第1話

文字数 8,224文字



プロローグ

「まさか……」
 と、彼が言った。
「だって――」
 と、彼女が言いかけると、
「そんなこと、あるわけないよな」
 と、彼は自分に言い聞かせるように、「そうだろ?」
「だって、んだもの!」
 と、彼女が彼の腕をつかんで、「そうでしょ? あったっていいじゃないの。世の中、何が起るか分らないわよ」
「それはまあ……」
「ちゃんと現実を見てよ! 確かに今、ここに私とあなたがいるのよ。幻でも何でもない、生身の私たちが」
「うん……。そうだね」
 と、彼は肯いたが、
「何だかはっきりしないわね! 何が気に入らないの?」
「いや、別に……。もちろん嬉しいんだよ、こうして君に会えて。でも……僕はこれまでずっと悪い巡り合せばかり経験して来たんだ。だから、幸運なんてものは、この世に存在しないと……。少なくとも僕にとっては、あり得ないと思い込んでいた。期待しなけりゃ、失望することも絶望することもないだろ? うまくいかなくても、『やっぱりね』と思って、過ぎたことを振り返らずに生きて行こうと……」
「私も『過去』の断片なの?」
「いや、まだ……。だって、昨日会ったときも初めてだって思ってたわけだから……」
「それでいいのよ」
「そうかね……」
「そうよ!」
 と、彼女は力強く言った。「二度なら偶然ってこともあるでしょ。でも、【三度】なら、これはもう運命。運命的な出会いってものよ」
 そう言われると、そんな気もしてくる。
 うん。――彼女の言うことを信じていればいいのかもしれない。何といっても、彼女は僕と違ってこの世界でちゃんと生きて来たんだからな……。
 ――ほんの数十人しか集まらない、映画サークルのイベントで、たまたま隣の席にいたのが彼女だった。
 映画そのものは期待していたほどでもなかったが、彼は「まあ、ほどほどかな」という気分で席を立った。
 しかし、いきなり隣の席にいた女性にグイと腕を捕まれ、
「ひどいわね、こんなの!」
 と、不満をぶちまけられたのだ。
 そのまま二人は表の喫茶店に入って、今見た映画について語り合った。――といっても、九十九パーセントは、彼女の方がしゃべっていたのだが。
 で、ひとしきり、映画をけなし終ると、
「あなた、名前は?」
 と、彼女が言った。「私、長谷倉ひとみ」
「あ……。僕、変った名前でね。叶……。願いが叶うの〈叶〉で、名前が〈連之介〉って……。ね、変な名だろ?」
 しかし、彼女は笑う代りにまじまじと彼の顔を見つめて、
「――信じられない」
 と言った。「あなた、〈連ちゃん〉?」
「え?」
「私、三軒隣にいた〈ひとみ〉よ。小さいころ、〈連ちゃん〉の家によく遊びに行った……」
「あ……」
 さすがに、そこまで言われると、彼にも分った。「ひとみちゃんか!」
「そう! ――まあ、こんな所で会うなんてね!」
 二人は、その後、安上りな定食屋で一緒に食事をした。
 ここでも、話はもっぱら彼女の方からで……。小さいころからそうだったということを、彼は思い出すことになった。
 そして、
「また会おうね!」
 と、二人は握手して別れた。
 別れてから、彼は、ひとみの連絡先を、何一つ聞いていなかったことに気が付いた。
 これじゃ、会うに会えないよな、と思って、しかし、「これで良かったんだ」とも思ったのだった。
 そして――翌日、彼は下町の倉庫に出かけて行った。
 倉庫は今、演劇の稽古場になっており、この日は、ある映画のためのオーディション会場に使われていた。
 オーディションといっても、マスコミが取材に来るような華やかなものではなく、新作映画の脇役――はっきり言えば、「その他大勢」を何人か選ぶということだった。
 そんな地味なオーディションでも、定刻には、控室に三十人近い男たちが集まっていた。
 募集の条件が「三十代から五十代の男性」と、幅広かったので、中にはどう見ても七十過ぎという高齢者も混っていた。
「――時間になりましたので、オーディションを始めたいと思います」
 と、ジーンズ姿の女性が説明に現われた。
