今月の平台/『別れを告げない』
文字数 2,308文字
書店の一等地といっても過言ではない「平台」は、今最も注目のオススメ本&新刊本が集まる読書好き要チェックの胸アツスポット!
毎月刊行される多くの文芸書の中から、現役書店員が月替わりで「これは平台で仕掛けたい!」と思うオススメ書目1冊をPick Up!&読みどころをご紹介します!
現代を生きる二人の女性が、家族や職を失い、もがき苦しみながらも、這い進むように再びの生を得ていく情景が微細に描かれた小説。偏頭痛や指を切断する大怪我など、二人を襲う肉体的な痛みが延々と続くが、痛みの鮮明な描写を読むことが不思議なほど苦にならなかった。
ソウルに暮らす作家キョンハは虐殺に関する本を執筆しているころから、夢にうなされるようになった。夢が暗示する意味を問う記録映画にしたらどうかな、とドキュメンタリー映像作家の友人インソンに提案する。インソンは済州島出身。十代の頃に家出をし、その後島を離れた。おちゃめで飾らない雰囲気のインソンの背後には常に苦悶の表情から抜け出せない済州島の母の姿が圧し掛かっている。逃れようと抗っても、雪さえ降れば母は1948年に起きた済州島四・三事件の時のことを思い出してしまう。その母が認知症になり、インソンは島へ帰り介護をし、映像制作を辞めて、家具職人として身をたてながら母を看取ったところだ。
四年の月日が流れ、キョンハの状況も万全ではなかった。眠れない日が続き、遺書をしたためる日々の中、インソンから「すぐ来てくれる?」とメールが届く。
大怪我で病院に運ばれた友の願いは、島に残してきた愛する鳥の世話をしてきてほしいというものだった。警報級の暴風雪の中、鳥のために、雪を搔き分け、友の故郷を訪ねる道行きにあるキョンハの心情と目に映る風景の描写は、永遠に読み続けていたいと思うほど美しく哀しかった。島で交わされる会話はとても少ないが、バスの運転手や乗り合わせた人、偶さかな出会いと別れにキョンハの心は揺れ動いていた。辿り着いた先にあったものは、どんなに降り積もった雪にも隠し切れない暗澹たる歴史と、生々しい家族の虐殺の記憶だった。
「別れを告げない」という言葉がさらりと表れ、やかんとマグカップ二個を両手に持って、その言葉の意味を解釈しあうシーンがぽつりと置かれていた。降りしきる言葉の結晶を待つ感覚が長く続く。翻訳者のあとがきにはその歴史の意義と土地の言葉への思いも添えられ、物語のより深いところへと導く。もう何度でも読みたい。
丸善名古屋本店 竹腰香里さんの一冊
金子玲介 講談社
ドキッとするタイトルに惹かれ、ページを捲った途端、すでに山田と二年E組に夢中になっていました。交通事故で亡くなった山田の声が何故か教室のスピーカーから。話を追うごとに物語が深くなり、まさかのラストに驚愕。ひたすら楽しくて切なくて、忘れかけていた感情を思い出させてくれる物語です。
高坂書店 井上哲也さんの一冊
金子玲介 講談社
特殊設定にもほどがある。なんだ、死んだ同級生がスピーカーの声になって蘇るって……あんまりにも突拍子もなく馬鹿馬鹿しい事なのに、何故かすんなり受け入れてしまっている自分がいる。物語は青春そのもの。高校時代にタイムスリップした読者達は、時に震え或いは胸を熱くして、喜怒哀楽を全開にさせられるだろう。
丸善丸の内本店 高頭佐和子さんの一冊
金子玲介 講談社
軽い読み心地とユニークな設定がウリの小説だろうと思い込んで手に取りましたが、全く違う読後感でした。終わらない青春の中にいる山田と、成長していく二年E組の生徒たち。彼らのことを、きっと、ずっと忘れません。
紀伊國屋書店横浜店 川俣めぐみさん
金子玲介 講談社
死んだはずの山田が教室のスピーカーに憑依した。そんな突飛な設定がなぜかすんなり受け入れられた。そして、男子高校生たちのノリに声をだして笑ってしまう。笑ってたはずなのにいつの間にか泣いている。そんな感情が大忙しな小説。メフィスト賞にハズレなし!
出張書店員 内田剛さんの一冊
辻堂ゆめ 中央公論新社
事故によって自由を奪われた女性に共感する「私」。運命的な出会いと美しい闇。もう一人の自分が暴いたのは、残酷な真実と偽らざる人間の素顔だった。理性と感性を同時に揺さぶる唯一無二の感動がここにある。
佐賀之書店 本間悠さん
川瀬七緒 中央公論新社
親の仇を討つために、そして己の欲求のままに、詐欺師となった女たちが共闘するバディもの。何とも名状し難い彼女たちの関係にハラハラしながら、どん底のラストを覗いてください。
紀伊國屋書店梅田本店 小泉真規子さん
彩瀬まる ポプラ社
生きるのがちょっと不器用な茂さんと、そんな茂さんのそばに寄り添うチャボの桜さん。種が違っても言葉が通じなくても、大切に思う気持ちはきっと伝わる。どんな人にも寄り添ってくれるやさしい一冊。
ときわ書房本店 宇田川拓也さん
スティーヴン・キング 文藝春秋
作家デビュー五十周年を迎える“ホラーの帝王”がものした、非ホラー作品にしてキャリア最高レベルの超傑作! 凄腕の殺し屋が受けた最後の仕事。街に溶け込むため小説家を装い、標的を待つが……。深い感動の涙が、あなたを待っている。