第24話 言葉巧みに言い訳をする事務所社長も、最後には・・・・・・

文字数 3,330文字

「てめえっ、このハイエナ野郎が!」
 広瀬が立浪の胸倉を摑(つか)んだ。
「殴りたいなら、どうぞ。こっちは、ネタが増えて嬉しいですよ」
 立浪は、無機質な瞳で広瀬を見据えた。
 舌打ちした広瀬が、立浪から手を離した。
「せめて、彼女を解放してくれ。それが、取材に協力する条件だ」
 広瀬が立浪を睨(ね)めつけた。
「あなたは取材を受けるかどうかを決める立場にはありません。なにより、人に物を頼む態度に見えません。ですが、特別に認めましょう」
 立浪は、上からの物言いに終始した。
 大河内という切り札を出しても退(ひ)かない以上、広瀬は立浪に従う以外に道はない。
 その気になれば、立浪を振り切ってこの場を立ち去ることができるはずだ。
 それをしないのは、その後に地獄が待っているのがわかっているからだ。
 なんとかスキャンダルの記事掲載を回避するために、広瀬はインタビューに応じることにしたのだ。
「お前は行っていい」
 広瀬が言い終わらないうちに、顔を両手で覆ったまま愛美が駆け出した。
 立浪が目顔で合図をすると、三上が愛美の正面に回り込みシャッターを切った。
 愛美は全速力でエレベーターに乗り込んだ。
「おいっ、約束が違うだろう!」
 広瀬が血相を変えて詰め寄ってきた。
「私はあなた一人のインタビューでいいと約束しただけで、彼女の写真を撮らないとは約束していません」
 すべてが、シナリオ通りだった。
 黙りこくって広瀬の背後に隠れている愛美より、顔を隠しながら逃げ出す姿を掲載したほうが何倍も絵になると考えたのだ。
「貴様って奴は……」
「さあ、始めましょうか? まず、広瀬さんが釈明する時間を差し上げますので、アイミーと不倫関係でないというのなら、なぜここに二人で現れたのかを説明してください」
 立浪は広瀬を遮り、ジンバルカメラのスイッチを入れた。
「このマンションはそちらも知っているように、以前、『エンジェル7』の研究生が寮として使用していました。手狭になったので新しい寮に引っ越したのですが、『エンジェル7』がメジャーになるに連れて研究生の数が増えてきて……それで、元の寮をふたたび使うことにしたんです。そこで、内装とかを相談するためにアイミーにはたびたび協力して貰っているんですよ。アイミーはメンバーの顔でもありますし、彼女がプロデュースした寮ということになれば話題にもなるでしょう。あ、ちょうどよかった。お宅の雑誌で、アイミープロデュースの特集をやってくれませんか? これもなにかのご縁ですから、ノーギャラで構いませんから」
 広瀬が、カメラを止めているときとは別人のような愛想のいい顔で受け答えた。
 苦し紛(まぎ)れの言い訳としては上出来だが、しょせんはメッキで固めた言い訳だ。
「それはありがたい申し出ですが、まず最初に広瀬社長とアイミーが不倫関係ではないという説明をしてください」
「いま、説明したじゃないか? アイミーには研究生の寮のプロデュースを……」
「広瀬社長は、つき合ってもいない所属タレントの腰を抱き寄せて歩くんですか?」
 立浪は、広瀬を遮り言った。
「え? 君は、なにを言ってるのかな?」
 広瀬が平静を装い、紳士的な物言いでシラを切った。
「三上さん、見せてあげてください」
 立浪が言うと、三上が車内から撮影した写真のデータを広瀬に見せた。
「なっ……」
 液晶を覗(のぞ)き込んでいた広瀬の顔から血の気が引いた。
「あなたが車から降りて、アイミーの腰を抱き寄せたところをカメラに収めています。これで交際していないというのは、かなり無理があると思いますが。まだシラを切りますか?」
 立浪は、じわじわと広瀬を追い詰めた。
 認めるもよし。シラを切り通すもよし。
 どちらを選択しても、広瀬には地獄しか待っていない。
「ああ……あれは、習慣だよ、習慣」
 広瀬は必死に笑顔を作っていたが、頬の筋肉は強張っていた。
「習慣と言いますと?」