「皆さん、経歴を書いたものは提出していただきましたね? では受付番号順にお呼びしますので、一人ずつ、次の部屋へ入って下さい」
 と、ドアを指した。
「終ったら、ここへ戻って、全員の面接が終るまで待機して下さい。採用は数名ということで、人数は確定していません」
「あの……」
 と、一人がちょっと手を上げて、「以前、他のエキストラで出たときに、お見かけしたような……。スクリプターさん、ですよね」
「ええ。よく憶えてますね」
 と、笑顔になって、「スクリプターの東風亜矢子です。では、五分ほどしたら、始めます」
 正確に五分後からオーディションは始まった。叶連之介は〈16〉だったので、少し待ちくたびれた。
「〈16〉の方、どうぞ」
 呼ばれて、次の部屋へ入ると、
「叶連之介と申します」
 と、一礼して、「よろしくお願いします」
 ポツンと置かれた折りたたみ椅子に腰をおろして、目の前に並んだ顔ぶれをザッと眺めると――。
「まあ」
 と、言ったのは、長谷倉ひとみだったのである。「連ちゃん!」
 子供のころを一回目と数えれば、昨日が二回目。そして今日は三回目の、「運命の出会い」であった。

 1 地味なお話

「どうもね……」
 さっきから、同じ言葉を何度聞かされていることか。
 東風亜矢子はハラハラしながら、正木がいつ「キレる」か見守っていた。
 しかし、今のところ正木はいつになく我慢強く、
「今は、いいものなら、DVDや、ネット配信で見られます。決して損はないと思いますがね」
 と、同じ説明をくり返している。
「まあ、おっしゃることは分るんですが……。どうもね……」
 その中途半端な「芸術を愛する企業経営者」は、また「どうもね……」と呟くように言って、その先を言おうとしなかった。
 その社長にしてみれば、「言わなくたって分るだろう」ということだったに違いない。
 つまり、「映画製作に出資する」のは、もちろん「優れた日本映画を世に送り出すことに貢献し、企業イメージをアップさせる」ためだということ。――しかし、本音では「損するようなものに金は出せない」と言いたかったのである。
 監督の正木悠介は「実力派映画監督」と言われている。それはつまり、
「なかなかいいものを作るが、大ヒットは望めない」
 という意味なのである。
「要するに……」
 と、正木は息をついて、「どういう点がご不満なのですか?」
 亜矢子は、うまくない、と思った。
 そろそろ正木の辛抱に限界が訪れようとしている。正木の下でスクリプターをつとめて来ている亜矢子には、正木の心の動きが手に取るように分るのだ。
「コーヒー、冷めてしまいましたね」
 と、亜矢子はさりげなく、「熱いのに換えてもらいましょう」
 ホテルのラウンジなので、おかわりは自由にできる。
 しかし、亜矢子が、こっちを見ているウェイトレスを探している間に、その社長は口を開いていた。
「要は、内容が地味過ぎませんか、ということですわ」
 と、スポーツ新聞の話題でも持ち出すかのような口調で、「出資するなら、こう……パッと人目をひいて、話題になるようなもんでないと……。AKなんとかいうグループの女の子でも主役にするとか。わしはいいと思っとるんですがな」
 終りだ! 亜矢子は一瞬目を閉じてしまった。
 しかし、正木はここではキレず、
「なるほど」
 と肯いて見せたのである。
「なあ、監督さんだって、どんなにいい映画をこさえたって客が入らなかったらしょうがない。次の映画が作れなくなるでしょ? 本音で話しましょうや。こんな地味な恋愛もんでなく、若い女の子がパーッと並んで、ビキニの水着で浜辺を走る! いいですなあ! 全国のおっさんたちが見に行きますぜ」
 その社長は、自分で監督でもやりかねない様子で大笑いした。
 そもそもの正木の企画は、「生活感のある大人同士の男女の恋愛映画」。
 昔のメロドラマは、主人公たちが一体どうやって食べているのかよく分らない、生活感の欠けたものが多かった。
 恋人を追って突然パリに行ってしまったりする。飛行機代はどこから出るのか? 仕事を勝手に休んで大丈夫なのか?
