第94話

文字数 2,450文字

私は一年の大半を、「家から一歩も出ず誰とも会わない」というオリジナル座敷牢でセルフ軟禁状態で過ごし、それに対し「控えめに言って最高」と、さすが一年中ネットに張り付いているだけあって、今年40とは思えないキモい言い回しの感想を抱いている。


だが、こんな生活をしておきながら他人との交流を全く求めていない、というわけではないのだ。

むしろ誰よりも求めており、誰かに俺の話を聞いてほしい。だからこそ1日68時間Twitterをやっていると言っても過言ではない。

Twitterの良いところは、今までの流れをぶった斬り、脈絡のない己の言いたいことを突然言い出しても良い、という点である。

むしろTwitterではそれが当たり前なのだが、リアルでこれをやると相当不気味に思われるし、そういうことをやりがちなのがコミュ症なのだ。


対面で話をする時は、相手の話を遮ってないか、唐突になってないかなど、空気やタイミングを見て発言しなければならない。

コミュ障はこれが下手であり、「今だ」と思って飛び込んで電車に轢かたり、遮断機のバーに顔面を激突させる、会話人身事故を起こしやすい。

もしくは永遠に踏切の前で無言棒立ちだ。


Twitterは、そういったタイミングを一切はからずに、自分の言いたいことを言っていいイージーな場所なので、リアルで言いたいことを言えない俺たちが吹き溜まりやすいのだ。

もしかしたら「ポイズン」へのアンサーが「Twitter」なのかもしれない。


最近はTwitterだけではなくTwitterのボイスチャット機能も使っており早くも依存傾向だ。

しかし、自分で部屋を開くのは怖くてあまりできない。よってTwitterを68時間やる傍スペースが開かれてないかチェックする時間が10時間ほど追加された、地球温暖化のせいなのか1日が長くなるばかりだ。


だが、スペースの場合は基本独り言であるツイッターと違い、相手はAIや「1か2を押した後シャープを押してくれ」と言ってくる機会音声ではなく多分生身の人間だ。


つまり私は人間と話したがっており、その機会を1日10時間ほど伺っているということになるのだが、じゃあ今すぐ外に出て近所の人とお話ししたいか、というと全くしたくないのである。


つまり他人との交流を避けているように見えるひきこもりも、本当に全人類と関わりたくないと思っている孤高のひきこもりは少数派で、自分の話やすい場所や話やすい相手がいる「ホーム」なら、積極的に交流したいと思っていたりするものだ。


ひきこもりのみならず、誰にとってもホームは必要であり、帰るホームがあるからアウェーで詰められてもまだ耐えられるのだ。


さらにそのホームで仕事など生きていくために必要な活動ができればいうことがない。


これまでもネットコミュニティやネトゲなどが「ここでは活躍できるし、みんなとも仲良くできる場所」として、現実がアウェーになっている人間のホーム的役割を担うこともあった。しかし、残念なことにそこをホームにすればするほどリアルホームの家賃が払えない事態になりがちであった。


よって俺たちのホームは「現実逃避」とも呼ばれ「まずはそこから出ろ、変なゴーグルを外せ」と言われることもしばしばであった。

だが、自分にとってはそれがホームであり、大事な居場所、そして俺はそこに生きるハンターなので、そこを奪おうとする周囲とさらに関係が悪化し、変なゴーグルを取り上げようとしてきた親をハントしてしまう事件も起こりうる。


つまり非現実世界であり、そこで成果を出しても無意味だし、いつかは現実に戻らなければいけないという問題があった。ところが、今後この問題が解決するかもしれない。


最近「メタバース」という言葉が注目を集めている。


「メタバース」とは仮想共有空間という意味であり、VRやAR技術を使い、己の分身であるアバターを操作し、仮想空間の中で活動する技術のことだ。


最近ではあのFacebook社がこのメタバースに全力であり、社名を「meta」に変えてしまうほどの気合の入れようだ。

おさるをモンキッキに変えるレベルの取り返しの付かなさを感じるが、それだけマジということだ。


自分のアバターを仮想空間で操作するというのは、既にゲームなどでよくある。

しかしメタバースの目指すところは、メタバース内でも現実と変わらない学習やビジネスなどができるようにすることらしい。


メタバース内にも街や建物があるので、それを作る3D建築家などのリアル雇用やリアル賃金が発生するようになる、ということだそうだ。

どうぶつの森で言えば、たぬきちへの借金がリアルマネーになったような感じだ。


そう聞くと何も利点がないように感じるが、これはひきこもりにとって活路になる話である。


見つめ合うと素直におしゃべりできないどころか、まず相手の目が見れない私でも、スペースを使えば、少なくとも対面よりはコミュニケーションが可能になる。

つまり、コミュニケーションの問題でリアル企業で働けなかった人間でも、メタバース企業なら会社勤めができるようになるかもしれない、ということだ。


ただ人間が集まればそこにルールやマナー常識が発生し、そこから逸脱しているものが弾き出されるという現象が起きる。


メタバース企業に就職しても、「会社に黒ソックスアバターで来るのは非常識」等の理由で孤立し、今度はメタバース内でもひきこもりが発生するのではないか、とも思う

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

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