるで「うつし」のようだった。唯一無二の存在を亡くし、とつとつと語られた言葉は、いつしか「戦後思想界最大の巨人」と言われたこの人の神髄へと迫っていく。
吉本隆明が亡くなったのは2012年3月16日。
フランシス子が亡くなってから9ヵ月と1週間後のことだった。
最後の肉声を閉じ込めたこの本が文庫化されることになり、長女の吉本多子さんを囲んで、故人が愛した谷中の『蟻や』に集まることに。
奇しくもそれはちょうど命日の3月16日になり、まるで故人のおはからいのようなめぐりあわせに感激しながらの座談会となった。
IN★POCKET 2016年4月号より 構成・文/瀧 晴巳 撮影/関 夏子
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【座談会出席者】
吉本多子(よしもと・さわこ)…吉本家の長女。漫画家のハルノ宵子。 妹は、作家の吉本ばなな。隆明氏との共著に『開店休業』。
内藤 礼(ないとう・れい) …美術家。『母型』(豊島美術館)、『このことを』(家プロジェクトきんざ、直島)などで知られる。吉本隆明氏を敬愛している。
瀧 晴巳(たき・はるみ) …フリーライター。吉本隆明著『15歳の寺後屋 ひとり』『フランシス子へ』で語りおろしの構成を手がける。インタビュー・書評を中心に執筆。
長岡 …講談社幼児図書の編集者。『フランシス子へ』の単行本を企画。
斎藤 …講談社文庫出版部の編集者。本作の文庫化を担当。
(吉本隆明と猫、最後の日々のこと 2より続く)
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吉本 男性の読者は読み解いて、論破してやろうみたいな傾向があるけど、女性の読者はまた違って、自分の身にできる感じがします。
内藤 残念ながら直接お目にかかる機会はなかったけれど、確かに自分の身になっていると思います。吉本さんの本を読むと、会ったこともないその人が自分に語りかけていると思う。言葉が強い。強いけど、優しい。「人間っていうのはかわいそうなもんですよ」(『15歳の寺子屋 ひとり』)という言葉も、すごく優しいですよね。
吉本 論争で意見が食い違ったりすると、男性は「叱られた」「嫌われた」と思って疎遠になったりすることがずいぶんありましたが、父は意見が食い違ったからと言って「嫌い」と思う人ではなかった。そもそも「嫌い」とか「悲しい」とか形容詞がつかない人でしたね。
長岡 吉本さんにお話をうかがううち、私も途中でそれに気づいてハッとしました。「悲しい」という形容詞でまとめてしまった途端に終わってしまう、それ以上考えなくなってしまうからなんでしょうね。
内藤 言い切らないことで中間があることがわかる。私も図録でその言葉を引用したんです。
瀧 子どもって、そうですよね。この気持ちを「悲しい」と言っていいのか、それがわからないから、そのままをまず受け入れるしかなくて。そう腑分けすることで楽になれたりもするんだろうけど。
吉本 楽になろうとしないで考え続けた。生きてることが考えることだったから、息を吸うように考えていたんでしょうね。
長岡 ご家族にしたら、どうなんでしょう。
吉本 いや、面倒くさいですよ、そういう人が家にいるというのは(苦笑)。
長岡 『フランシス子へ』は吉本さんがホトトギスの声を聴くところで終わっていますが、良かったら、今日、みんなでその声を聴いてみませんか。
斎藤 その時の声を、今、ここで聴けるんですか?
長岡 はい。ここにお持ちしているんです。
瀧 あの時は吉本さん、すごく喜んで。
長岡 気持ちの弾みが違いましたよね。「みんなを呼んで、みんなを呼んで」っておっしゃって、多子さんやガンちゃん、みんなでホトトギスの声を聴きました。
吉本 『フランシス子へ』は、あそこで終わるのが素晴らしかった。あの間が、あの頃の父の気配そのもので。
内藤 あの本を初めて読んだ時に、どう終わるのかなと思ったけれど、あそこでぱーっと光が差すのを感じました。
長岡 さあ、この声です。
瀧 ああ、なんだか吉本さんがここにいらしているような気がします。
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「忘れがたいっていうのは、つまり好きってことなんでしょうね。
フランシス子も、去り際がよかった。
いなくなりかたに、なんとも言えない独特の感じがある猫でした。
いい猫だった。
僕にとっては本当にいい猫だった。
さて、こんどはなんの話をしましょうか。
いやあ、こっちはばか話ばっかりで申し訳ないなあ。
へえ。ホトトギスの声を聴かせてくれるんですか。
ありがたいですね。ほんとに?」
──『フランシス子へ』吉本隆明・著より
「モフり庵-作家とねこ- 吉本隆明と猫、最後の日々」 おわり