 正木は、現実生活を無視しないメロドラマを撮りたいと思っているのだ。当然、主役は女子高校生なんかではない。
 生活に追われ、世のしがらみに縛られた中年の男女だ。話が地味になるのは当然のことだった……。
 社長の笑いがおさまるのを待って、亜矢子は、
「すみません!」
 と、大声でウェイトレスを呼んだ。「コーヒーをいれかえて下さい」
「いや、それはやめた方がいいだろう」
 と、正木が言った。
「監督――」
「こちらの社長さんが、熱いコーヒーでやけどをするといけない。コーヒーはぬるいに越したことはない」
 その社長、正木の言うことを真に受けて、
「いや、口の中をやけどするような熱いのは出さんでしょう。いくら何でもホテルですからな」
 と言った。
「口の中は大丈夫でしょうが」
 と、正木は社長の禿げ上った頭へ目をやって、「頭髪のない頭はやはり危いと思いますよ」
 正木の言葉に、さすがに社長の顔から笑いが消えて、
「――そういうことでしたら、この話はなかったことに。それでよろしいですな」
「それがお互いのためでしょうな」
 フン、と鼻を鳴らして、社長はさっさと立ち上って行ってしまった……。
「――コーヒー代、払わせましょうか」
 と、亜矢子は言った。
「まあいい。コーヒー一杯ぐらいはおごってやろう」
 と、正木は肩をすくめた。
「一杯、千五百円ですが」
「なに!」
 と、目を丸くして、ウーンと唸ったが、「まあいい。今さら追いかけるのも、みっともない」
「私、払ってきます」
 三人でコーヒー代、四千五百円、プラス税金とサービス料で五千円を超える。
 お母さんに払わせてやろう、と亜矢子は考えていた。
「でも、難しそうですね、資金調達は」
「今に始まったことじゃないさ」
 と言って正木はテーブルに置いた〈企画案〉のファイルをパラパラとめくった。
「おい、亜矢子」
「何ですか? 私、お金持ってませんよ、何億円も」
「スクリプターで大金持になった奴なんか、聞いたことがない」
「そうですね」
「いや、この企画、当分は宙に浮いていそうだ。お前、他の組について稼いだらどうだ」
 亜矢子は絶句した。正木がこんなことを言うのを聞いたことがない。
「でも、もう予定空けちゃってるんで」
 と、亜矢子は言った。「スポンサー、他を当ってみますか」
「といってもな……」
 正木は四十代半ば。映画監督として、脂ののり切ったところである。
 しかし、企画だけが無情に流れていく。もともと、映画やTVドラマの企画は九十九パーセント流れるものだが、そうと分っていても、流れればがっかりするのは当然だ。
「じゃ、今回は諦めますか」
 と、亜矢子はわざと言ってみた。
 こう言えば、まず「誰が諦めるもんか!」と言い返してくる。しかし――。
「そうだな……」
 と、ポツリと呟いたので、亜矢子はびっくりした。
「監督、しっかりして下さいよ!」
 つい、声が大きくなって、ラウンジの他の客がみんな振り返った。あわてて、
「いえ、何でも……」
 と、口の中でモゴモゴ言って、冷たい水をガブ飲みした。
「お前、この間、どこかのオーディションに行ってたじゃないか」
 と、正木が思い出して言った。
「ああ、あれは頼まれて手伝いに行っただけです。――長谷倉ひとみって、高校のときの友達が、今度映画を撮るっていうんで」
「新人か」
「ええ。第一作です。オーディションのやり方も分らないんで、仕切ってあげたんですよ」
「いい役者は見付かったのか」
「オーディションっていっても、主役クラスじゃなくて、職場の同僚って役どころです。でも、年齢を大まかにしか出さなかったんで、十八歳から七十歳まで来ちゃいましたよ」
 亜矢子の話に、正木はちょっと笑った。その笑顔を見て、亜矢子は少しホッとした。