「私はこう見えても帰国子女で、挨拶でハグしたり頬にキスしたり初対面の女性にもするんです。アイミーの腰に腕を回したのも、エスコートの意味合いです。まあ、でも、日本ではあまりやらない行動なので気をつけなければなりませんね」
 広瀬も、十数億の違約金を背負わないために必死だ。
「欧米的コミュニケーションですか? 広瀬さんのお言葉をどう受け取るかは、読者と視聴者のみな様に判断して貰いましょう」
 立浪は言うと、ジンバルカメラのスイッチを切った。
「お前、本当に記事にするつもりか!?
ふたたび、広瀬が態度を豹変させた。
「帰国子女のスキンシップなんでしょう? だったら、堂々としていればいいじゃないですか」
 立浪は、人を食ったように言った。
「下手に出ていればいい気になりやがって! 大河内さんに相談する。取りやめるなら、いましかないぞ!? これは脅しじゃない。本当に、連絡するからな!」
 広瀬がスマートフォンを取り出し、立浪の顔前に突きつけた。
「どうぞ、ご自由に。お渡しした名刺に私の携帯番号が印刷されていますから、その番号を伝えてください。今回は事務所の社長である広瀬さんが絡んでいるので、記事の掲載を通達する手間が省けました。これから編集部に戻り、記事掲載とWEB配信の準備に取りかかります。では、失礼します」
 立浪は一方的に告げると、広瀬に背を向けアルファードに向かった。
「ハッタリじゃねえぞ! 本当に、大河内さんにかけるからな!」
立浪の背中を、広瀬の声が追ってきた。
 わかっている。
 広瀬としては、記事を揉み消すためにはその選択肢しかなかった。
 早ければ二、三時間以内に、大河内から連絡が入るだろう。
 たいていの出版社は、大河内から恫喝されればアイミーのスキャンダルの掲載を取りやめるに違いない。
 立浪は広瀬の声を無視して、アルファードに乗り込んだ。
「なにあいつ!? めちゃめちゃパニクってんじゃん! マジでウケるんだけど!」
フロントウインドウ越し――およそ十メートル先で、スマートフォンを振り上げながら喚(わめ)き散らす広瀬を見て、小百合が嘲笑(あざわら)った。
「ちょっと、挑発し過ぎたかもな。あの社長、大河内に泣きつくぞ? 本当にいいのか? 大河内が圧力かけてきたら、面倒なことになるんじゃねえのか?」
三上が、試すように訊ねてきた。
 もちろん三上は、業界での大河内の影響力の凄(すご)さを知っている――数々の悪行を知っている。
 立浪の肚(はら)の括(くく)り具合を探っているのだ。
 無理もない。
 立浪が大河内の恫喝に屈して記事を掲載しなかったら、せっかくの三上の大スクープもフイになってしまう。
「それが目的でアイミーをターゲットにしたわけですから」
 立浪はさらりと言った。
「そうよ! 愛美を終わらせるために私も危険を冒して協力したんだからね! ビビッて、記事にしないとかないでしょうね!?
 小百合が、強い口調で立浪に釘を刺してきた。
「心配しなくても、ぶち抜き六ページくらいの記事にしますよ」
 立浪は小百合に微笑(ほほえ)み、イグニッションキーを回した。

『あなたが車から降りて、アイミーの腰を抱き寄せたところをカメラに収めています。これで交際していないというのは、かなり無理があると思いますが。まだシラを切りますか?』
『ああ……あれは、習慣だよ、習慣』
『習慣と言いますと?』
『私はこう見えても帰国子女で、挨拶でハグしたり頬にキスしたり初対面の女性にもするんです。アイミーの腰に腕を回したのも、エスコートの意味合いです。まあ、でも、日本ではあまりやらない行動なので気をつけなければなりませんね』
『欧米的コミュニケーションですか? 広瀬さんのお言葉をどう受け取るかは、読者と視聴者のみな様に判断して貰いましょう』

「もういい」
 会議室――モニターのスイッチを切った福島(ふくしま)が、大きく息を吐いた。
(第25話につづく)

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