第45回
文字数 2,555文字
あったかくなってきた! 春のうららかな陽光にもマケズ、ひきこもりを続けるぞ。
どんな季節も自室に籠城、
インターネットが私たちの庭なんです。
脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、
困難な時代のサバイブ術!
「ひきこもり」になりがちな人は、他者とのコミュニケーションが苦手というより対面での「会話」が苦手なのではないか、という話をしてきた。
実際、職場や学校で「あいつの声聞いたことがねえ」と言われているような人間でも、ネット上では饒舌で「彼の陥没乳首論は一聴の価値がある」と、一目置かれる存在であることも珍しくない。
それを「ネット弁慶乙」で済ませず「適切な表現ツールさえ与えれば能力が発揮できる人」と捉えれば、会話が苦手な人でも社会的ひきこもりにならず、働くことも十分に可能なはずである。
目が悪い人に、根性で視力を良くしろと言っても無理なように、会話能力が低い人は会話能力を伸ばすより、視力が低い人がメガネをかけるように、コミュニケーションをアシストするツールを積極的に使わせた方が早い。
Clubhouseもネットコミュニケーションツールだが「会話」に特化したシステムである。
よって「会話」が苦手な人間が他のSNSのノリで参戦すると、現実の会話と同じ「やらかし」をしてネットにさえ居場所がなくなる恐れ、もしくは「昨日のClubhouseでやらかしてしまったかもしれない、しかしこの程度のやらかしで怒るなんて、あいつらは心が狭すぎるのではないか、もうこんな所にいられるか、私は自分の部屋に帰らせてもらう」と被害妄想が炸裂し、自滅する恐れがある。
また会話に特化しているということは、Clubhouseはリアル同様「会話が上手い奴が無双する世界」ということだ。
よって、会話が弱い奴がうっかり参戦して強い奴に見つかると「あいつ倒してゴールド稼ごうぜ」という感じで、気がついたら何か買わされてたり、何らかの神を信じさせられている恐れがある。
そもそも最初から、「会話ツール」ですと言ってくれているものに、会話が苦手だと自覚がある人間が入るというのは「この先25メートル先、陸」という看板を無視する魚類ぐらい愚かな気がする。
しかし人間は魚類ほど賢くないため、「この陸なら大丈夫かも知れない」と何度も陸に上がって死んでしまうことがままあるのだ。
そんなわけで、一応Clubhouseに招待してもらったものの、現状何もしていない。
だが、会話が苦手だから、出来るだけ会話は避けて暮らすという方針にしているが、「全く会話せずに生きる」というのも不可能である。
会話せずに生きるのが不可能な以上、できれば会話に対する苦手意識はなくしたいし、少しは上手くなりたいとも思っている。
もしかしたらClubhouseは、「会話の練習」に良いのかもしれない。
まず「町内会の集まり」や「ママ友会議」など、一回のミスが命取りになるコミュニティよりは「ケータきゅん大好き侍集まれー!」みたいなルームの方がまだ落ち着いて話せるだろう。
また、前者のコミュニティでやらかすと「引っ越す」以外解決策がなくなってしまうが、ネット上なら姿を消すだけで何とかなる。
しかし、Clubhouseで上手く話せるようになったからと言って、リアルでも上手くいくというわけでもない。
何故ならClubhouseは、お互いの姿が見えないからだ。
「会話能力」というと、話す力や聞く力と思いがちだが、実は「挙動」つまり「見た目」も大きく作用している。
言っていることは立派な教育論だが、その間ずっと股間を揉みしだいている人に我が子を預けたいと思うだろうか。
会話が苦手な人間は、会話する時、極度の緊張状態になっている場合が多く、自ずと挙動不審になってしまい、話す内容より「様子のおかしさ」から「ちょっとアレな人」と思われることが多いのである。
実際、無口でも常に穏やかな笑みをたたえている人なら、「変なヤツ」と思われることはあまりないのだ。
逆に、饒舌で話も面白いが、目が全く笑っていない人や、どこを見ているのか全くわからない人の方が怖い
会話が苦手な人は、会話に恐怖を感じていると思うが、自らの挙動で周りに恐怖を与えているケースも多いのだ。
Clubhouseでは、見た目や挙動は相手に見えず、純粋に声や会話内容だけで判断されるので、またリアルでの会話より優しいと言える。
よって、会話の模擬戦、そして日本語を忘れないためにClubhouseを利用してみるのはありかもしれないと思っている。
しかし、逆に言えば、リアルコミュニケーションでは会話よりもまず、挙動や見た目を何とかした方が良いとも言える。
容姿は変えられないし、挙動というのは癖なのでなかなか治せるものではない。
ただコミュ症の中には私のように唯一簡単に治せるはずの「身だしなみ」すらおろそかになっているタイプがいる。
会話では「私の発言に気分を害されたのではないか」とイチイチ自意識過剰なのに、見た目のことになると「人はそこまで自分のことを見ていないし、寝間着で自治会議に来てしまっていることにも誰も気づいていない」と急に大らかだったりするのだ。
人は、会話の細かい齟齬にそこまで気づかない、しかし視覚的なおかしさには割とすぐ気づくものである。
パンイチで股間を揉みしだきながらClubhouseをやっている人は、いくらClubhouseで会話が上手くなっても駄目なような気がする。
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中