 何しろ、現場では偉そうにしている(本当に偉いのだが)監督だが、実は傷つきやすく繊細なのだ。正木のことはよく分っている。
「そのオーディションで、偶然の出会いがあって」
「何だ、それは?」
「それこそメロドラマみたいなんです。幼ななじみの男の子と、ひとみが前の日に出会ってたんですけど、その彼がオーディションに来たんですよ! お互いびっくりして……。オーディションと関係なく、恋に落ちたみたいです」
「現実ならそれもいいな」
 と、正木が言った。「映画でやったら笑われる」
「そうですね」
「こんなラウンジで、初恋の人と巡り合うなんてシーンを撮ってみたいもんだな」
 と、正木は言った。「おい、亜矢子」
「はい」
「やっぱり千五百円で一杯じゃもったいない。コーヒー、おかわりもらおう」
「分りました! ――お願いします」
 二杯飲めば、一杯七百五十円になる。実際はそうじゃないのだが、気持の問題だろう。
 熱いコーヒーをゆっくり飲んで、
「うん。確かに旨いな」
 コーヒーにはうるさい正木である。「旨いと思わなきゃ、やり切れん」
 すると、
「失礼ですけど……」
 と、見るからに高級ブランドのスーツを着た女性がそばへやって来て、「もしかして、正木さん? 正木悠介さんじゃ」
「正木ですが、どなた……」
 と、その女性を見上げる。
「やっぱり! 映画監督ですよね、今は」
 と、その女性は言った。
「ええ、まあ……」
 と言いかけて、正木の方にも、「まさか」という表情が浮かぶ。
「懐しいわ! 高校で一緒だった、ルミ。門田ルミ。憶えてる?」
「もちろん! 君じゃないかと思ってた。――よかったら、かけないか?」
「じゃ、連れが来るまでね」
 と、同じテーブルを囲むと、「私、今は本間というの。本間ルミ」
「いや……。今、ちょうどこいつと偶然の出会いの話をしていて」
 と、正木は言った。「あ、これはスクリプターの東風亜矢子」
「〈こち〉?」
 亜矢子が名刺を渡す。
「じゃ、撮影現場のお仕事? てっきり私、正木さんの【彼女】だと思ってた」
「違います」
 と、亜矢子はきっぱりと言った。
「あ、こっちへ持って来て」
 と、本間ルミは、コーヒーを持って来たウェイトレスに声をかけた。
 亜矢子はそれを聞いて、
「本間さん、演劇をやられてました?」
「ええ。よく分るわね」
「声がとてもよく通ります」
「まあ、ありがとう! 嬉しいわ」
「そうだ。君は演劇部のスターだったね」
「恥ずかしいわ。素人芝居よ」
 と、本間ルミはコーヒーを飲んで、「でも、情熱だけはあったわね、あのころ」
「うん、そうだ」
 正木は肯いて、「僕は演劇部の連中が羨しかったよ。文化祭で、オリジナルの劇を上演するのに、連日夜中まで稽古していたじゃないか。僕はといえば、自主映画と言えば聞こえはいいが、およそ作品の態を成していないわけの分らない映像を撮って、誰からもほめてもらえなかった」
「へえ、監督にもそんなころがあったんですか」
 と、亜矢子が言うと、正木は「しまった」という様子で、
「おい、誰にも言うんじゃないぞ」
 と、しかめっつらをして見せた。
 ルミが笑って、
「恋人同士じゃないかもしれないけど、とても息が合ってらっしゃるわね」
 と言った。
「漫才やってるようなもんです」
 と、亜矢子は真顔で言った。
「それで今日は、次回作の打合せ?」
 と、ルミが言った。「この間の〈闇が泣いてる〉、良かったわね」
「見てくれたのか」
「あなたの映画は全部見てるわよ。頑張ってるな、って嬉しくて」
「それは……ありがとう」
 正木は思いがけず胸に迫って、目頭を熱くしたようだった。亜矢子はちょっと安堵した。
〈闇が泣いてる〉は主演の水原アリサが好評で、作品は大ヒットとはいかなかったが、そこそこの成績だった。水原アリサは今、TVの連続ドラマに主演が決って多忙な日々である。
「次はどんな作品になるの?」
 と、ルミが訊いた。
 正木が詰って、
「まあ……企画は色々あるんだが……」
 と、口ごもる。
「メロドラマです」
 と、亜矢子が言った。
「まあ、懐しい言葉ね」
 と、ルミがちょっと眉を上げて、「最近あんまり聞かないけど」
「現実離れしたメロドラマじゃなくて、リアルな、生活感のある、中年の男女のメロドラマを目指してるんです」
 亜矢子が企画説明をすると、正木の方は却って照れてしまうようで、
「いや、まあ……狙いとしてはね。しかし、今どきそんな話ははやらないと言われてしまうのでね」
「はやらなくたっていいじゃないの」
 と、ルミが力づけるように、「はやりすたりなんか、追いかけちゃだめよ」
「うん。ありがとう」
 と、正木が肯く。
 亜矢子は、本間ルミのひと言で正木が何だか急に生気を取り戻した様子なのにびっくりした。
 正木が「怖い監督」と言われながら、その実、ナイーブな人間だということは知っていた。でも、これほどとは……。
 本間ルミという女性が、正木の心の中で、特別な場所を占めているのかもしれない、という気がした。
 しかし、いかに正木が流行におもねらない作品を作ろうと思っても、資金なしでは不可能なのだ。それこそ学生の作る自主映画ではない。
 最低限の製作費は必要だ。
 正木はちょっと咳払いして、
「君――今は何か仕事してるのかい?」
 と訊いた。
「そう見える?」
「うん……。立派な雰囲気だからね」
 と、正木は妙な表現をした。
「名刺、お渡しするわね」
 ルミがバッグから名刺を取り出す。正木はそれを見て、
「社長? 君、経営者なのか」
 と、目を丸くした。
「夫が亡くなって、後を継いだの。――未亡人なのよ、私」
「そうか。しかし……堂々としてるね」
「何とかやってるわ。――あ、ごめんなさい」
 ラウンジに入って来た長身の外国人を見て、
「待ち合せてた人なの。それじゃ、頑張ってね!」
 サッと立ち上って、その外国人の方へと足早に向う。二人は軽くハグして、近くの席に落ちついた。
「颯爽としてますね」
 と、亜矢子は言った。「相手と英語で話してますよ」
「言われなくたって分る!」
 正木は、面白くなさそうに、「俺だって、英語で話すぐらいのこと……。天気がいい、ぐらいは言える」
 ――実のところ、正木の次回作については、出資してくれる人物がいたのである。
 亜矢子の母、東風茜と親しい実業家で、九州にスーパーのチェーンなどを持つ、大和田広吉だ。前作〈闇が泣いてる〉の撮影のときに知り合って、正木の次回作の製作費を出してくれることになっていたのだが……。
 娘みたいな、十七歳の新人女優、貝原エリに大和田が惚れてしまった。エリが十八歳になると結婚。
 すると、そのタイミングで、貝原エリを主役にしたSFファンタジー映画の企画が持ち上った。若い新妻にメロメロの大和田は、CGや特撮を使ったその大作に出資することになって、正木の方の話は、「なかったこと」になってしまったのだ……。
「――引きあげるか」
 と、正木は言った。
「そうですね。でも、監督、良かったですね」
「何が良かったんだ?」
「昔の、憧れの人に再会できて」
「人をからかうな」
 と言いながら、正木は満更でもない表情だった。
「それじゃ――」
 と立ち上った亜矢子は、「あれ?」
「どうした」
「このテーブルの伝票……。今の本間ルミさんが持ってってしまったんですね」
「彼女が?」
 正木は少しの間、外国人と談笑しているルミを見ていたが、「――確かに、そういう人だったな、彼女は」
 と、ひとり言のように言った……。

(第2話につづく)
※【目次】をご覧ください。

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